「千里にちょっと急用があって。」
私は適当にごまかした。
深夜に海樹ホテルの駐車場に駆けつけると、渡辺悠斗は既に傷だらけで、地面に丸まっていた。
がっしりした体躯の男たちが三人、太い金のネックレスを下げ、煙草をくわえている。私が近づくと、哄笑が上がった。
「おい、コイツが呼んだ助っ人かよ? 女かよ?」
「なんだ、俺たちを楽しませて借金のカタにするつもりか?」
もう一人の言うことはさらに聞くに堪えない。
私は前に出て悠斗を起こした。彼の顔は打撲で青黒く変色し、もとの端正な面影はほとんど消えていた。
「美雪さん…」
彼の声はかすれていた。
「ここで駐車係のバイトをしてたんです。そしたら彼らの車をこすっちゃって…。弁償すると言ったら、いきなり百万円要求されて…。とても払えなくて…」
彼は手短に状況を説明した。
「どんな車?」
私が聞く。
悠斗は照明の薄暗い場所にある白いハイエースを指さした。
それだけ?
思わず眉をよせた。この車、新車でも三百万くらいのに、こすっただけで百万? あまりにも割が良すぎる。
「どうすんだ、小娘?」
「ガリガリで胸も俺よりねえじゃねえか。一晩じゃ元も取れねえよ!」
デブ共の下品な言葉が続く。
すると悠斗がよろめきながらも彼らの前に立ちはだかり、血のついた手を突き出した。
「口を洗え! 覚悟があるなら僕をぶっ殺せ…」
これは意外だった。今時の大学生ってこんなに気骨があるの?
私の陰に隠れて、解決するのを待つだけかと思っていたのに。
彼の反抗は明らかに相手を逆上させた。私は彼の前に立ち、冷たく言った。
「ちょっと待て。」
そう言うと、すぐに電話をかけた。
ここは海樹ホテルの敷地。悠斗はホテルの従業員でもある。本来ならホテル側が介入すべき場面なのに、責任者の姿は見えない。
「おーい、助っ人呼ぶのか?」
デブのリーダーが嘲笑った。
「ねえちゃん、白江県で俺の名を知らねえ奴はいねえぜ? お前が十人呼んだら、俺は百人呼ぶ。どうだ?」
大言を言ったけど、残念ながら私はその名を聞いたことがなかった。
カスどもめ。私は電話を切り、口元をわずかに上げた。
三分も経たないうちに、ホテルの田中マネージャーが小走りで駆けつけ、私に最敬礼した。
「片桐美雪様、こんな深夜にご来場とは?」
「ここのバイトしてる友人が、こいつらに殴られたんだけど、どうする?」
私の口調は淡々としていた。
「何ですって!? 片桐様のお友達にそんな真似を!?」
田中マネージャーはすぐに三人のデブに向き直った。
「お前たちか?」
デブ共は明らかにたじろいだ。
海樹ホテルは白江県を代表する最高級ホテルだ。彼らにも手を出せない相手だということはわかっている。
権威というのは時にこうも便利なものだ。どれだけ横暴でも、頭を下げざるを得なくなる。
さっきまでの居丈高な態度はどこへやら、デブ共は私の身元すら確かめられぬまま、田中マネージャーの威圧に押され、恭しく詫びを入れるとともに、悠斗への慰謝料まで支払った。
奴らが逃げ出そうとした時、私は再び口を開いた。
「待て。」
悠斗の方を向いて言った。
「行きなさい、一人に一発ずつビンタを食らわせて。」
「美雪さん…?」
渡辺悠斗は呆然とし、血に汚れた目に迷いと怯えが浮かんでいた。慰謝料を貰えただけでも奇跡だと思っているらしい。仕返しするなんて考えてもいない。
「何を怖がってるの?」
私は彼の腕を掴み、デブ共の前に引きずっていった。
「見なさい!」
そう言うが早いか、私は一番近くにいるデブの頬に容赦なく平手打ちを叩き込んだ。
悠斗は一瞬呆けたが、やがて歯を食いしばり、同じことをした。
デブ共の目は怒りに燃えていたが、それでも手を出すことはできなかった。
「消えろ。」
私は痺れた手を振りながら、嫌そうに手をひらつかせた。
駐車場はすぐに静かになった。
田中マネージャーがお茶に誘ってきたが、深夜に知らない男と付き合う気はなく断った。
渡辺悠斗はというと、完全に呆然自失だった。私が手を出した瞬間から、彼は現実感を取り戻せていないようだ。
「さあ、病院に送るよ。」
私はごく自然に彼の手を取ると、駐車場の外に停めた私の車へと連れて行った。
「美雪さん、自分で行きます!」
渡辺悠斗は慌てて辞退した。
「余計なこと言わないで。」
私はわざと睨みを利かせた。
病院へ向かう車中、悠斗が教えてくれた。彼の父親が数日前に足を怪我して入院している。彼は新学期までにバイトを頑張って学費を貯めたいと思っていた。私に助けを求めたのは、直感で私なら助けてくれると思ったからだ。
ふと、なぜ前世の萌香が次第に堕ちていったのか、少し理解できた気がした。
どん底に落ちた時、誰かがさらりと一言二言で雲を払ってくれたら、誰だって心を動かされるだろう。
生まれは選べない。でも、近道は目の前にあった。
彼の傷の手当てに付き合った後、私は疲れた体を引きずって家に帰った。
徹夜は本当に堪える。隣では光哉が横向きに寝ていた。
私は風呂から上がって布団に潜り込み、即座に眠りたかった。
「楽しかったか?」
光哉が不意に口を開いた。声には寝起きのしゃがれが混じっている。閉じた目をまた開けた。
「起こしちゃった? あと二日我慢して、あなたの両親がお帰りになったら落ち着くから。」
「片桐美雪、俺の限界を試すな。」
これは彼の機嫌が最悪だという意味だった。
「何が悪いの?」
私は眠くてたまらず、謎解きをする気もなかった。
「親が屋敷にいるこの数日、よくもまあ夜遊びに出かける気になったな? 生き飽きたか?」
彼は身を翻して私に向き合い、目には怒りの炎が燃えていた。
数秒間、互いに無言で見つめ合った。私はなぜか後ろめたさを感じた。
千里のところに行ったんじゃないって、気づいたのか?
そうだ。光哉みたいな放蕩息子ですらこの数日は大人しくしていたのに、私の方が図々しくも真夜中に男子学生の肩を持つために飛び出し、病院まで付き添うとは。
「わかったよ。」
私は結論を出した。
「SNS投稿禁止、ご両親滞在中の無断外出禁止、次から気をつける。」
そう言ってまた寝ようとしたが、光哉は突然どう狂ったか、ぐいっと身を翻して私の上に覆いかぶさった。
彼の両腕が私の頭の横を支え、力が入った筋肉の線が浮かび上がる。その顔と相まって、まさにホルモンの塊だった。
私は瞬間的に目が覚めた――明らかに普通じゃない何かが、私の体に当たっている。
「光哉、何か薬でも盛られたの?」
私はすぐに前回のいたずらを思い出し、ほんの少し芽生えていた甘い気持ちは一気に冷めた。
「誰だかちゃんとわかってる?」
光哉は元々清らかな心を持った男ではない。でなきゃ、あれだけのスキャンダルが飛び交うはずがない。
彼の目にあった怒りの炎は、何か別のものに変質しているようだった。長い指が、私のネグリジェのストラップを外した。