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42「崩壊の夜」

六夢はぼんやりとした意識の中、

肩を揺さぶられる感覚で目を覚ました。


「……っ、まだ寝……」


「六夢、起きろ!

早く!」


聞き慣れた兄の声

──弦夢だった。


 普段は軽薄で陽気な兄が、

ひどく焦った顔で六夢を揺さぶっていた。


 「は……? なに……?」


 混乱する六夢をよそに、

弦夢は必死に腕を引く。


 「いいから来い!

やばいんだ……!」


 嫌な予感がした。


 六夢は眠気を振り払って、弦夢とともに廊下を駆ける。


 夜の屋敷は静かすぎて、ただ遠くの方からじっとりとした生臭い匂いだけが漂っていた。








 そして、辿り着いた先──









「っ!!?」


 六夢の目に飛び込んできたのは、

床に横たわる夢羽の姿だった。

両腕がない。


千切られたのではない。切り落とされていた。


白い肌は血に染まり、顔は青ざめ、荒い息を吐きながらか細く震えている。


 「む、う……」


呼吸が弱い。

意識があるのかも分からない。


そして、

その奥──









「父さん……母さん……?」



変わり果てた両親の姿が、そこにあった。


肉塊と化した身体。


顔すら判別できないほどに潰され、

バラバラにされた両親の亡骸。


その異様な光景に、六夢の呼吸が止まりそうになった。


そして、その更に奥。











「……あー、起きちゃったのね、六夢?」


鉈を持ち、血まみれの姿で微笑む

──美夢。


「これ、片付けてくれる?

ここに放置してたら流石に邪魔でしょ?

あぁ、残りは別に貴方たちで

なんとかして食べるなり捨てるなりしてね。

私は食べないから、そんな屑肉。

さっき少し食べたけど、

なんだか気持ち悪くて、吐いちゃったわ。

やっぱり食人してる化け物の肉なんて

食べられないものね?

貴方たちもそう思わない?化け物だもの、

わかるに決まってるわ。」


美夢は濡れた唇を歪め、

狂気に満ちた瞳でこちらを見つめていた。


六夢は言葉を失った。


「……姉さん……ねえ、何やってんの……?」


「決まってるじゃない。私が、

この家の跡を継ぐのよ」


血に濡れた鉈をゆっくりと振るい、美夢は愉悦の笑みを浮かべる。


「だからー

邪魔者を全部、片付けたの」


まるで掃除でもするかのように、

あまりにも軽い言葉だった。


「ちょ、ちょっと待って!?

何考えてんのよ姉さん!!」


その場に駆けつけた弦夢が、

美夢を睨みつける。


「……お前も邪魔するの?」

美夢が、ゆっくりと首を傾げた。


「違うわよね?大切な可愛い妹だものね?」


その瞬間、弦夢の顔が引きつった。


六夢も悟る。






──美夢姉さんが、完全に壊れた。

もう止められない位置まで

行ってしまった。

……あぁ、どうすればいいんだよ。



その時、また足音が聞こえた。


駆けつけた臨夢。

続いて芽夢。


血の匂いが充満する部屋の中で、

二人とも息を呑んだ。


臨夢の眉が険しく歪み、

芽夢の顔は青ざめ、次の瞬間──


「っっっ……ぁ……!」


芽夢の震えた声が、静寂を切り裂く。


 「……うそ……うそ、うそ……!」


 芽夢は変わり果てた両親の姿を見て、その場に崩れ落ちた。


 「お姉ちゃん……これ、嘘だよね……?」


涙をぽろぽろと零しながら、美夢に問いかける芽夢。


 だが、姉はただ微笑むだけだった。


「嘘じゃないわ、

本当に殺したわよ。」


美夢は、血まみれの鉈をゆっくりと掲げた。


「これで、この家の絶対的な存在になるのよ」


「いやああぁああああああ!!!!


パパ!ママぁ!!!夢羽うううううう嫌ぁああああああああああああああああッ!!!!!」


「やめろ!巻き込まれる!」


両親の亡骸に駆け寄ろうとする芽夢を

弦夢が必死に羽交い締めにする。


その間、血まみれの夢羽の体を

六夢が拾い上げる。


「____夢羽。」


ぞわり、とした寒気が六夢の背を駆け上がる。


──これはもう、止めなきゃいけない。


姉を、止めなきゃいけない。

必ずこのぶっ壊れた怪物を殺さなければいけない。


それが、

私にしかできないことなのだと、悟った。


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