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第13話

私はぼんやりと彼を見つめた。彼は冷たく笑った。


「芝居だったのか」


「え?」


私は理解できなかった。


「俺のこと、好きじゃないんじゃなかったのか?」


光哉が手を伸ばし、指が私の口元をかすめた。その口調は意地悪だった。


「友達の前では演技?手の裏を返して、お前、わざとやったのか?」


そうか…彼は私を試していたんだ。こんな恥ずかしい方法で。


理性が戻ると、私は素早く服を着て、平静を装った。


「そんなことする必要ある?」


私は顔を上げ、心は冷たく、笑うしかなかった。


「光哉、欲擒故纵なんてしないわ。ただ、急に冷たくなった私に君が慣れていないだけよ。忠犬がしっぽを振らなくなる。当然、君は不機嫌よ。そのうち慣れるわ」


「忠犬って、お前のことか?」


光哉は面白そうに尋ねた。私の哀しみには何の反応も示さなかった。


「君、とっくに知ってるでしょ?」


私は乱れたえりをつかみ、俯きながら淡々と答えた。


光哉だって、何も知らない純情な少年じゃない。私が彼を好きなこと、分かっているはずだ。

何度も告白したこともある。彼はただ、まともに取り合わなかっただけ。


彼を好きな女なんてたくさんいる。私の唯一の違いは、たまたま彼と結婚したことだけ。


光哉は鼻で笑った。満足げな答えを得たのか、突然機嫌が良くなったように見えた。


「風呂に入ってこい」


そう言うと、彼は浴室を後にした。


私は素早くドアを閉め、洗面台の鏡の前に駆け寄った。


見るのも嫌になるほど、顔が火照っている自分が映っている。思わず自分をぶん殴りたくなった。


情けない…光哉にちょっとからかわれただけで、もう心が揺らぎそうになった。

過去のことを三分間ほど思い返し、ようやく心が完全に落ち着いた。


急いでシャワーを浴び、部屋に戻って寝ることにした。


光哉はもう出て行ったらしい。階下からエンジン音が聞こえた。


窓辺に立ち、彼の車が闇の中に消えていくのを見つめながら、私は苛立ちを覚えた。しばらくは帰ってこないだろう。


今夜のことで彼は確信したはずだ。私はまだ彼の掌中にある。彼は相変わらず、私の想いを好き放題に弄び続けられるのだ。





心のバランスを取り戻すため、翌日私は藤田に頼んで病院へ送ってもらった。


わざとシャンパンゴールドのエレガントでセクシーなワンピースを着た。


萌香のような清楚で可愛らしさは私には無理だし、渡辺悠斗ももうたくさん見てきた。比べる必要なんてない。


病院に着くと、私は花を渡辺悠斗のベッドサイドに置き、優しい声で尋ねた。


「悠斗くん、足の具合は良くなった?」


渡辺悠斗はゲームをしていたが、私が来ると慌ててスマホを置いた。


「美雪さん、だいぶ良くなりました。先生は明日退院、一週間後に抜糸って言ってました」


「それは良かったわね」


私はベッドの端に腰かけ、そっと耳元の乱れた髪を整えた。


「彼女さん、今日は来てないの?」


「仕事です。二人とも学費のためにバイトしてて、家の負担を減らしてるんです」


渡辺悠斗は笑った。

私はうなずき、何気なく彼と話を続けた。


しばらくして、私はスマホを取り出し声を上げた。


「あら?スマホこんなに早く切れちゃうなんて」


「美雪さん、ここに充電器ありますよ」


渡辺悠斗がベッドサイドテーブルを指さした。


私は引き出しから充電器を取り出した。コンセントはベッドの向かい側にある。


わざと腰をかがめ、手を伸ばしてコンセントに差し込んだ。その姿勢は、渡辺悠斗の上にかぶさるようにも見え、傍目には非常に微妙なものだった。


元の位置に座り直すと、渡辺悠斗はすっかり顔を赤らめ、私を見られずにいた。


やっぱり単純なんだな。


その時、ふとドアの方向に人影を感じた。

振り向くと、拓也がそこに立っていた。その目は深い闇を宿しているように見えた。


いつ来たの?さっきの光景を見たのか?わざとらしい接近、露骨な誘惑。


少し気まずく、笑顔もぎこちなかった。


「四ノ宮先生、何でここに?」


「代診だ」


拓也は淡々と答えながら中に入ってきた。


彼は渡辺悠斗の傷を診察し、いくつか指示を出した。私はただそこに突っ立っているだけで、少し後ろめたかった。


拓也は私に少し特別な感情を持っているようだった。前世、私たちの唯一の接点は、後に光哉に対抗するために手を組んだ時だけ。

それ以前は全くの他人で、彼は私に何も悪いことをしたことはなく、最後には医者を探してくれたりもした。


「ちょっと外に」


彼は私を一瞥した。


「わかった…」


私は仕方なく立ち上がった。


拓也は私を自分の診察室に連れて行った。他の医師はおらず、彼は席に座ってカルテをめくりながら、顔も上げずに尋ねた。


「光哉とは、最近どうだ?」


彼の黒髪は七三分けで、生え際から高く整った鼻筋が覗いている。


私は曖昧に答えた。


「相変わらずよ」


「結婚ってそんなものだ。だからこそ刺激を求める者もいるが、往々にして代償は大きい」


拓也の声は落ち着いていて、どこか距離を感じさせるものだった。


私は眉をひそめた。


「光哉にはそう言わないの?」


「言ったよ。聞かないんだ」


拓也はカルテを閉じ、ようやくまともに私を見た。


「それなら私も聞かないわ」


私は自分の口調が、少しふてくされた含みを含んでいることに気づいていなかった。


拓也の目に一瞬、奇妙な光が走った。突然の私の口調に驚いたようだ。


私は慌てて平静を取り戻した。


「あなたは彼の親友なんだから、彼がここ数年何をしてきたか、私よりよく知ってるでしょ?私は騒いだり、問題起こしたり、度を越したことなんて何もしてない。それだけで十分義理は立ててるわ。あの子は私がうっかりぶつかって怪我させたから、見舞いに来てるだけ。それ以上の意味なんてない」


光哉の前で豹変するのは離婚のためだった。でも他人の前で取り乱すのは避けたかった。何せ、これからは普通に生きていかなきゃいけないんだから。


拓也は私を深く見つめた。どうやらあまり信じていないようだった。


ちょうどその時、他の医師が戻ってきた。彼は視線をそらし、手を振った。


「ああ、彼は明日には退院できる。もう問題ない」


この人と話すのは、光哉相手よりよっぽど息苦しい。


光哉の前では開き直っている。最悪、離婚すればいい。私は離婚を待っているんだから。


でも拓也の前では、まるで悪いことを見つかってしまったような気がする。人には見せられないことを暴かれたような。


拓也の診察室を出て、渡辺悠斗の病室に戻り、あの“大人の色気”のイメージをさらに印象づけようかと思ったが、足を止め、振り返って戻った。


「四ノ宮先生!」


私は拓也の前の椅子に座り、声をひそめて言った。


「一緒に食事でもいかが?私と光哉のことで…最近、確かに色々モヤモヤしてるの。あなたと話したいわ」


話したいなんて、まさか。

心の中では、拓也に早く萌香に会わせて、光哉の出方を封じようと画策していた。

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