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第5話 再会

 このキーさえ持っていればまた会えると、何となくその予感はあったのだーー。


 心待ちにしていたメールは、次の週の金曜日にやって来た。


「何だよ、返さなくったって良かったのに。今では殆んど乗らないんだ。1人にしては大きすぎるから」

 最初の時と同じように、1人でカウンター席の一番奥で飲んでいた彼は、鍵を受け取ると寂しげに笑んだ。


 裏腹に、私の心は踊った。1人ってことは、今はフリーっていう事だ、よっしゃ。

 しかし本音はおもてに出さない。今日の私は、あくまでクールな美人を装うのだ。

「あら、私だって1人だもの。維持費だって払えないわ。ね、

「へえ……こないだとは随分と印象が違うね」

「こ、こないだは、ショックな出来事が重なって、どうかしてたの! これが本当の私よ」

 プッと吹き出すリョウちゃんを睨むと、またすぐにすまし顔に戻る。


 素面しらふの状態で改めて見たは、思った以上にタイプだった。

 落ち着いた話ぶりに、苦み走った大人の渋み。間違っても、前カレみたいなガキじゃない。

 何より彼は、私の危険な冒険心を刺激するに充分な正統派の男前。遊び慣れた雰囲気も、私の気分には丁度いい。


 杯を重ね、談笑を続けるうちに、私は次々と必要な情報を聞き出し、頭にインプットしていく。


 「ナルセ」氏の職業は一流企業の役員。都内に1人で住んでいて、年齢は35。独身、かつ今は恋人なしの自由な身。

 そんな彼の理想的な状況が、いつもよりずっと私の行動を大胆にした。

「ねえ、貴方が運転して、私を乗せてよ。それなら私がもらったのも同じでしょ?」

 彼が目を見開き、マスターがヒューッと口笛を吹く。


「はは……、意外だな。簡単には落とせないように見せて、随分とあからさまに口説くんだね」

 彼は艶っぽく視線を投げた。

 笑うと出来る目頭の下の小さな皺が、何とも優しげでたまらない。私の真っ直ぐに下ろした髪を、彼の左手がそっと撫でた。


「まっすぐで艶やかな黒髪。いいね」 

「でしょ? そこだけは皆褒めてくれて……るのよ」 


 いけない、つい地が出てしまった。慌てて気取り直し、ほんの少し頬を赤らめる。


「そこだけ? なら他のところは?」

「それは……見えない部分のこと?」


 目一杯に背伸びした演技。いかにも大人の女ぶって、ゆっくりとグラスを近づけた。カクテルグラスを軽くぶつけ合い、チリンと高い音を鳴らす。


「!」


 目を見張った。

 次の瞬間には、唇に軽いキスが落とされたからだ。触れるだけの、されたかどうかすら疑わしいくらいのほんの一瞬。鼻先に、マティーニのハーブの香りが残った。


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