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1-5

「て、天道さん、これって……」

「馬鹿、前!」


 慌てふためく晴也を他所に悪魔のような姿をした真っ黒なゴーストが飛び掛かる。


 空の怒号で気付くことができたが、それ以上に不思議なことが起きていた。


――あれ? こんなに遅かったっけ?


 晴也は飛び掛かってくるゴーストの動きを見て鈍く感じた。同時に身体の内側から力が溢れてくるのを感じた。しかし、どうしてだか爆発寸前まで膨れ上がったところで何かに抑え込まれたようにその勢いを殺されていた。


 違う。


 単純な話だ。力の解き放ち方を晴也が知らないのだ。


「晴也、これ使って!」


 そう言って空は晴也に向かってスマートフォンのような見た目の端末を放る。


 晴也は視界の端で飛び掛かってくるゴーストを捉えながらそれを受け取る。


 端末の上部には半球体の形をした透明の宝石が埋め込まれており、右側にボタンが一つある。たったそれだけのシンプルな端末である。


「右のボタンを二回押して! 早く!」


 晴也は促されるままに端末のボタンを二回押そうとするが、ここで悲劇が起きた。


 グシャッ! と紙を握り潰すように端末を文字通り握り潰してしまった。


 血の気が引くとはまさにこのこと。


 和馬は小刻みに震えながら空を見る。


「あ、あああ、えっ……あ、ど……」


 言葉が出ない。


 もちろん空も開いた口が塞がらなかった。


 今の晴也の握力は少し前に比べて数十倍に跳ね上がっていた。そのことに気付いていなかった晴也は端末を軽く握ったつもりが、そのまま握り潰してしまったのだ。


 掌に残るのはばらばらになった端末の破片と球体状の透明な宝石。


 流石のゴースト達も「コイツは何をやっているんだ?」と唖然としていた。ゴースト達にとってそれほどの脅威を放つ端末だったということが分かるも、それはすでに晴也の手によって壊されてしまった。


 次の瞬間、晴也の手に握られた透明の宝石が目を開けていられないほど激しく発光する。


――爆発する!


 そう思った晴也は胸に押さえ込むようにして宝石を覆う。


 しかし、閃光は治まることを知らず、それどころか晴也の身体も輝き始める。同時に宝石が胸部から体内へ吸い込まれるように融合していく。


 直後、晴也の身体に変化が起きた。


 晴也の頭頂部から足の爪先までが黒い繊維状の強化皮膚に覆われ、両前腕部、両肩部、胴部に銀色の装甲のような外骨格が纏われる。頭部の顔に当たる部分には、睨みつけるようなオレンジ色のツインアイと額からは二本の小さな角がV字に伸びる。手首と足首には透明の宝石が埋め込まれたリストバンドのような金色の外骨格が巻かれており、膝当てのような外骨格の中心にも同様の宝石が埋め込まれている。


 最後に胸部中央から端末に埋め込まれていた宝石が現れ、そこから凄まじいエネルギーが全身に供給、循環される。


 シルエットは角が生えた人間に見え、人間の筋肉や骨格を模した丸みを帯びた外骨格を纏っているためか特徴と言えるものがない。


 だが、その姿になるまでに使用した時間は瞬きよりも短い。


「こンのッ!」


 晴也は右手を強く固く握りしめ、腰の入った砲弾の如き右ストレートを悪魔のようなゴーストの顔面に叩き込む。


 減り込む拳。


 骨を砕き、肉を裂く生々しい音が晴也の鼓膜に浸透する。


 ゴーストは殴られた勢いで数メートルをノーバウンドで吹っ飛ばされ背中から地面に激突する。変形した鼻を押さえ悶え苦しむ。


 やはり見ていて気持ちのいいものではない。


 晴也は高校三年の春に起きたある出来事を思い出し吐き気を催す。そんな晴也を他所に悪魔のようなゴーストは立ち上がる。スパイダーゴーストの様子も確認するが、まるで晴也を観察するように一歩引いた所で見ているだけだった。


「二対一か」


 いつもの晴也なら逃げるに値する状況だ。しかし、今の晴也は違う。身体の内側から溢れんばかりに膨れ上がった力が一気に解放されたことで少なからず高揚感を覚えていた。だが、それは闘争心にも変換されており、より一層の力を引き出し理性を失わせる。


 次の瞬間、銀色の外骨格に覆われた晴也の全身から闇とも言うべき真っ黒なオーラが噴き出す。


 気を抜けば呑まれてしまいそうなそれに晴也は身を委ねたくなった。そうすれば極力振るいたくない暴力が快楽に変わると直感したからだ。


 そして、あわや本当に闇に呑まれそうになった時、聞こえた。


「晴也! 冷静に!」


 背後から空の怒号にも似た芯のある声が晴也の目を覚まさせる。


 噴き出された真っ黒なオーラは消失し、冷静さを取り戻した晴也が歩み出す。


「先に素体ゴーストを!」

「分かった!」


 晴也は瞬時に素体ゴーストと呼ばれたのが悪魔のようなゴーストだと理解した。なにせ、その素体ゴーストが自身が標的になったことを知るや後退ったからだ。


 スパイダーゴーストはと言えば先程晴也から噴き出た真っ黒なオーラに気圧され、その場から退散していた。


「仲間じゃないのか?」


 晴也は取り残された素体ゴーストに問うが返ってくる答えは威嚇という鳴き声だけだ。


 晴也が再び構えた瞬間、素体ゴーストが地面を強く蹴り駆け出す。


 突き出された貫手は晴也の頭部を穿たんばかりの勢いだが、晴也はそれを首を逸らすことで躱し、カウンターとばかりに左拳を素体ゴーストの鳩尾に打ち込んだ。


『ンゴェッ!』


 嗚咽しながら後退する素体ゴースト。そこへ迷いが一切ない回し蹴りが頭部に炸裂する。


 素体ゴーストはこれ以上醜態を晒すまいと膝をつかずに耐えたが、それがあだになった。顔を上げた瞬間にもう一撃回し蹴りが炸裂し、吹っ飛ばされてしまった。


 二撃目の回し蹴りは勢いも遠心力も一撃目よりも乗っているため、耐えられるはずがなかった。


「止めだ!」

「右拳に力を集めるイメージをして! 晴也ならきっとできる!」


 晴也は言われるがまま右拳を握り締め、身体の内から溢れてくる力が右拳に集まるイメージをする。


 次の瞬間、晴也の強化皮膚に覆われた右拳に銀色のオーラが纏われ光り輝く。気を抜けばすぐに発散されてしまいそうな凄まじい力が拳に集約される。


「行くぞ! 喰らえッ!」


 晴也はやっとの思いで立ち上がった素体ゴーストに向かって駆け出し、右拳を振り被る。この一撃が決まれば晴也の勝利が確定する。しかし、どうしてだか胸の内に暗雲が立ち込めた。先程、空が止めを刺そうとした時のことを思い出したからだ。


 素体ゴーストの背後で不気味に蠢く影があった。その正体は先端が鋭利に尖った尻尾だった。


 晴也は仮面の向こう側でハッとした表情を浮かべる。


 直後、視界いっぱいに尻尾の先端が肉薄する。


 寸でのところで晴也は首を逸らす。尻尾の先端は黒い繊維状の強化皮膚で覆われた右頬を掠めていった。


 躱された。


 素体ゴーストは自身の最後の攻撃も虚しく、目を見開き驚愕した。そして、その顔面へ聖なる力が込められた銀色に光り輝く拳が炸裂した。


 顔が、頭がひしゃげる音が耳に入る。


 それでも晴也は全力で拳を振り抜いた。


 殴り飛ばされた素体ゴーストの身体はノーバウンドで数メートル以上吹っ飛んだ後に爆発四散した。


「やったのか……」


 辺りに飛び散った肉片は数秒もしない内に暗い不気味な霧となって霧散した。


 晴也は辺りを見回し、空しかいないことを確認するやその場に膝をつく。突然来る圧倒的疲労感に思わず天を仰ぎ見てしまった。


 まだ日は傾いていない。


 夕暮れ前と言ったところか。そんなことは置いといて、取り敢えず空いっぱいに広がる青空がとても美しかったのは言うまでもない。

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