六夢はぼんやりとした意識の中、
肩を揺さぶられる感覚で目を覚ました。
「……っ、まだ寝……」
「六夢、起きろ!
早く!」
聞き慣れた兄の声
──弦夢だった。
普段は軽薄で陽気な兄が、
ひどく焦った顔で六夢を揺さぶっていた。
「は……? なに……?」
混乱する六夢をよそに、
弦夢は必死に腕を引く。
「いいから来い!
やばいんだ……!」
嫌な予感がした。
六夢は眠気を振り払って、弦夢とともに廊下を駆ける。
夜の屋敷は静かすぎて、ただ遠くの方からじっとりとした生臭い匂いだけが漂っていた。
そして、辿り着いた先──
「っ!!?」
六夢の目に飛び込んできたのは、
床に横たわる夢羽の姿だった。
両腕がない。
千切られたのではない。切り落とされていた。
白い肌は血に染まり、顔は青ざめ、荒い息を吐きながらか細く震えている。
「む、う……」
呼吸が弱い。
意識があるのかも分からない。
そして、
その奥──
「父さん……母さん……?」
変わり果てた両親の姿が、そこにあった。
肉塊と化した身体。
顔すら判別できないほどに潰され、
バラバラにされた両親の亡骸。
その異様な光景に、六夢の呼吸が止まりそうになった。
そして、その更に奥。
「……あー、起きちゃったのね、六夢?」
鉈を持ち、血まみれの姿で微笑む
──美夢。
「これ、片付けてくれる?
ここに放置してたら流石に邪魔でしょ?
あぁ、残りは別に貴方たちで
なんとかして食べるなり捨てるなりしてね。
私は食べないから、そんな屑肉。
さっき少し食べたけど、
なんだか気持ち悪くて、吐いちゃったわ。
やっぱり食人してる化け物の肉なんて
食べられないものね?
貴方たちもそう思わない?化け物だもの、
わかるに決まってるわ。」
美夢は濡れた唇を歪め、
狂気に満ちた瞳でこちらを見つめていた。
六夢は言葉を失った。
「……姉さん……ねえ、何やってんの……?」
「決まってるじゃない。私が、
この家の跡を継ぐのよ」
血に濡れた鉈をゆっくりと振るい、美夢は愉悦の笑みを浮かべる。
「だからー
邪魔者を全部、片付けたの」
まるで掃除でもするかのように、
あまりにも軽い言葉だった。
「ちょ、ちょっと待って!?
何考えてんのよ姉さん!!」
その場に駆けつけた弦夢が、
美夢を睨みつける。
「……お前も邪魔するの?」
美夢が、ゆっくりと首を傾げた。
「違うわよね?大切な可愛い妹だものね?」
その瞬間、弦夢の顔が引きつった。
六夢も悟る。
──美夢姉さんが、完全に壊れた。
もう止められない位置まで
行ってしまった。
……あぁ、どうすればいいんだよ。
その時、また足音が聞こえた。
駆けつけた臨夢。
続いて芽夢。
血の匂いが充満する部屋の中で、
二人とも息を呑んだ。
臨夢の眉が険しく歪み、
芽夢の顔は青ざめ、次の瞬間──
「っっっ……ぁ……!」
芽夢の震えた声が、静寂を切り裂く。
「……うそ……うそ、うそ……!」
芽夢は変わり果てた両親の姿を見て、その場に崩れ落ちた。
「お姉ちゃん……これ、嘘だよね……?」
涙をぽろぽろと零しながら、美夢に問いかける芽夢。
だが、姉はただ微笑むだけだった。
「嘘じゃないわ、
本当に殺したわよ。」
美夢は、血まみれの鉈をゆっくりと掲げた。
「これで、この家の絶対的な存在になるのよ」
「いやああぁああああああ!!!!
パパ!ママぁ!!!夢羽うううううう嫌ぁああああああああああああああああッ!!!!!」
「やめろ!巻き込まれる!」
両親の亡骸に駆け寄ろうとする芽夢を
弦夢が必死に羽交い締めにする。
その間、血まみれの夢羽の体を
六夢が拾い上げる。
「____夢羽。」
ぞわり、とした寒気が六夢の背を駆け上がる。
──これはもう、止めなきゃいけない。
姉を、止めなきゃいけない。
必ずこのぶっ壊れた怪物を殺さなければいけない。
それが、
私にしかできないことなのだと、悟った。