「どうした? 落ち着いて」と私が驚いて言うと、
「千里と光哉が取っ組み合い寸前よ!場所送ったから早く!」
優佳はそう言うと電話を切った。
私は頭の中が疑問でいっぱいだった。
千里が光哉と揉めるなんて? あの短気な光哉でも、まさか女性に手を出すことはないだろう?
深く考える間もなく、私は服を適当に着込んで飛び出した。
バーに駆けつけると、二人は既に個室へと収まっていた。もしあのままだったら、二人の立場上、また炎上騒ぎになっていただろう。
私を見つけると、優佳は慌てて私を千里の隣に座らせた。
千里はまだ興奮していて、光哉を睨みつけている。
光哉側の空気はさらに重く、隣にいる竹内の顔は戦々恐々としていた。彼は光哉と私を交互に見ている。
「奥様、誤解です!あの女の子たちは僕が呼んだので、光哉は…」
竹内まことは光哉より年下で、初めて私を「奥様」と呼んだ。
「ふん!あの女、胸があんたの顔に擦り寄ってミルクでもあげてるんじゃないの!関係ないわけないでしょ!」
千里はまことを指さして怒鳴った。
竹内まことは泣きそうだった。鬼嫁との初めての対決に戸惑っている。
光哉の冷たく鋭い視線が千里を掠め、私に向けられた。私の反応を待っているようだ。
私は気づかないふりをし、ただ千里をなだめた。
「千里、考えすぎだよ。きっと竹内が呼んだんだ。光哉の好みじゃないし、巨乳はタイプじゃないから」
まるで浮気されたのが千里であるかのように、個室は一瞬静まり返った。
「美雪、本気?」
千里と優佳は顔を見合わせ、呆けたように私を見た。
二人は私が離婚するのは知っていたが、ここまで冷静だとは思っていなかった。
千里ですら今夜は罵声をあげたのに、私は光哉を長年愛してきたのに、心はすっかり冷めている。
「もちろん。さあ、行こう、次は私がおごる」
私は片手で千里を、もう片手で優佳を引っ張って立ち上がり、二度と光哉を見なかった。
「光哉さん、奥様たちは…」
竹内まことは呆然として促した。
「奥様だと?あいつが?」
冷たく怒りを含んだ光哉の声が、扉が閉まる瞬間、はっきりと私の耳に飛び込んできた。
心が針で刺されたように少し痛んだが、我慢できた。
私なんかにはふさわしくない、その呼び名は麻倉もえかあたりに取っておけばいい。
空席を見つけ、三人で飲み始めた。
優佳は今日商演を終えて帰ってきたばかりで、千里が酒に誘ったところ、たまたま光哉と数人の女性を見かけて、酔った勢いで私の代わりに詰め寄ったらしい。
もし彼女が女性でなかったら、今日は本当に手を出されていたかもしれない。
千里は何度も尋ねた。
「美雪、本当に光哉を完全に諦めたの?」
私はうなずいた。それだけは確かだった。
「よし!その気魄、見上げたものだよ、十年の感情をスッパリ断つなんて!」
千里は杯を挙げて一気に飲んだ。
「男前だね!」
優佳も私に杯を差し出した。
ちょうど盛り上がっていたところへ、優佳の彼氏から電話がかかってきた。彼女の恋愛が一番順調で、彼氏は同い年で、両親にも会い、結婚間近だった。この恐妻家はすぐに帰ると言った。
「皆、うちの彼氏がご飯待ってるから、先に失礼!」
「おい、優佳もイチャイチャしに行くのか?」
「もう、変態!」
優佳は笑いながら罵って消えた。
優佳が帰り、私は支払いを済ませて千里と別々に帰宅した。
片桐家の邸宅に戻り、酒の匂いを嗅いでシャワーを浴びようと思った。
浴室に入った途端、混ざり合ったボディソープの匂いを含んだ熱気が顔を包んだ。
湯気の中から人影が現れた。上半身裸で、腰に黒いバスタオルを巻き、高く均整の取れた体つきがくっきりと見える。
私は幽霊でも見たかのように光哉を見つめ、視線は思わず彼の全身を舐めるように動いた。
情けない話だが、結婚五年目で、彼がここまで裸になるのを初めて見た。
「ここ、私の浴室だけど」
数秒沈黙してから、私は言った。
主寝室の浴室だ。普段彼は客室か書斎で寝ている。
「何か文句が?」
光哉は髪を拭きながら、平然とした口調で言った。
「別に。スタイルがいいんだから、私の得だし」
それは本心だった。
光哉は金がなくても、この外見だけで女性を虜にできる。
光哉はじっと私を見つめ、突然近づいた。
私は仕方なく下がった。
湯気が次第に薄れ、彼の胸筋の質感さえはっきり見えた。引き締まり方がちょうど良く、鎖骨のラインはくっきりとしていて、思わず触りたくなる。
だが我慢しなければ。
「シャワー浴びるから、出てってくれる?」
私は道を譲った。
次の瞬間、片手が私の後頭部を支え、力に導かれて私はつま先立ちになった。
光哉は瞬きもせず、うつむいて私の唇を奪った。
さわやかなミントの香りが口の中に広がった。
驚きすぎて、私は固まった。
私の無反応を見て、彼はキスを深めた。
彼のキスの腕前は言うまでもなく、私は初心者で、彼の主導に任せきりだった。
男性の体温は常に高く、私が息苦しさを感じたことも重なって、すぐに汗が噴き出した。
浴室の中に甘い空気が漂い始め、彼を押しのけようとすると、彼は逆に私の手首を掴んで頭上に押し上げ、この姿勢はさらに密着した。
従ってしまおうか?前世の願いを、今生で果たしても損はない。
光哉は麻倉もえかと出会う前も控えめな男じゃないし、妻と寝るのは筋が通っている。
そう心に決めると、私は目を閉じて合わせようと試み、あってはならない感情がむらむらと湧き上がった。
まさに自制心が崩れそうになった時、光哉は突然動きを止めた。
彼は私を解放し、目に浮かんだ情熱は潮が引くようにすっかり消え去った。