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■ 三上に洗いざらい話してしまう ■

 四条竜之助は「外地」に来ていた。そこで、三上逸郎が手招きするので、小屋に入った。

三上は小屋の扉に簡易なストッパーをかませると、四条の両肩に手を置いた。

 これでは、まるで三上が重要な話をするかのようだが、四条竜之助が話しやすいように

前もって察して場を整えてくれたということか。

 四条は、なかば自暴自棄の状態で、「お父さま」こと五家一本が生き返る特異体質者で

あること、御家属が四十年にわたりやってきたことを三上にぶちまけた。

 三上はしばらく言葉を失っていた。

 四条の気がふれていることをまずは疑っただろう。だが、ボクシングの試合でレフェリ

ーが試合続行可不可を決めるときのように、三上は四条の両目を見てその瞳が白濁してい

ないことを確認し、四条の言葉を受け入れることにしたらしい。

 だが、スウと息を吐いた後、再度四条の両肩に手を置いて、三上はこう言った。

「話してくれてありがとうございます。四条さん。実は、私は公安調査庁の職員なんです」

「公安って秘密警察の?」

「まあ、それはその…… 。御家属が不法な行為で女性を出家させているという疑いの調査

のためです。しかし、出産したあと、『地』を出た女性たちは誰一人、自分の意志でした

ことだという。それでは法律の入る隙間はない。オウム真理教のことは当然ご存知で?御家属がああならない保証はありません。以前は麻原だって、みんな面白がってオモチャにしてたんだ。オモチャだと思っていたものが次の日にはナイフになる世界だと思え。それが我々

の家訓です」

 四条はもう笑うしかない。公安調査庁ときたか…… 。もう、FBIでも、CIAでも、

NASAでも、インターポールでも、何でも来やがれという気持ちだ。

 四条は三上の両手を握った。ついさっき消えてしまった希望を、もしかしたら公安の力

を借りれば取り戻せるかもしれないと信じて。

「三上さん。僕は知ってるよ。アメリカが湾岸戦争の時に使ったGPなんとかってのを」

「グローバル・ポジショニング・システムですね。はい」

「日本の公安なら、そんなもの使ってるんでしょう?お願いだから、あのトラックの場所

を見つけ出してくださいよ」

 四条は崩れ落ち、三上の足元にすがった。

「四条さん。GPSを使うためには、発信機をトラックに忍び込ませておかないとダメだ

ったんです」

「え?何でもかんでも、空から分かるんじゃないんですか?」

 四条の頭の中の回路がペチッと切れた。

 四条はもう八つ当たりに頼るほか、心を保つ方法がなかった。

「あんたら、公安だったら、先のことを見越して、それくらいやっておいたっていいもの

でしょう!」

「…… 。…… 。四条さん。申し訳ありません。でも、我々もその『分家』とやらの場所を

突き止められるよう情報収集に全力で当たります」

「それは、どれくらいかかりますか?」

「どうでしょう。公安も多数の案件を抱えています。それに、小石川正義らを五家一本さ

ん殺害、遺体遺棄?損壊?で引っ張ったところで、もし遺体の捜索を警察権でやることに

なったら、どうしても五家一本さんの特異体質には触れずにはおかないと思います。私た

ちも背筋が凍るようなお歴々が内閣官房から口を出してくる、とか考えてしまうとですね

……。率直に言って、四条さんはきっと五家一本さんと対面できない」

 四条の長髪はかき乱れ、もう髪の毛で顔が見えなくなっていた。

「四条さん。二十年です。二十年辛抱すれば、『地』で生命機能回復が行われるんです。

それを待ちましょう」

 四条は壁に背中を預け、両足を伸ばす。

「三上さん。あなたには恋人がいますか?婚約者を逸した新郎というのは、設定でしょ

う?」

「職業柄、今は仕事に専念です」

「三上さん。二十年後は、一本さんは二十代のままだ。だけど、僕はどうなります?四十

代です。一本さんが生き返ったときに、僕だと気付いてくれなかったら、もう意味がない

んです。お互いに年を取り合うのが恋人同士ってものでしょう?」

「…… 。…… 」

 四条が想像するに三上は、四条が語った御家属の正体についてもそうだが、四条と五家

一本がそういう関係だったことにも驚きをもって受け止めただろう。初めて三上が二人と

会ったとき、四条によって「義理の兄弟だ」という嘘の説明を三上は受けたわけだが、そ

れが愛によって結ばれた絆だというと、思い返してみれば三上にとって納得がいかないで

もないのではないかとも四条は想像する。


【つづく】

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