目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

2-4

 ノートのど真ん中に描かれた円。おそらくレガリアのことを指しているのだろう、と晴也は思い、空の至らない画力を自身の想像力で補う。


 そうすることで空の語る『ゴースト』と『レガリア』の話に彩りが加えられ、緊張感を保つことができていた。


「レガリアって言うのは私のこのデヴァイスに埋め込まれた霊石のことを言うの」


 空はポケットからスマートフォンのようなデヴァイスを取り出し机の上に置く。晴也もそれに従うように自身の胸に手を当てる。


「このデヴァイスは『レガリアチェンジャー』って言って、レガリアに選ばれた人間が霊石に秘められた力を引き出せるようにするための装置よ。これがなくても力を発揮できる人もいるみたいだけど」


 言って空はジッと晴也を見る。


 晴也はその視線に気付くや「それほどでも」となぜか褒められたと思い頭を掻く。


 空はやれやれと言った面持ちで続ける。


「古代の人はこの装置無しでも力を引き出せたの」


 それを聞いて晴也は自分ではなかったことに気付き、恥ずかしさで顔を赤くする。


「でも時の流れで選ばれても引き出せる力が段々弱くなってきてるらしいの。けどね。このデヴァイスを使えば霊石の力を遺憾なく発揮できるようになる。だから本当は大事に扱って欲しかったんだけどなあ」

「あ、あの……ホント、ごめんなさい」

「別に全く、これっぽっちも気にしてないから」


 空が珍しく満面の笑みで言うからか威圧感が増し、晴也は萎縮してしまう。


「それでこのレガリアなんだけど……」


 空はノートのど真ん中に描いた円の中に『○○のレガリア』と記す。


「レガリアにはそれぞれ称号みたいなのがあって、それがそのレガリアの力を表しているの。普通ならレガリアに選ばれた時に頭の中に文字が浮かび上がるんだけど。晴也のレガリアは何のレガリアだったの?」

「へ?」


 晴也は問われて目が点になる。


 空はその反応を見てやっぱりか、と言いたげな表情を浮かべる。


「晴也に渡したレガリアは父さんが残した二つの内の一つだったの。だからいつかは私以外の誰かのレガリアになると思ってたけど。まさか晴也だったとはね……」

「えっと、それで僕のレガリアは何のレガリアなの?」

「それは本人にしか分からない。多分、まだアンタのことを完全に認めてないからだと思う」

「認める? 何を?」


 問い返した晴也だったが薄々気付いていた。


 晴也にはまだ戦うために必要なものが欠けている。そのことを晴也自身も自覚していた。


「晴也。レガリアを渡した私が言うのもアレだけどさ。中途半端に関わっちゃ駄目だよ。確かにアンタは選ばれた。けど、それ以前にコレでしたかやり取りできない相手と戦うのは辛いことだよ」


 言いながら空は自身の拳をさする。もう慣れてしまった相手を殴る感触は晴也には到底似つかわしくない不必要なものだ。


「でも、僕は選ばれたんだよね? だったら戦わないと……ダメなんじゃ……」


 それは使命感からか、それとも選ばれてしまったからという安易な理由からか、自然と晴也の口からこぼれた言葉は空の逆鱗に触れてしまった。


 空は立ち上がるや身を乗り出し晴也の胸倉を掴む。その勢いは凄まじく机に脚を乗せてまで憤りを露にしていた。


「アンタ、舐めてんの? 力を得た。ゴーストも倒した。だから何? それでもアンタはまだただの一般人! 上っ面な理由で関わろうなんて思うな。さっきも言ったけど、自分が強くなったと思うのは勝手だ。けどな、義務感や使命感だけで中途半端に関わるな! 今度こそ死ぬぞ! 周りの誰かが死ぬことになるぞ!」


 晴也は空の瞳の奥に燃え盛る炎を見た。それには確かな憤りが感じられ、今までに感じたことのない圧を感じ気圧されてしまった。


「アンタにはもう死ねない理由ができたんでしょ……」


 最後に空は自分でも聞こえるか聞こえないかの声で言って胸倉から手を離した。そして、驚愕していた。まさか自分にここまでのヒステリックな一面があったなんて思いもしなかった。 


――感情に流されるなんて。


 空は心の中で自身を叱咤した。巻き込んだのは自分のはずなのに、どの口が言えたのか。自分への怒りに気が狂いそうになる。それもこれも全部ゴーストのせいだ。


 ゴーストさえいなければレガリアの存在も知らないままでいれた。空の両親が行方不明になることもなかった。


「……ッ!」


 突如、二人の頭の中に一瞬の閃きと衝撃が走る。


「……来た」

「今のって……?」


 晴也は頭を押さえながら空に問う。


 しかし、空は無言で頷くだけだった。


「私行くから。じゃあ」


 空は言って公園から走り去った。直後、近くに停めていたのかバイクの駆動音が聴こえた。


 晴也は空と公園の近くで合流したため、途中までバイクで来ていたのが容易に想像つく。


 一人取り残された晴也は夜空を見上げた。


 俯かなったのは、その行為一つで二度と前に進めなくなると確信したからだ。


 中途半端に関わる気なんてない。死ねない理由はあるが、それは裏を返せば守りたい人ができたからだ。誰かの笑顔を守るために、いや、それ以上にその人の笑顔を守るためにできることは何なのか。


 そこまで考えた時、晴也の身体は駆け出していた。


☆☆☆☆☆☆


 空はバイクを走らせてすぐに隣町にかけてそびえる山の山道に出た。そこからさらに五分経ったところで気配がさらに強くなった。


「こっちか!」


 空はハンドルを握る手に力を込める。頭の中を過る稲妻のような衝撃は言うなれば邪念のそれであり、それがゴーストの纏っている気配である。それが強くなってきたということは距離が近くなってきていることが分かる。


 辺りを見回すと壁面の塗装が今にも剥がれ落ちそうな三階建ての建物があった。バイクを止めてよく見てみると赤い十字の紋が見える。おそらく、空達の住む町で有名な心霊スポットの廃病院である。


「……あそこか」


 そのままバイクを走らせる。到着するまでに走った山道はどちらかと言えば綺麗な方だった。途中から折れた枝やアスファルトの地面を突き破って伸びた雑草なども生えていたが、決して通れないほどのものではなかった。


 空はバイクを廃病院の敷地を囲う柵の入り口付近に停車させる。ヘルメットを取った途端に鼻孔を草花の自然な香りがくすぐっていく。朝方の晴れた日ならばどれほど癒されただろうか、と思う反面、人間の手入れが全くされていない証拠とばかりに辺りは雑草で生い茂っていた。 


「ここからは歩きか」


 空は柵をよじ登り、そのまま敷地内に侵入する。そして、すぐに理解した。ここはもう普通の人間の手に余る場所になっている。柵を越えた直後から何かが腐ったような鼻をつんざくような臭いと肌に纏わりつくような湿った風が吹き始める。


 すぐにポケットからレガリアチェンジャーを出すもゴーストの気配はまだ先であるため鎧を纏うにはまだ早い。


 そのまま歩いて建物の出入口まで近づく。元は玄関だった扉は外側から蹴破られたように床に散々と倒されていた。天井の一部は剥がれ落ちコードが垂れ下がっていたり、床も湿気のせいかめくれあがっていたりと荒廃が進んでいた。中でも異彩を放っているのが待合所に置かれた女神のような石造の首が捥がれていたことだ。誰かの悪戯にしてもあまりいい趣味とは言えない。


 二階へと上がる階段を見つけて上がろうと思ったが、途中からどこから持ってこられたのか、長机とキャスター付きの椅子でまるでせき止められるように塞がれていた。


 しかし、ゴーストの気配はその先から感じられる。


「仕方ない」


 空はレガリアチェンジャーの右側面にあるボタンに指を添える。


「レガリアチェンジ……」


 一度目のボタンを押し、呼吸を整えるや勢いよくレガリアチェンジャーを横薙ぎする。


「トランス・オン!」


 ぱっちりとした目から殺気を纏った鋭い眼光を閃かせ、眉間に力を込める。掛け声と同時に二度目のボタンが押されたことでレガリアチェンジャーが輝き、光の粒子となって空の肉体を包み込む。


 準備はできた。


 あとは倒すだけだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?