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第12話

「えっ、どうしたの? 落ち着いて!」


「千里と光哉が……今にも殴り合いになりそうなの!早く来て!場所はメッセージで送ったから、急いで、ほんとに!」


優佳はそう言うと、慌ただしく電話を切った。


私は頭の中が「!?」だらけになった。

千里が光哉と揉めるなんて、どういう状況!?

……いや、光哉の性格からして、まさかとは思うけど、女性に手を出すなんてこと、あるはずないよね?


考えてる暇なんてない。適当な服を引っかけて、急いで家を飛び出した。


バーに着いたときには、光哉と千里はすでに個室へ移されていて、騒動はどうにか収まっていた。


二人の顔がSNSに出回ったら、確実にトレンド入りだったに違いない。


私の姿を見つけるなり、優佳がさっと私を千里の隣に引っ張った。


千里はまだ怒っていて。大きな瞳で光哉を睨みつけ、その目はまるで生涯の敵でも見るようだった。


当然、光哉もそれに負けじと苛立ちを隠していない。ソファの向こうで鋭い気配を放っていて、隣に座っている一条光はまるでびびる使い人。光哉の顔色を伺いながら、私のほうをちらちらと見ている。


「……あの、お義姉さん……ほんとスミマセン!今日の件、多分誤解で……あの女の子たち、僕が呼んだんです!光哉さんとは全然関係なくて!」


一条光は光哉より四歳年下で、私のことを「お義姉さん」と呼ぶのはこれが初めてだ。


「はぁ!?あの女、胸押しつけんばかりだったくせに!?あれで関係ないとか、寝言は寝てから言えっつーの!!」


千里が怒鳴り返し、指差した勢いで一条光は今にも泣き出しそう。人生初の猛獣との直接対決に、震え上がっていた。


そのとき、光哉の鋭い黒い瞳が千里を一閃し、次の瞬間には私に向けられた。私の言葉を待っているようで、黙ったまま圧をかけてくるようだった。


私はその視線を意図的にスルーし、千里に向かって言った。


「千里、大丈夫大丈夫。あなたのちょっと考えすぎ。女の子たちはきっと一条光が勝手に呼んだだけで、光哉の趣味とは違うよ。だって、光哉ってさ、巨乳嫌いじゃん?」


まるで、浮気された奥さんを慰めるみたいな雰囲気だった。


室内の空気が、急に静まり返った。


「……美雪、マジで言ってる?」


千里と優佳が目を見合わせてから、信じられないような顔で私を見つめてきた。


二人とも、私と光哉が離婚寸前であることは知っている。でも、まさか私がこんなにも冷静でいられるとは、思ってもみなかったのだろう。


千里なんて、今夜はもう堪えきれずに光哉に怒鳴り込んだというのに。


私は、あんなに長く愛してきたのに、まるで何もなかったのように。


「うん、本気よ。……さ、行こ?こんなとこにいたってしょうがないし、ちょっと飲んでから帰ろ。今日は私のおごり!」


私は千里の手を取り、もう片方で優佳の手も引いて立ち上がった。その間、一度も光哉のほうを見ようとはしなかった。


「光哉、光哉、彼女たちもう帰ったよ、お義姉さんが……」


一条光は明らかに混乱していて、呆然と光哉に伝えた。


「義姉さん?彼女にその資格があると思ってるのか?」


光哉の冷たい声には怒りがにじんでいて、個室のドアが閉まる瞬間、はっきりと私の耳に届いた。


その瞬間、心が鋭く刺されたように痛み、けれど何故か耐えられた。


私には、お義姉さんの呼び名は似合わない。それを、麻倉萌香にでもあげておいてほしい。


空いている席を見つけ、私は千里と優佳と一緒に飲み始めた。


優佳は今日、商業イベントを終えて青葉市から戻ったばかりで、千里が彼女を誘って飲みに来たら、ちょうど光哉が数人の女性と一緒に飲んでいた。優佳は酔いが回ると、私のために抗議しに行った。もし彼女が女性でなかったら、今日は本当に殴られていたかもしれない。


「美雪、ほんとに光哉を完全に忘れたの?」


千里は何度も私に問いかけた。


私は静かにうなずいた。これだけは確かなことだった。


「すごいな、美雪。十年の想いを簡単に忘れられるなんて!」


千里はグラスを上げ、一気に飲み干した。


「女前だわ!」


優佳も私に乾杯してくれた。


私たちが楽しんでいたその時、優佳は彼氏からの確認電話を受けた。


四人の中で、彼女の恋愛は一番順調だった。彼氏とは同い年で、両家の両親も顔を合わせて、結婚の話も出ている段階だった。


優佳は旦那様に毎日報告しているため、すぐに席を立って私たちにお別れを告げた。


「みんな、私は先に帰るね。家に犬が待ってるから!」


「まさか……」


千里はわざと優佳をからかって笑った。


「女のくせに、言い方がヤバすぎ!」


優佳は笑いながらも、口をきつくした。そのまま速攻でいなくなった。


優佳が去った後、私は会計を済ませ、千里と別れて帰宅した。


枫坂に戻ると、自分の服に染みついた酒の匂いを感じ取り、またお風呂に入ることにした。


浴室に入ると、シャンプーとボディソープの香りが混じった熱気が顔にぶつかり、その時、中から一人の影が現れた。


上半身は裸で、腰に黒いバスタオルを巻いたその姿は、背が高く、均整の取れた、非常に引き締まった体型をしていた。


目の前に現れた光哉を、まるでお化けを見たかのように、私はその姿に見入ってしまった。視線が無意識に彼の体を一掃してしまう。


可哀想なことに、結婚して五年目にして、私は初めて彼のこんなに赤裸々な姿を見た。


「ここは私のバスルームよ。」


数秒の沈黙の後、私は光哉にそう言った。


結婚後、私はここの寝室に住んでいて、彼が帰宅するたび、客室や書斎で寝ることが多い。このバスルームは私の寝室に付いているものだから。


「文句でも?」


光哉は頭を拭きながら、平然とした口調で言った。


「文句なんてないわ。だって、あなたの体型、すごく良いじゃない。私は得してるもの。」


これは本心から言ったことだった。光哉はたとえお金がなくても、この魅力的な体型だけで、女性を虜にすることができる。


光哉は私を一瞬見つめた後、突然二歩前に出てきた。その勢いに、私は自然と後ろに二歩下がった。


そのとき、バスルームの蒸気が徐々に散り、光哉の胸筋の細かなラインが見え始めた。引き締まっていて、完璧なバランスの取れた胸と、くっきりした鎖骨が、見る者を無意識に惹きつける。


思わず触れてみたいという欲望が湧いたが、私はそれを抑えなければならなかった。


「もういい、私もお風呂に入るから、出てって。」


私は体を横に向けて、光哉が出られるようにした。


次の瞬間、光哉の手が私の後頭部をしっかりと支え、身体が無意識に引き寄せられる。私は足元が不安定になり、思わずつま先立ちになった。


光哉は目を一切動かさず、ただ私の唇にキスをした。そのキスから、ミントのような香りが私の口の中に広がった。


驚きすぎて、その瞬間私は動けなくなってしまった。


私が反応しないことに気づいた光哉は、キスを深めてきた。彼のキスの技術はまさに完璧で、私は初心者そのもので、ほとんど彼にリズムを任せていた。


男性の体温はいつだって熱く、加えて私は息ができなくなりそうで、すぐに汗をかき始めた。バスルームの中、二人の間の空気がますます熱くなり、私は本当は光哉を押し返したかった。しかし、彼は逆に私の両手を取って頭の上に持ち上げ、ますます密着した。


どうしようか。前世の未練、この世で果たすのも悪くない。どうせ光哉は麻倉萌香に出会う前もこんなことをしてたんだし、私という妻と一度寝ることだって、筋が通ってる。


そう考え、私は目を閉じて、少しでも彼のリズムに合わせようとした。心の中で、なぜか芽生えてきた持ってはいけない感情が、少しずつ膨らんでいく。


しかし、すべてが崩れそうになったその瞬間、光哉は突然、私から手を放し、唇を離した。

彼の目にあった欲望は、まるで引き潮のように、すべてが消え去った。

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