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第5話 「バズの裏で何が壊れたかなんて、誰も気にしない」

「レイナさんって、最初は“真面目枠”だったんですよね?」


 ある配信後のオフチャットで、何の気なしに聞いた。

 返ってきたのは、意外にも“懐かしむような微笑み”だった。


「うん、そうだったよぉ。最初のアカ名は『エルフィナの冒険日誌』だったし」


「え……ダサくないですか、それ?」


「今すぐ土下座しろ♡」


 そんなやり取りで笑い合いながら、ふいに彼女は――ぽつりと呟いた。


「……でも、あれは“誰にも見られなかった”私なんだよね」


数年前。

 白雪レイナ――本名:白坂れいな。

 当時、彼女はごく普通の配信者だった。努力型、解説型、礼儀正しく、敵に煽られても感情を見せず、ただ一歩ずつ成長していた。


 でも、誰も見ていなかった。


 いい配信だった。質も高かった。構成も丁寧。

 だが、数字は振るわなかった。


 とある日、同期の悪ノリ系配信者が炎上芸で“ダンジョン火事騒ぎ”を起こした。

 そのアーカイブがミリオン超えした夜、レイナは気づいた。


「……あ、正しくても、誰にも届かないんだ」

 それから、清楚な見た目はそのままに、彼女は中身を“視聴率モンスター”に作り変えた。


 自爆ギリギリの立ち回り、過剰な甘えボイス、わざとらしい失敗、敵モンスターに囲まれながらのウィンク。


 彼女はこう言って笑った。


「キャラって、血肉じゃないから、いつでも捨てて変えられるの」

 その笑顔の奥には、数字に呑まれた誰かの墓標があった。


 一方そのころ、サトルはガチで死にかけていた。

 きっかけは、“荒らし用サブチャンネル”でのゲリラ配信だった。

 ある粘着アンチ――ID名:NoNameGOD77からの執拗な通報爆撃と誹謗中傷がきっかけだ。


【南雲サトルは偽物】

【演出で生きてるだけ】

【だったら証明してみろよ?ソロでSSランク突撃してみろよ?】


「……やってやるよ」


 思った。じゃなくて、“思わされた”。


SSランクダンジョン:『虚無の回廊』

 視界が白黒反転し、音が無音に近くなる。

 足元の床が一歩ごとに“存在を問うてくる”。


「なんだよ……ここ……」


 配信は回っている。チャットは止まらない。


【ここで死ぬなら“伝説”だ】

【NoNameGOD77、逆に神じゃね?】

【スパチャ投げながら死を見届けるの、まじ業が深い】


 スパチャが止まらない。1秒ごとに通知が鳴る。

 命の危機を、エンタメが飲み込んでいた。


「うっ……あ、脚……折れた……!?待って、ポーション……」


 足元の床が崩れた。意識が遠のく。

 チャットは止まらない。


【落下www】

【伝説きたwwwwww】

【このアングルで死ぬとか草】

【カメラ切れてないの逆に神】

 ノイズが混じった音声の中で、彼は呟いた。


「……あぁ、これが……“バズる”ってやつか」


数日後。

 病院の白い天井の下。サトルは全治二週間と診断された。

 脊髄損傷ギリギリだったらしい。


 だが――その配信のアーカイブは歴代再生数2位。

 登録者数は20万人を超え、復帰配信にはスパチャが雨のように飛んだ。


「死ぬって、すごいな……」


 呟くと、スマホから着信音。

 画面には、あの名があった。


白雪レイナ:『起きてる?話したいことあるんだけど』


夜の病室。

 画面越しに映るレイナの顔は、いつもの“ぶりっ子”じゃなかった。


「……バズって、嬉しかった?」


「正直、うん。数字って、脳汁出るよな」


「……でもね、サトルくん。それって、代わりに何か消えてない?」


 彼女の声は、少し震えていた。


「“死にそうだったのが面白い”って言われて、心が笑えるようになったら――それはもう、“自分”じゃないんだよ」


 沈黙が落ちた。


 彼女も、何かを失ってここにいた。

 だからこそ、わかる。


「じゃあ、どうすれば……?」


「……知らない。でも」


 そこで、レイナは画面に向かって、久々に“本当の顔”で笑った。


「私たち、まだ壊れきってないと思うよ。少なくとも、“死ななかった”って、証明できてるから」



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