「レイナさんって、最初は“真面目枠”だったんですよね?」
ある配信後のオフチャットで、何の気なしに聞いた。
返ってきたのは、意外にも“懐かしむような微笑み”だった。
「うん、そうだったよぉ。最初のアカ名は『エルフィナの冒険日誌』だったし」
「え……ダサくないですか、それ?」
「今すぐ土下座しろ♡」
そんなやり取りで笑い合いながら、ふいに彼女は――ぽつりと呟いた。
「……でも、あれは“誰にも見られなかった”私なんだよね」
数年前。
白雪レイナ――本名:白坂れいな。
当時、彼女はごく普通の配信者だった。努力型、解説型、礼儀正しく、敵に煽られても感情を見せず、ただ一歩ずつ成長していた。
でも、誰も見ていなかった。
いい配信だった。質も高かった。構成も丁寧。
だが、数字は振るわなかった。
とある日、同期の悪ノリ系配信者が炎上芸で“ダンジョン火事騒ぎ”を起こした。
そのアーカイブがミリオン超えした夜、レイナは気づいた。
「……あ、正しくても、誰にも届かないんだ」
それから、清楚な見た目はそのままに、彼女は中身を“視聴率モンスター”に作り変えた。
自爆ギリギリの立ち回り、過剰な甘えボイス、わざとらしい失敗、敵モンスターに囲まれながらのウィンク。
彼女はこう言って笑った。
「キャラって、血肉じゃないから、いつでも捨てて変えられるの」
その笑顔の奥には、数字に呑まれた誰かの墓標があった。
一方そのころ、サトルはガチで死にかけていた。
きっかけは、“荒らし用サブチャンネル”でのゲリラ配信だった。
ある粘着アンチ――ID名:NoNameGOD77からの執拗な通報爆撃と誹謗中傷がきっかけだ。
【南雲サトルは偽物】
【演出で生きてるだけ】
【だったら証明してみろよ?ソロでSSランク突撃してみろよ?】
「……やってやるよ」
思った。じゃなくて、“思わされた”。
SSランクダンジョン:『虚無の回廊』
視界が白黒反転し、音が無音に近くなる。
足元の床が一歩ごとに“存在を問うてくる”。
「なんだよ……ここ……」
配信は回っている。チャットは止まらない。
【ここで死ぬなら“伝説”だ】
【NoNameGOD77、逆に神じゃね?】
【スパチャ投げながら死を見届けるの、まじ業が深い】
スパチャが止まらない。1秒ごとに通知が鳴る。
命の危機を、エンタメが飲み込んでいた。
「うっ……あ、脚……折れた……!?待って、ポーション……」
足元の床が崩れた。意識が遠のく。
チャットは止まらない。
【落下www】
【伝説きたwwwwww】
【このアングルで死ぬとか草】
【カメラ切れてないの逆に神】
ノイズが混じった音声の中で、彼は呟いた。
「……あぁ、これが……“バズる”ってやつか」
数日後。
病院の白い天井の下。サトルは全治二週間と診断された。
脊髄損傷ギリギリだったらしい。
だが――その配信のアーカイブは歴代再生数2位。
登録者数は20万人を超え、復帰配信にはスパチャが雨のように飛んだ。
「死ぬって、すごいな……」
呟くと、スマホから着信音。
画面には、あの名があった。
白雪レイナ:『起きてる?話したいことあるんだけど』
夜の病室。
画面越しに映るレイナの顔は、いつもの“ぶりっ子”じゃなかった。
「……バズって、嬉しかった?」
「正直、うん。数字って、脳汁出るよな」
「……でもね、サトルくん。それって、代わりに何か消えてない?」
彼女の声は、少し震えていた。
「“死にそうだったのが面白い”って言われて、心が笑えるようになったら――それはもう、“自分”じゃないんだよ」
沈黙が落ちた。
彼女も、何かを失ってここにいた。
だからこそ、わかる。
「じゃあ、どうすれば……?」
「……知らない。でも」
そこで、レイナは画面に向かって、久々に“本当の顔”で笑った。
「私たち、まだ壊れきってないと思うよ。少なくとも、“死ななかった”って、証明できてるから」