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第16話

「光哉、美雪、まだ起きてる?」


義母の声が聞こえた。


光哉は素早く書類を布団に押し込み、ドアを開けた。


「母さん、こんな遅くまで?」


「明かりがついてたから、様子を見に来たのよ」と義母がドア口で言った。


「母さん!」


私はフェイスパックを剥がしながらドアへ急ぎ、光哉の芝居に合わせた。


「今、ちょうど寝ようとしてたところなの」


そう言いながら、彼の腕を掴み、甘えるように肩にもたれかかった。

光哉はさりげなく私を一瞥したが、何も言わない。


「そうね、もう遅いわね。お父さん、明後日の経済フォーラムで急に白江県に来ることになって、二、三日泊まっていくそうよ」


義母は私に向かって言った。普段は赤桐県に住んでいるが、それほど遠くはない。


私は嬉しそうな表情を作った。


「まあ、それは何よりです!お父さんも母さんも、お久しぶりですもの。美味しいもの、ごちそうしますね」


「ええ、ええ。じゃあ、二人とも早くお休みなさい」


義母はそう言い残して立ち去った。


前世、私は大きな勘違いをしていた。光哉はわがままで親の言うことを聞かないと思い込み、彼に一途に尽くせば、彼の愛さえあれば十分だと信じ込んでいたのだ。彼があの萌香のために必死になって家族の理解を得ようとしている姿を見た時、初めて彼の中で家族がどれほど大切なのかを知った。


もしも彼の両親と良い関係を築き、あるいは子供を授かっていたなら、負けなかったかもしれない。


ドアを閉めると、光哉と私は顔を見合わせた。


「私がベッドで、あなたがソファ?それともその逆?」


私は憂鬱そうに尋ねた。


光哉は気軽にベッドに横になった。


「そんな面倒なことするか?俺とお前が一緒に寝たって、何か起こると思うのかよ?」


彼の言葉はいつも鋭くて、まるでナイフで刺されるようだ。


「わかったよ」


私はそれ以上言わず、反対側に横になった。


結婚以来、同じベッドで寝るのはこれが二度目だ。最初は新婚の夜で、彼はその時も私には触れなかった。

私たちは背中合わせになり、まるで相手など存在しないかのように。


しばらくして、私が口を開いた。


「四ノ宮先生のLINEか、電話番号を教えてくれない?」


光哉は答えなかった。

彼の後頭部を見た。寝てしまったのか?


「文句を言いたいだけなの」


と付け加えた。


「もう言ってある」


光哉の冷たい声が返ってきた。


そうか。私は目を閉じて寝ようとした。

窓の外で鈍い雷鳴が響いた。雷雨になりそうだ。


ドカン!という雷鳴に、私は飛び上がって布団をかぶった。


雷鳴が鳴り響く中、光哉の歯ぎしりが聞こえた。


「片桐美雪!」


私は布団から顔を出し、小声で言い訳した。


「ごめん、雷が怖くて」


「俺に関係あるか!」


彼は女をいたわることなど知らない。布団を容赦なく引き剥がした。


ゴロゴロ…!またも雷鳴。


私は矢のように光哉の胸の中に飛び込んだ。


離婚はまだ先の話だ。今は命が大事。

光哉の体が明らかに硬直した。受け入れがたい様子だ。


雷雨の夜に白骨と皮だけみたいな女を抱くなんて?私自身、骨がゴツゴツしてるのがわかる。


彼は私の腕を払いのけ、険しい表情で言った。


「触るな、わかったか?」


「なら、私の布団を取らないでよ」


私は恥ずかしさと苦さを押し殺し、平静を装った。


光哉は布団を私に蹴り飛ばすと、ベッドから降り、押し入れから別の布団を引っ張り出して床に敷いた。


私は布団にくるまって芋虫のようになり、床に寝ている光哉を見つめた。彼と萌香の未来を想像した。もしも萌香が雷を怖がったら、彼はきっと彼女を抱きしめて、自分の体に溶け込ませようとするだろう。


その夜も、私は前世の夢を見た。絶望と悔しさが骨身に染みる思い出だった。





翌朝目覚めると、光哉の姿は消えていた。


着替えて階下へ降りると、麻倉ハルが朝食の支度をしており、他の家政婦が掃除をしていた。


義母は庭で、暴風雨に倒された草花を手入れし、義父は朝の散歩をしているところだった。


「お父さん、お母さん、お早いんですね?」


私は外に出て、おとなしく挨拶した。


「年を取ると長くは寝られなくてね、体を動かしているのよ」と義母は笑顔で答えた。


私は自然に義母の腕を掴んだ。彼女の驚いた目つきを無視して。


「母さん、私の友達が宝石店を経営していて、この前最高級の真珠のネックレスを手に入れたんです。輝きが本当に素晴らしいの。でも彼女、今急にお金が必要で。母さんが真珠がお好きだって覚えていたから、買い取ったんです。二、三日したらお持ちしますね」


義母は高級宝飾品を収集するのが大好きで、家には専用のコレクションルームまである。


私はわざと彼女の趣味に合わせて、距離を縮めようとした。


光哉を取り戻すためではなく、彼と萌香の恋路をもっと険しくさせて、ちょっとした仕返しをしたかったのだ。

案の定、義母の目が輝いた。


「最高級の真珠のネックレス?そう、持ってきて見せておくれ。気に入ったら、お金を払うからね!」


「義母と嫁の間で買うなんてとんでもない。二、三日したら必ずお持ちしますから」


私は甘ったるい口調で応えた。


確かに私はその真珠のネックレスを持っていた。数年前、母がくれたもので、七桁の値段がするものだ。


義母が私を嫁としてより気に入り、萌香をより厳しく見るようになれば、それだけの価値はあると思った。


「お前の孝行心は嬉しいが、ただで受け取るわけにはいかない。ちゃんと払うよ」


義母は私の手を優しくポンポンと叩いた。


私は首を振った。


「母さん、私たち若い世代がいつもそばでお世話できない代わりに、お金で補うしかないんです。お父さんと母さんが健康で幸せでいてくだされば、いくらかけても惜しくありません」


義父と義母は顔を見合わせた。きっと訝しんでいるだろう。結婚して五年、私がこのようなことを言うのは初めてなのだから。


義父が足を止め、袖をはたきながら言った。


「美雪、その心だけで十分だよ。俺たちは他に望みはない。早く孫の顔が見たいだけだ。お前たち、ちゃんと頑張れよ!」


その話を聞いて、義母は何かを思い出したように私をわきへ連れて行き、言いにくそうに口を開いた。


「美雪…あんたと光哉、病院で検査は受けたの?あの子、遊びすぎて体を壊してたりしないかしら?」


私は心臓がドキリとした。義母がこんなにも優秀だったとは初めて知った。こういうことはまず自分の息子を疑うものなのだ。


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