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第17話

「お母さん、ご心配なく。光哉とも確認しましたし、問題ないんです。ただ彼は忙しくて家にいる時間が少ないから、子供がなかなか授かりにくいだけかも」


感動していないわけではなかった。ただ、彼女の義理の娘であり続けられる縁は、もうなかったのだ。


「私たち、お父さんとよく彼の浮気の噂を耳にしてね。何度も叱ってきたの。あなたが彼の妻なんだから、もっとしっかり見ていなきゃ」と義母が言った。


光哉を私が束縛できるはずがないことは分かっていた。彼はすぐにまた別の誰かを愛するだろう。

それでも義母の真摯な眼差しを見ると、私はうなずいた。


「ええ、お母さん」


話した後、義父母と朝食を共にした。光哉は朝早くに出かけたと聞いたが、もはや気にも留めなかった。彼に対しては、ただ無関心だった。


朝食後、私は真っ直ぐに病院へ向かい、拓也に詰め寄った。彼が回診から戻って診察室に入ったところを捕まえた。


「四ノ宮先生、お時間いただけますか?」と、作り笑いを浮かべて言う。


「ない」


彼の返事は冷たく、整った顔に笑みは一片もなかった。


「やましいことでもあるの?私に向き合えないの?」


私は彼の隣に座り責めるように。


「光哉に離婚を勧めるように頼んだのに、あんたは逆に義父母を片桐家の屋敷に呼び寄せた?四ノ宮先生がこんなに正義心に燃えて、『縁を切るより縁をつなぐ』なんて言うなんて、いつから?」


拓也は私を一瞥した。


「お父様、お母様が光哉の近況を尋ねたので、『美雪さんは離婚したいと思っている』とだけ簡単にお答えしたまでです」


その言葉を聞いて、私は本当にその場で騒ぎを起こしたくなった!

あの顔は、空気が読めない代償なのだろうか?


光哉との間には問題が山ほどあるのに、彼がわざわざ「私が離婚したい」という点だけを選んで伝えるなんて、義父母は私のことをどう思うだろう?


額を押さえて怒りに震えていると、拓也は看護師に呼ばれて診察室を出ていった。残された私一人になった。


彼の机の上の保温マグカップを見て、私はバッグから口紅を取り出し、中へ放り込んだ。毒でも盛ってしまえ。イライラしながら病院を後にした。





行く当てもなく、ぶらついてから家に戻った。


昼時、キッチンからは美味しそうな料理の匂いが漂っていた。


光哉と義父母が居間に座っているが、その空気は重かった。私の姿を見ると、義母は笑顔を作った。


「美雪、お帰り」


私はうなずき、義母のそばに腰を下ろした。彼女は私の手を握り、光哉を真っ向から叱った。


「光哉、今日お父さんと私ははっきり言っておく。これからもしもろくでもない女と浮気の噂を立てるようなことがあれば、お前は私の息子じゃない!」


「お父さん、お母さん、これは…」


私は驚いて義父母を見つめた。


「美雪、この結婚生活で辛い思いをしてきたのは分かっている。ここ数年、光哉は責任感もなく遊び惚けてばかり、我慢できたのはあなたくらいのものよ」


義母がため息をついた。


「もう一度だけチャンスをやっておくれ。私たちも見張っておくから」


拓也が「離婚したい」と一言言っただけで、義父母がこんなに慌てるなんて?


前世では、彼らが私をそこまで大切に思っていたことには気づかなかった。

光哉が萌香を片桐家に連れてきた時には、離婚は決意していた。義父母が止めても無駄だったのだ。


向かい側に座る光哉の顔は冷たく、目つきは鋭い。


きっと、このすべてが私の仕組んだことだと思っているに違いない。たとえ私が昨夜、離婚届を差し出したとしても、彼の考えは変わらなかったろう。


「お父さん、お母さん、ご心配なさらないで。光哉のあの噂のほとんどは作り話で、仕事の付き合いで見せただけの芝居です。私は彼を信じています」


私は気遣いを見せて言った。


義父が口を開いた。


「美雪、君が物分かりが良くて、光哉を理解し信頼しているのは良いことだ。しかし、彼がここ数年君に対して示してきた態度は、私たちも見てきた。彼に良くしすぎるな。男というものは、そういう生き物なのだから」


「そうよ。君が良くすればするほど、彼は有り難みも分からず軽く見るようになる。手に入らないもの、失ったものこそが一番良く思えるのよ」


義母も同意した。


義父母が必死に“夫の操縦術”を教えようとする様に、私は感動すると同時に笑ってしまった。


光哉の顔は完全に曇っていた。


「お父さん、お母さん、分かりました」と、私はおとなしくうなずいた。


その時、麻倉はるがやって来て言った。


「奥様、お食事の支度ができました」


義母は麻倉はるを一目見て言った。


「麻倉さんの作る料理は香りが良いわね」


私は意味深長に笑った。


「麻倉さんは料理の腕がとてもお上手で、私も二キロ太ってしまいました。お母さんもぜひ召し上がってみてください」


「あと二日で帰るから、そういう機会はないわ。それよりあなたが痩せすぎているから、もう少し太ってもいいくらいよ」


義母が言い、食堂へと向かった。


私はこれからたくさん機会があるんだと、言いたくてたまらなかった。


久しぶりの家族の食事だが、光哉は極めて冷ややかだった。

私は義父母と談笑して、何とか場を繋いだ。


突然、光哉の携帯が鳴った。


彼はちらりと画面を見ると、私の方を一瞥し、奇妙な眼差しを向けた。


私はわけが分からず、気に留めなかった。


昼休み、光哉が部屋に私を呼び出した。


「お前がやったのか?」


「片桐美雪がやりましたよ」


拓也から光哉に送られてきた写真と告発文。保温マグカップの中で、口紅がお茶に溶け出している様子だった。


私は認めた。


「そうよ。誰だって、お父さんとお母さんに告げ口する奴には仕返ししたくなるでしょ?」


「片桐美雪、お前、最近憑かれでもしたのか?」


光哉は携帯をしまい、目を細めて私を見つめた。


「一体、何が目的だ?」


以前の私は彼の友達とも交流せず、一緒に遊ぶこともなかったのに、今や拓也のマグカップに口紅を投げ込むなんて!


「憑かれてもなんかされていない。ただ、悟っただけよ」


私は落ち着いて説明した。


「光哉、私はあなたに十年もの青春と感情を注いできた。もうあなたは私を好きになることも、応えることもないと分かったから、自分の人生を生きようと決めた。何が悪いの?もう自分を抑えつけたり無理したりしたくない」


「俺を好きだった十年が抑えつけや無理だったと思うなら、なぜもっと早く諦めなかった?」


光哉は威圧的に詰め寄り、眉間に冷たさを浮かべた。


「私が諦めるのは、私が決めることよ!」


私は怒りを込めて言い返した。


空気が凍りついた。光哉は長い間私を見つめていたが、それはまるで見知らぬ人を見るような眼差しだった。


膠着状態の後、彼は去ることで幕を閉じた。


私はほっと一息つき、ベッドに倒れ込んだ。心の中は虚ろだった。


午後、光哉が出て行くとすぐに、私は後を追うようにして家を出て、「ブルーブース」へと向かった。


毎回来るといつも萌香がいるのに、拓也を誘ったあの日だけ彼女がいなかったのは、実に不思議だった。


「美雪さん、今日もブラックコーヒーですか?」


萌香は仕事中いつも高いポニーテールで、さっぱりとした出で立ちだった。どの客にも態度良く、笑顔は甘ったるい。


「いいえ、今日は甘いお菓子に合うコーヒーを何かお願い」


「はい、カプチーノやマキアートなんかがおすすめですよ。飲むと甘くて、恋をしてるみたいな気分になりますから」


彼女は軽快に紹介した。私は一瞬考え、マキアートを注文した。

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