酷い臭いが四条の鼻をついた。吐き気も催す。
舞踏の間のビニールシートは血の海がちょっとばかり拭き清められた様相を呈していた。
階段を下りざまに小石川は言った。
「私が『天舞の間』で君とお喋りしているあいだに、『お父さま』は六つの遺骸にお別か
れになった」
四条には分かった。ここで、五家一本は「お眠りに」なり、その一時的な死体は六つに
切断されたのだ。
―― でも、遺体を切断するのがそんなに短時間で出来るものだろうか?
いや。この連中は五年に一度それをやっているのだ。その鬼畜の所業を。手慣れていても不思議ではない…… 。
「ちょっと。ちょっと。待ってください。だって、僕は『お兄さま』の後継者候補として
全ての儀式に立ち会うはずじゃ」
「君には倫理観が無いのかね?『お父さま』が『踊る』ところを見せるなど、『お父さま』
にとっても『お母さま』にとっても、そう、『人、権、侵、害』だ」
「じ…… じんけん…… 。何を今更…… 。そんな言葉があなたの辞書にあったとは…… 」
「本当は、舞踏の間の六つの柱に収めるはずだった。だけれども、今は世紀末だよ。二十
年は白骨化しない冷蔵技術がある。『お父さま』の遺骸は北海道、東北、関東、関西、四
国、九州に『クール便』で運ばれ、各地の『分家』で保存される。もう五年に一度、肉体
再生させる必要が無くなった。次は二十年後だ」
四条は「そんな…… 」と言い、座り込んだ。黒ズボンに血だかワインだか分からない液
体が染み込んだ。血は五家一本が吐いたもの。ワインに毒を盛られた…… 。
「おっとぉぉさまぁぁぁぁ、というのは?」
「あれは、子守唄さ」
「窯の煙は?さっき燃やしていたんじゃ」
「あれは、残りだよ」
「だって。だって。人間の遺体なんて、そんな短時間で切断できるものじゃないでしょ
う?」
「短時間?君は私と過ごしたのが短時間だと思っているのか?」
―― ?―― ?―― ?………………
四条は頭を抱えた。彼の長髪の後ろ髪を何度も手でなびかせる。髪の毛をかき乱す段階
を超えたのだ。
「そんなに混乱させたのなら悪かったね。時間の流れる速さは人それぞれ。私にはそんな
に長いとは思えなかっただけのことさ。一本の体を知っているだろう?脂肪はほとんどな
い。筋肉もたいしてない。そんな亡骸を分解するのに、うちの自警団員は手こずらない。
五年に一度の『仮起き』を含めてもう九回目のことだからね」
小石川はしゃがみ込み、片手で四条の口を押えた。
「私は君に覚悟を決めるための充分な時間を与えたつもりだ。…… 。残念だよ。君が二代
目になる覚悟を決めてくれなくて。本当に残念に思う。君には自分から答えを導いてほし
かった。私には君に告げることが出来ないあることがある。私が決して一本にも告げられ
なかったように……
【つづく】