私は呆気に取られた。千里は本当にホストを何人か呼んでいたのか?
酒の勢いで、私はわざと背伸びしてその男に近づいた。
「それはね、私が孤独に耐えられるかどうか次第よ」
そう言ってその場を離れた。目的ありげな男には興味がなかったから。千里は少し離れた場所にいて、私が近づくのに気づくと、慌てて席に戻っていった。
「もう限界。帰って寝るわ」
私は頭を押さえた。確かにクラクラする。酔っぱらって帰れば、母に小言を言われる。
「私もそろそろ。明日仕事だし」
果奈も立ち上がり、仕事に対する諦めを滲ませた口調で言った。
千里は唇を尖らせた。
「まだこんな時間なのに!二人とも帰っちゃうなんて、つまんない。もういいわ、帰りなさいよ!」
彼女が勘定を済ませ、イケメンたちに別れの挨拶をすると、三人で店を後にした。
それぞれ運転手を呼んだ。別れ際、千里がニヤリと笑いながら尋ねた。
「美雪、こんなに遅くまでイケメンと飲んでいたって、光哉君が嫉妬しないかしら?」
「あいつの話はやめて。縁起でもない」
私はすでに車に乗り込み、手を振って彼女に返した。
「へへ、じゃあね!」
彼女はなぜかご機嫌で、自分の車に乗り込んで走り去った。
私は運転手の藤田に運転を任せ、後部座席で目を閉じて休んだ。
家に着きそうになった時、急ブレーキで目が覚めた。
「藤田さん、どうしたの?」
驚いて声を上げた。
「奥様、どうやら片桐社長の車のようです」
藤田が道の真ん中に横たわるブガッティを指さした。
光哉がなぜ私の帰り道を塞いでいるの?私はこめかみを揉みながら言った。
「藤田、先に帰って。もう遅いから」
「かしこまりました」
藤田は腕の良い運転手だった。素早く方向転換して去っていった。
ここから家までは歩いて五分だ。私はブガッティを迂回し、歩き始めようとした。
すると光哉が車から降りて私の前に立ち塞がった。険しい表情で、目には怒りが渦巻いていた。
「さあ、これの説明をしろ!」
彼がスマホのSNS画面を私に向けた。
そこには、バーのトイレ前で私が男に寄り添い、背伸びして顔を近づけている写真が映っている。かなり親密に見えた。
投稿主は千里だった。SNSにはこう書かれていた。
【捨てる神あれば拾う神あり、うちの美雪もやっと目が覚めたみたいね】
「プッ!」
思わず笑いが漏れた。
「なかなか韻を踏んでるわね」
「片桐……美雪!」
光哉が歯軋りしながら私の名前を呼んだ。顔は氷のように冷たかった。
「好き勝手にしろって言ったのはあんたでしょ?今さら何を詰め寄ってるの?」
私は笑いを収めて反論した。
光哉は冷笑した。
「自由な関係は構わん。だが、それを公然と晒すとはな?」
そうだった。私たちには共通の知人たちがいるのだ。
千里のあの投稿は、光哉の友人たちの目にも触れたはずだ。
彼と仲の悪い連中なら、きっとこの件をネタに笑いものにするだろう。男の自尊心、それも光哉のそれは、挑発に弱い。
道理で千里が今夜あんなにニヤニヤしていたわけだ。
「わかったわ。次からは千里たちに投稿しないよう言っておく」
頭がガンガンして、早く家に帰って寝たかった。そう言うと、また歩き出そうとした。
しかし、光哉が私の手を掴んだ。骨が砕けそうな痛みに思わず声が漏れた。
「痛っ!」
私は即座に身をかがめ、彼の腕を強く噛みついた。
光哉はおそらく私の予想外の行動に驚いたのだろう、すぐには振りほどかなかった。
彼の腕は筋肉質で、噛み応えがあった。
「お前、頭おかしいのか?!」
ようやく我に返った彼は、犬を扱うように私のえりをつかんで引き離した。
彼の腕には、くっきりとした歯形が残っていた。
私は目を伏せ、ちらりと光哉を見た。これほど長く彼を想い続けてきたのに、彼の体に痕を残したことなど一度もなかった。
だが、後に現れた萌香は、彼の首筋に数えきれないほどの痕を残していた。
この一噛みで、少しだけ埋め合わせができた気がした。
「光哉、あんたに私を問い詰める資格はないわ。ここ数年、あんたの浮気話は数えきれないほどあったんだから。私の面子はどうなるの?陰で笑われなかったと思ってるの?」
私は口の端を拭った。ほのかな鉄の味がした。どうやら血が出たらしい。
光哉の声は冷たかった。
「自業自得じゃないか?結婚を承諾しろと誰が無理強いした?」
もちろん誰もいない。むしろ、私を引き止めようとする者があれば、剣でも抜いて阻止する覚悟だった。
いつか気持ちが通じると信じていたのだ。
「ええ、自業自得よ。でも人は変わるもの。もう片思いに縛られたくないの、ダメ?」
私は問い返した。
「ダメだ!」
光哉の答えは断固たるものだった。
「選ぶべきでない道を選んだなら、代償は払ってもらう」
「光哉、近いうちにあんたの方から離婚を切り出すって、信じられる?私が永遠に消えてほしいって思うようになるのよ」
突然そう尋ねた。一年という賭けの期間はちょうどいい。
光哉の目は冷ややかだった。
「何を寝ぼけたことを言ってる?」
なんて報復心の強い男だ。相手を傷つけるためなら自分が損をしても厭わない。
「ああ、信じないならそれでいい。そのうちあんたも私を解放してくれるから」
「今夜は酔っぱらってるから、家に帰って寝るわ。あんたも帰って」
「俺たちの家で寝ろ」
光哉は鷲が雛を掴むように、やすやすと私を彼の車に押し込んだ。
実家に帰らせないつもりか?
「ダメよ!家に帰るの!開けて!」と抗議した。
光哉は一瞥しただけで、相手にしなかった。
車は私の家を離れ、片桐邸へと向かっていた。
私はイライラしながら彼を睨んだ。
「帰してよ!持ってくるものがあるんだから!」
「何だ?」
彼は淡々と尋ねた。
「漢方薬のパックよ」
呆れてしまった。漢方薬を一口飲むのもそんなに難しいことか?
「お前、不治の病でも患ったのか?」
なんて嫌みな言い草だ。彼が破産するのを願う人が多いのも無理はない。
私は笑った。
「そんなことないわ。ただ、もう少しふっくらしたくて、ふくよかな美人になりたいのよ」
光哉は何かを思い出したらしく、もともと冷たい表情がさらに曇った。