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第22話

胸元がひんやりした。服が乱れているのは間違いない。


その原因を作った張本人は全く気にせず、むしろさらに身を乗り出そうとしている。

私は即座に光哉の胸を押さえた。声は氷のように冷たい。


「また、私を試すつもり?」


その言葉は冷たい水のように、彼の目に燃えていた情熱の大半を一瞬で消し去った。


彼は数秒間、じっと私を見つめ、一言も発せずに素早く、冷ややかに元の位置に寝返った。まるで、さっきまでのことは幻だったかのように。


私は黙って彼に背を向け、心にはむなしさだけが残った。


かつては、彼を繋ぎ止めるために親密な関係を持ち、子供を産み、普通の暮らしを送ることを夢見たものだ。

今では、離婚してそれぞれの道を歩むことだけを願っている。


夜明け近くまで耐え、ようやく眠りについた。目が覚めたのはもうお昼だった。携帯には数通のメッセージが入っていた。


義母様:『急用で赤桐県に戻った』。

果奈:『コンサートの仕事、代役入らない?』。


そして見知らぬ番号からの一本。内容を見て胸が締めつけられた一枚の写真だった。


昨夜、私が渡辺悠斗を引っ張りながら駐車場を離れていくところを写したものだ。

誤解されるように写され、まるで恋人同士のように見え、全身傷だらけの渡辺悠斗はなおさら哀れに映っていた。


しばらく考えたが、可能性のある人物は思い浮かばなかった。


私は普段から目立たないようにしており、結婚後は千里たちともなかなか会いに行かなかった。どうしてパパラッチに狙われるの?


まさか、昨夜のあの三人組の仲間か?


答えが出ないまま、その番号に電話をかけてみた。呼び出し音が一回鳴っただけで切られた。


仕方なくメッセージを送る。

『どちら様ですか? お名前を教えていただけますか?』


この写真が流出したら、たとえ悠斗と私の間に何もなくても、世論の渦に飲み込まれてしまう。


ただ、目立たずに事を進めたいだけだ。SNSのトレンド入りなんてごめんだ。


相手はすぐに返信してきた。

たった二文字:『拓也』。


思わずむせた。彼も昨夜駐車場にいたの? それに盗撮まで?


以前、D大付属病院で、彼は私と悠斗の関係を疑ったことがあった。これでは言い訳のしようがない。


すぐに返信した。

『写真に写っているのは私です。でも誤解です。食事をご馳走しますから、説明させてください』。


拓也からの返信はその後、まったくない。まるで石を海に投げ込んだようだった。


我慢できず、もう一度電話をかけた。

今度は出た。

『場所と時間を送れ』


あまりにあっさりしていて、まるでこの食事を待っていたかのようだった。


「うん」


電話を切り、私は最終的に海樹ホテルを選んだ。誤解が生まれた場所で、解決しよう。


拓也は『うん』とだけ返してきた。


不安を抱えながら夜の七時を待ち、着替えて海樹ホテルに向かった。最高級の牡丹の間を予約し、十八品の料理を注文した。これだけの料理があれば、彼の疑念も晴れるだろう。


「片桐奥様、お求めの監視カメラの映像です」


田中マネージャーが恭しくUSBメモリを差し出した。昨夜の駐車場の録画が入っている。


「ありがとう」


拓也はすぐに現れた。こげ茶色のシャツを着て、どこか清涼感のある、近づきがたい雰囲気を纏っていた。


私の向かいに座ると、単刀直入に言った。


「説明しろ」


「急がずに、食べながら話しましょう」


私は主導権を握ろうとした。


「君と渡辺悠斗は何の関係だ?」


彼はまったく流れに乗らず、鋭い目で問い詰めた。


「友人よ」


私は平然と答えた。


「事故で知り合ったの。彼の彼女も知ってるわ」


「彼に彼女がいる?」


私はうなずいた。とはいえ、もうすぐいなくなるけどね。それに、あんたも光哉と一緒にその彼女さんを奪い合うんだから。


目の前にいるこの孤高の美男と、光哉の顔を思い浮かべながら、この二人は明らかにモテるのに、最後には女を巡って仲違いするなんて、その光景は想像したくもなかった。


「これを見て!」


拓也が考え込んでいる隙に、私は素早くスマホをUSBメモリに接続し監視映像を再生した。


「この監視カメラなら、全部のやり取りが映ってる。私が何て言ったかもわかる! 私たち、何もないの!」


今のところはね。


拓也が撮った写真のでは、私があの三人組と対峙している様子は写っておらず、むしろ私が悠斗の手を引いて少し歩いた後を狙って撮ったように見え、映像もぼやけていた。


拓也はスマホを手に取り、じっくりと見た。私は少し身を乗り出して、彼の表情をうかがった。


私が三人をビンタしている場面を見た時、彼の眉がかすかに跳ね、目に一瞬の興味が走ったのを捉えた。


映像を見終えると、彼はスマホを返してきた。


「ずいぶん豪胆だな」


「へへ、黙ってられないでしょ? 私は光哉の妻だし、父だって黙ってなんか見てないからね」


私は作り笑いを一つ浮かべ、素早くスマホをしまった。


「光哉は渡辺悠斗のことを知っているのか?」


言葉の端々に、親友が浮気されてないのか心配する気持ちがにじんでいる。


以前は、彼と光哉が幼なじみで、一番の親友だということしか知らなかった。今になってようやくわかった。拓也は、まるで光哉の結婚生活に気をもみ続けているのだ。


それほど仲が良かった友人同士が、最後には一人の女を巡って敵同士になるなんて、本当に皮肉なものだ。


私は首を振った。


「知らないわ。そんなに親しい友達じゃないから、知ってても知らなくてもどうでもいいことよ」


拓也はスープを一口飲み、それ以上は何も言わなかった。


信じたのか、信じたふりをしているのか。

とにかく、その後彼は口を開かず、二品ほど味見をすると席を立って去っていった。


「本当に勿体ない」


私は山ほどのご馳走を見つめ、店員を呼んで持ち帰りの用意を頼み、何袋もの折詰を手にホテルを後にした。


車を運転して帰る途中、ある住所が突然頭に浮かんだ。麻倉はるの資料に書かれていた自宅の住所。


彼女たちは白江県の地元民で、白江県と赤桐県の境目にある辺鄙な地域に住んでいる。白江県に属してはいるが、繁華街からは遠く離れ、地価も安い。


萌香の家は渡辺悠斗の家よりは少しマシで、悠斗の実家は他県の小さな町にある。


義母様たちが赤桐県に戻った以上、光哉も気兼ねなくなる。きっと萌香に近づく手段を考えるだろう。彼の能力なら、住所を調べるのは造作もないこと。


萌香はこの数日バイトも入っていない、学校が始まる前に数日は実家にいるはず。


心の中で考えが走った。私はハンドルを切り、萌香の家がある団地の方へと車を走らせた。

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