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1-4

 再び現れたベージュの鎧を身に纏った女戦士。人の顔を模したフルフェイスマスクのような甲冑のせいで顔は見えないが、それでももう大丈夫と笑みを浮かべているのが分かる。


 それだけの安心感を放ちながら女性戦士は晴也の前に立つ。


「隠れてて。危ないから」

「は、はい!」


 晴也は今持てる全速力で走り近くの物陰に隠れた。


 それを確認してから女性戦士は軽く伸びをしてから臨戦態勢に入る。すると右掌が光り輝き、光の粒子が放出されるや瞬く間に短剣の形に収束され具現化する。


『やはり貴様は「レガリア使い」か!』

「そう。人の恨みや怨念から生まれしお前ら『ゴースト』を狩る選ばれし者よ。昨日斬り飛ばした右腕が再生しているところを見ると、あのあと人間を食ったな?」

『ああ。だが、まだ足りん!』

「あっそ。なら最後の締めは私の短剣よ!」


 レガリア使いの女性は言い終えるや疾風の如く駆け出す。あっという間にゴーストと呼ばれた化物との距離を詰めるや、間髪入れずに短剣を縦横無尽に振るいその黒き肉体を切り裂く。


 ゴーストは斬られる度にヘドロのような血を流して鳴き声のような悲鳴を上げる。


 人間のように苦しむ様は正直見ていられなかった。それが先程まで殺されそうになっていた晴也の感想である。それでも話が通じるような相手ではないのは一目見て分かっている。だからこそ、仕方がないのだ。自身もまたその拳を振り上げた一人なのだから。


「おりゃ!」


 短剣を横薙ぎし、その遠心力を利用して回し蹴りがゴーストの首に直撃する。


 たまらずゴーストは後退するが、レガリア使いはさらに大っぴらになったゴーストの胸部に左のジャブを数発お見舞いする。さらに前かがみになったことで晒された頭部を左手で鷲掴みし膝を顔面に叩き込む。


 最後によろめいたところへ右手に持った短剣を逆手に持ち替え、身体を回転させながら一息に三度の斬撃を繰り出す。


 ここまでの動作を五秒以内で納めてしまうほどレガリア使いの動きは鮮やかで速かった。


「止め行くよ」


 レガリア使いの女性は静かに呟くと短剣の刃に黄色い稲妻が迸り金色に染まる。まるでビームが纏われたような刀身を振るい、跳躍するや短剣を順手に待ち替え、落下の勢いを乗せて真っ直ぐ振り下ろす。


 受け止める術を持たないゴーストはせめてもの抵抗として両腕を交差させた。しかし、その程度の防御では到底防ぐことができない。


――勝った!


 物陰から見ていた晴也が心の中でそう叫んだ時、どこからから白いロープのような伸び、落下中のレガリア使いに肉薄する。


「なにッ!」


 レガリア使いは驚愕しつつも寸でのところでロープの存在に気付き、必殺の斬撃を持って切り伏せることで難を逃れた。だが、そのせいで隙が生まれてしまった。


 半ば諦めかけていたゴーストは本来自分が受けるはずだった必殺の斬撃が無駄撃ちになったことを確認するや下卑た笑みを浮かべて跳躍する。


「しまった!」


 レガリア使いがゴーストに視線を戻すのと同時に空中で一人と一体が交差に小さな炸裂音と火花を散らして落下する。


 そのままアスファルトの地面に叩きつけられたのはレガリア使いの方だった。


 ゴーストは右手の鋭い爪を舐めまわしながら素早く振り返る。そう。ゴーストはその爪でレガリア使いの装甲を斬りつけたのだ。


 レガリア使いは装甲にこそ傷はついていないが、衝撃を吸収し切れなかったのか、斬りつけられた胸部の装甲と背中を押さえながら立ち上がる。


「やってくれるわね。二体同時だなんて」


 レガリア使いは短剣を逆手に構え直し二体のゴーストから距離を取る。


 一体は真っ黒な見た目をした悪魔のような容姿をしているが、二体目は明らかに姿形が違った。


 晴也は思わず物陰から身を乗り出し息を呑んでいた。


 人型をした化物。それは変わらなかった。しかし、その容姿が一体目の悪魔とは余りにもかけ離れていた。


 全身から生えた黒色の産毛に緑色の皮膚が相まってさらに不気味さを際立たせる。頭部からは蜘蛛のシルエットを思わせる角が生えており、目はこめかみに額に正面にさらには後頭部にと合計で八つある。口は人間とは異なり剥き出しになった複数の小さな牙と縦に裂けるように開かれる虫特有の大顎となっている。両腕の前腕からはまるで鈎爪のような巨大な刃が生え、伸縮自在なのか右腕のみが伸長している。背中には四本の蜘蛛の足のような部位が伸びているが、下半身の二本足は人間の足と似通った形である。


 まさに蜘蛛と悪魔と人間を融合させた見た目をしたゴースト。言うなればスパイダーゴーストだ。


『レガリア使いの気配がしたかと思えば。この辺りのゴーストを狩っているのは貴様か!』

「さあ、どうだろうね」


 レガリア使いはとぼけたように言いながら短剣の切っ先をスパイダーゴーストに向ける。


 スパイダーゴーストは口元を拭う素振りを見せるや縦に裂ける口――大顎を勢いよく開ける。するとまるで弾丸の如く球体状の蜘蛛糸の塊を吐き出す。


 レガリア使いは全てを紙一重で躱しつつ、距離を詰め短剣で斬り掛かる。しかし、斬撃は前腕から生えた鈎爪で防がれてしまった。それどころか防がれた直後に悪魔のようなゴーストの鋭い爪によって装甲を斬りつけられてしまう。


 炸裂音と共に火花が散る。


 たまらず後退するレガリア使いだが、それよりも速くスパイダーゴーストが駆け出し鳩尾に蹴りを食らわせる。


「くッ……」


 レガリア使いはたまらず膝をつく。


 形勢逆転とはまさにこのことを言うのだろう。


 物陰から見ていた晴也は恐怖とは別に、何もできない自分に歯痒い思いをしていた。自身の身体能力に加えてレガリア使いのような力があれば、と無いものねだりをしてしまう。


 そして、遂にその時が来てしまった。


 スパイダーゴーストが右腕の鈎爪を一息に切り上げる。


 レガリア使いは凄まじい膂力が合わさったその攻撃を本来なら躱せるはずだった。しかし、思った以上に攻撃が効いていたのか足に疲労とダメージが蓄積され動きを鈍らせた。


 胸部装甲に直撃するスパイダーゴーストの鈎爪。


 今度は小さな炸裂音では済まなかった。鼓膜を穿たんばかりに甲高い音を響かせて多量の火花を散らしながら吹っ飛ばされてしまった。そのまま背中から地面に叩きつけられ勢いがおさまるまで転がり、止まる頃には激しいスパークを引き起こして纏っていた装甲が光の粒子となって霧散した。


 いや、許容範囲を超えた攻撃を喰らい続けたことにより、強制的に装甲が解除されたのだ。


「ど、どうして……ッ!」


 晴也は絶句する。


 レガリア使いと呼ばれ、先程までゴーストと呼ばれる化物と戦い破れてしまった戦士の正体が知人であり、幼馴染だったから。


 天道空。ライトグレーの長髪をウルフヘアーにしたクール系ギャル。学校では天童と言われるほどの才色兼備な彼女だった。


 そんな彼女が苦悶の表情を浮かべながら立ち上がろうとする。口の端には血が付着している。見えないだけで身体中にも痣があるはずだ。戦う術を強制解除された彼女はそれでも戦おうとしている。


 それを嘲笑うかのように黒い悪魔のようなゴーストが歩み寄る。そして、止めを刺すため右腕を振り上げる。


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 晴也は気付けば駆け出していた。


 無我夢中で走った晴也は勢いそのままに拳を振るった。そして、黒い悪魔のようなゴーストの顔面に拳を減り込ませ殴り飛ばしていた。


 この場にいる全員が驚愕した。そう。殴られたゴーストもまた驚いていたのだ。普通の人間、仮に人間の域を超えた身体能力を持っていてもゴーストを殴り飛ばすなんて芸当は出来ない。


「アンタ、まさか……」


 空は目を見開き、少年の右腕を見る。拳から肘まで黒い繊維に包まれ、その上から見慣れぬ装甲のような外骨格が生成されていた。


「な、なんだ、これ!」


 慌てふためく晴也。


 空はこの場を切り抜ける光明を見言い出す。しかし、それは少年にとって二度と普通の生活には戻れないものだった。


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