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第9話「一難去ってまた一難ですので」


 ミツキさんが徹夜で書き上げた詩の原稿と、蓮実先輩から渡された完成版の漫画原稿を手に、俺は第2資料室にいた。


 明け方にメールした作り手市からは、参加申し込み完了の通知が来ていた。大きく息を吐く。なんとか間に合ったことに、心底ホッとした。これでまず、ひと段落だ。


 2人が持ってきた作品を並べ、改めて読み込む。蓮実先輩の漫画は、温かく優しいタッチで、一途な恋心を綴っていた。ミツキさんの詩集は、研ぎ澄まされた言葉の中に、不器用で、しかしまっすぐな「好き」が込められている。


 どちらも、恋を歌うものだ。


 俺が汚してしまった、あの幻の合同誌。改めて見ると、表紙には可愛らしいイラストが描かれており、手書きで『夢見る乙女の恋物語』とタイトルが記されている。


 「恋心」という、形のない、しかし誰もが抱きうる感情。それをどう装丁で表現するか。俺は頭を抱えながら、懸命にアイデアを練り始めた。


 いくつかの装丁案が、頭の中に浮かんでは消える。


――恋心から告白の手紙を連想させるような、そんなデザインはどうだろう。表紙にアートカットを施して、中の口絵がちらりと見えるようにする。開く前から、ドキドキするような仕掛け。


――あるいは、シンプルな白い表紙から一転、内側は温かみのあるクラフト紙を使うのはどうだろう。見た目の清廉さと、内側に秘めた情熱のコントラスト。


――高い加工をせずに、デザイン自体はシンプルに。その代わりに、例えば栞をつけるのはどうだろう。物語の続きをそっと挟み込むような、余韻を残すアイテム。


 印刷会社との打ち合わせの結果、イベントに十分に間に合うように印刷してもらうとなると、猶予はあと2週間。十分間に合うという気持ちもある。


「おつかれー、三郎くん!」


 元気よく室内に入ってきたのは、蓮実先輩。そして後ろにはミツキさんが立っていた。


「蓮実先輩、お疲れ様です。ミツキさんは、今日は部活じゃ?」

「え? さっき終わりましたよ?」


 びっくりしてあたりを見回す。窓の外はすでに夕暮れ時を過ぎ、壁掛けの時計は午後六時半過ぎを差していた。こんなに長い間、集中して過ごしたなんて、久しぶりかもしれない。


「根を詰めすぎてもよくありません。蓮実先輩も帰るそうなので、三郎君も、一緒に帰りませんか?」

「……そうですね」


 立ち上がりながら、俺は2人から預かった原稿を大切にカバンの中に入れた。机の中に入っているのは、書体を考えようと思ってコピーした予備だけにする。


「よし! じゃあみんなで帰るぞ!」


 蓮実先輩が思い切り背伸びして、俺とミツキさんの胸あたりに手を回す。本当は、漫画でよくあるみたいな、後ろから肩を組むっていうのをやりたかったんだろうな。


 なんだか微笑ましくてくすぐったいのを我慢していると、蓮実先輩がとんでもないことを言いだした。


「……ミツキ、お前、胸大きくない?」

「ええ、まあ、Fカップあるので……部活ではいつも苦労しているんですよ。スポーツ向けの大きめのブラを、つけ、た……」


 俺がいることに気づいたらしい。顔面を真っ赤にしたミツキさんが、壮絶なスピードで階段を駆け下りていく。蓮実先輩が俺の顔を見上げ、そして。


「一緒に追いかけてくれ!!」

「先輩が謝ってくださいね!? 絶対ですよ!!」


 一応この後、何とか追いついてミツキさんに蓮実先輩が謝り倒し、許してもらえたのだった。



===



―― 俺は君が嫌いだ。


 あの日、三郎とかいう奴に言われたコトが、今も私の中でぐるぐる渦巻いている。


 なんでアイツに急に嫌われなくちゃいけないの? あんなキモイ文章見せられて、ちゃんと読んだのに。


 でも、ミツキは、アイツとずっとつるんでいる。そればっかりじゃない、あの蓮実生徒会長とも仲良くしているらしい。


 彼らがいったい何をしているのか……学校ではタブーのように誰も詮索しないけど、あたしは違う。私は、アイツを認めない。絶対に。


「なんでミツキ、こんな第2資料室に?」


 放課後。薄暗い校舎の中で、あたしは息をひそめていた。ミツキがどこにいくのか、後を付けていたから。


「……なにそれ」


 あたしは、耳を疑った。ミツキが楽しそうに三郎と蓮実生徒会長と話して、それどころか、3人で帰ろうと誘っている。生徒会長に受けたセクハラまがいの発言も、なんだかんだで許していたし。


 ありえない。ありえない。ミツキはあんな子じゃなかった。


 イライラしながら、あたしは第2資料室に入った。カギはかかっていない。スマホで中を照らしながら進む。


 大量の紙が詰まった棚。それと、机を4つ付き合わせたテーブル。3人は一体何をしていたの?


 引き出しの中を探ると、紙が手に当たる。つるりとしたコピー用紙に、文字がプリントされていた。


「……あれ、この文章」


 あの、アイツが見せた変な文章だ。そう気づいた瞬間、何かがアタシの中で弾けた。


 アイツはなにをしてた?

 ミツキはなにをしてた?

 あの日、どうして2人は一緒に?


―― 俺は君が嫌いだ。


 文章の冒頭には『 』という名前が書いてあった。三郎とかいうアイツと、ミツキ……どちらに名前が似ているかなんて、あまりにも明らかで。


「……あれは、ミツキの、詩?」


 あたしはあの日、なんて言った。


「なにこれ? あんたが書いてるの? キモ」


 気が付くと、紙は手の中でちぎれていた。引き出し全部を開けて、あたしはすべての紙を破いた。それが何だろうとかまわなかった。手あたり次第、全部、全部。


 一文字たりとも理解したくない。あたしが何をキモいと言ったのか知りたくない。あたしは、あたしはあたしは、あたしは。



―― 俺は君が嫌いだ。



 あたしは、嫌わる人間なんかじゃない。



「あぁあぁああぁああああぁあッ ―――」


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