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第6話 アンチと崇拝の境界線は、案外ぬるぬるしている

 深夜、南雲サトルの配信ルーム。


 モニターには“無数の赤文字”が流れていた。

 BANされても、ブロックされても、湧いてくる。

 しつこさで言えば、夏の蚊以上。


 それが――NoNameGOD77。通称「ノネガ」。


【サトル、今日も偽りの英雄ごっこお疲れ】

【明日も配信するの?また“やらせ”見てやるよ】

【死ぬならちゃんとやれ、半端はダサいぞ?】


 だがその日、初めて届いたのは“長文DM”だった。


件名:

「君の死に際が見たいだけのファンです」

内容:

「僕はかつて、ある配信者の信者だった。彼女は清楚で努力家で、真面目にダンジョンを攻略していた。誰も見ていなかったけど、僕はずっと見てた。だから、彼女が“ぶりっ子”に堕ちたとき、許せなかった。

君の死に際は、かつての彼女を見ている気持ちになるんだ。

美しく、必死で、孤独で、でも諦めていない。

サトルくん、君は“僕の中の彼女”の生まれ変わりなんだよ」

「え、ええええええええ!? どゆこと!?」


 サトルはモニターに突っ伏した。

 なぜ自分が“成仏の器”扱いされてるのか。


 そして、スクロールした最後の一文で膝から崩れた。


「P.S. ちなみに僕は、エルフィナ時代の白雪レイナをリアルで追っていた者です」

第二幕:『エルフィナの禁じられた配信』

 一方、白雪レイナは、自室の暗いライトの下で昔のUSBを漁っていた。

 そこにあった――幻の動画ファイル。


「“未公開回”…私の黒歴史、っていうか、決別の日ね」


 タイトル:【Ep.12 自分をやめた日】


 数年前。再生数三桁、スパチャほぼゼロ。

 頑張っても誰にも響かない日々の中――彼女は一つだけ、手を出してはいけないものを見つけた。


「新設Sランクダンジョン“ノルンの檻”に潜入します。危険です。でも……話題性が欲しいんです」

 この回、当時の運営ルールでは「配信禁止エリア」だった。


 中には“精神汚染系”の幻覚モンスターがいた。

 それを倒した彼女は、配信中にこう言った。


「あれ……今、コメント欄で“死ね”って流れてない……?」

 幻覚と現実が交差し、配信アーカイブは“問題映像”として削除された。


 その日から――白雪レイナは“別の人格”を選んだ。

 ぶりっ子、煽り芸、危険すれすれのテンション配信。


 けれど、あの回だけは――“唯一、誰かがリアルタイムで見ていた”。


 時は現代。

 サトルは視聴者とともに、「挑戦枠・地獄ダンジョン一時間耐久チャレンジ」を開始していた。


 しかも今回――スパチャ返金ON設定だ。


 つまり、死んだら全額返金+違約金。


 それだけでコメント欄は地獄のように盛り上がっていた。


【よし、落ちろ!】

【スパチャ1万投げた!死んでくれ!】

【俺の金、見届けるのはお前だ!】


 心温まる支援が飛び交う中、サトルはダンジョン深部にて、まさかの“罠床&睡眠毒”を踏んだ。


「え、やば、動けない……」


 カメラには、背後から近づく“首切りゴーレム”が映る。

 視聴者数は急上昇、スパチャは爆発。


【来るぞ来るぞ来るぞおおおお!!】

【死んだら伝説!死ななかったら詐欺!どっちでも勝てる!!】

【運営、配信止めるな!!】


 ……そこで、サトルは「マイクだけ」を拾い、ぎりぎりの声で叫んだ。


「……俺、ここで死んだら、次の飯代がねぇんだよぉぉぉおお!!!!!」


 それが――奇跡を呼んだ。


 その叫びが“魔法詠唱として誤作動”を起こし、周囲の魔法トラップを暴発させ、ゴーレムが吹き飛んだ。


 視聴者:


【は?】

【まってwwwwwwww】

【スパチャ返して!!!!】

【お前が一番強えじゃねえか!!】


 その日の夜。


 サトルの部屋には、レイナが来ていた。


「サトルくん。あんた……また伝説作ったね」


「いやぁ……死んでたかもしれん」


 レイナは一つUSBを差し出した。


「これ、あたしの過去。“黒歴史”ってやつ。あんたにだけは見ててほしい」


「……まじで?」


「うん。あんたは、“壊れながら踏み出してる”ところ、あの頃の私と似てるからさ」


 サトルは無言でうなずいた。


 画面の向こうにいるのは、煽る奴も、祈る奴も、過去に取り残された誰かもいる。

 それでも前に進むため、二人は笑った。


「次、どんな無茶やる?」


「そうだなぁ……“結婚配信(地獄コラボ)”とか?」


「バカじゃないの!? 結婚してくれるなら考えてもいいけど?」


「えっ」



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