スターライト企画のオフィスは、ガラス窓に東京のネオンがキラキラ映る広告代理店の戦場だ。常に新しいキャンペーンやメディア戦略が飛び交い、高層ビルの20階から見下ろす街は、まるで無数の宝石箱をひっくり返したみたいに輝いている。
私のデスクには、コーヒーの染みが付いたスケッチブックと、オレンジのペンが乱雑に刺さっている。今日も私は、来月リリースされる人気ゲームのプロモーション戦略に頭を悩ませていた。
新卒3年目、プランナーの佐藤ハルカ、26歳。
だけどただのプランナーじゃない。私には、“直感センサー”があるのだ!
「ハルカちゃん、困ったら私に相談して! なんでも力になるからね!」
チームリーダーのミサキさんが、今日も甘い笑顔でやってくる。パステルピンクのスーツに、キラキラのネイル。天井のライトを反射して、まるで砂糖菓子みたいに眩しい。
最初は「優しい先輩だなぁ」って、すっかり信じてた。でもある日、私の中で“ピピッ”と直感センサーが反応した。
――あれ、この優しさ、なんか変?
胸の奥で、モヤっと何かが引っかかる。しかも、その感覚は日に日に強くなる。私は昔から、変な空気とか、言葉の奥の「ズレ」みたいなものに敏感だ。だからこそ、ポジティブすぎて失敗も多いけど、「この感覚だけは間違えたことがない」って自信がある。
砂糖菓子みたいな優しさの裏に何があるのか、確かめるしかない。
そんな時だった。
企画書の最終チェックをしていた私の隣に、ミサキさんが音もなく立つ。ふわりと甘い香りがして、思わず振り返ると、ミサキさんがニッコリと微笑んだ。
「ねえ、ハルカちゃん。実はね、ユウトくんがハルカちゃんの企画、ちょっと使えないって言ってたよ。せっかく頑張ったのに、残念だね」ミサキさんがそう言った。
えっ、ユウトがそんなことを?
…え、なんでそんな話!?
心がザワッと揺れる。同期のユウトは金髪で派手なネクタイ、いつも「ハルカ、負けんな!」ってテンション高く応援してくれるのに? 彼がそんなこと言うなんて、信じられない。
でも、ミサキさんはいつも優しいし、嘘をつく理由もないような……。
頭の中がぐるぐるしてきた。
仕事終わりに、私はいつもの喫茶店ルナへ向かった。スターライト企画から徒歩5分。古民家風のカフェのドアを開けると、シナモンの甘い香りがふわっと漂う。木のカウンターの向こうで、ショートカットの姉貴、ナツミが笑顔で迎えてくれた。
「ハルカ、なにその顔。シナモンラテ、濃いめでいく?」
ナツミが淹れてくれた温かいシナモンラテを受け取りながら、今日の出来事を全部ぶちまけた。
ナツミは私の愚痴を聞きながら、「まぁ、気にすんなって。人の噂なんて風よ。流しときゃいいの」と笑う。いつも通りのナツミの、揺るぎない笑顔と声に、私の胸のザワつきがすっと引いていくのを感じた。その楽観的なアドバイスに、少しだけ心が軽くなる。
すると、喫茶店のドアが再び開いた。
現れたのは、クールな映像クリエイターのリョウさんだ。黒縁メガネとモノトーンのコーデ。いつも肩に掛かる黒髪が、ルナの温かい照明に溶け込んでいる。
彼はいつものカウンターの端に座り、店内のざわめきに溶け込むように、しかしなぜか私たちの会話が聞こえそうなほど近くで、静かにコーヒーを注文した。
「自分の目で確かめな」
リョウさんがポツリとつぶやいた。黒縁メガネの奥で、彼の目が静かに光る。
私とナツミの会話が聞こえていたのだろうか。口数は少ないけど、その一言が、私の心にストンと落ちてきた。
「…この人、なんかいい!」
彼の低い声が、まるでルナの温かい照明のように、私の心にじんわりと染み渡るのを感じた。黒縁メガネの奥の目が、私の不安を静かに見透かしているようにも思えた。
リョウさんの言葉は、飾り気がなくて、でも妙に説得力があった。
ミサキさんの甘い笑顔とは全然違う、静かな信頼感がそこにはあった。
「よし、ミサキさんのキラキラ、甘すぎケーキ扱いでチェックだ!」
翌日、私は「砂糖菓子見極め作戦」を発動させた。オフィスでユウトを見つけ、直接聞いた。
「ねえ、ユウト。私、ちょっと気になることあって。私の企画、どう思う?」
ユウトは、私の予想通りきょとんと目を丸くして首を傾げた。
「え、ハルカ、急にどうしたんだ?」と、顔に書いてあるようだった。
私たちのデスクは隣り合わせで、ミサキさんのチームリーダー席は、そこから数メートル先の窓際にある。
「見たよ!ハルカの企画、すげー斬新で応援したくなったわ!」
ユウトの言葉に、ミサキさんの顔からスーッと笑顔が消え、視線が一瞬だけ泳いだのが見えた。
普段は決して表情を崩さない彼女の、その一瞬の隙を私は見逃さなかった。
「……ピピッ! キタ! この感じ、間違いない!」
やっぱり、あの甘さには裏があった。
「ピピッ、ドンピシャ! 私の直感センサー、大正解!」
仕事終わりに、いつもの喫茶店ルナへ向かった。ルナの窓から差し込む夕陽に、オレンジのヘアピンがキラッと光る。
ハルカ、初戦勝利!
でもこれはまだ、ほんの始まり。
“感じる力”を武器に、私は今日もこのキラキラした現実を、笑顔でサバイブしていく!
(つづく)