タナカ部長の過去の脳波データに残された、私の直感センサーに酷似した波形の痕跡。
その事実を一人、自室で抱え込んでいた私は、翌朝も心臓が張り裂けそうなほどの緊張を感じていた。
(タナカ部長にも、私と同じような能力があった……? でも、どうして彼はその力を閉ざしてしまったんだろう?)
もし本当にそうなら、彼の歪んだ人格や、変化を恐れる態度は、その力を失ったことへの深い絶望や、過去の悲劇から自分を守ろうとする防衛機制だったのかもしれない。
そう考えると、彼の冷たさの裏側に隠された、誰にも理解されなかった孤独が痛いほど伝わってきた。
その日の朝、オフィスに向かう足取りは重かった。
タナカ部長を見る目が、以前とは全く違うものになっている。
これまで、彼は敵であり、乗り越えるべき壁だった。
今は……まるで、過去の私自身を見ているかのような、複雑な感情が湧き上がってくる。
私だけがこの秘密を知っている。
この「非凡な疑惑」をどう伝えるべきか、誰に相談すべきか、私は一人で答えを見つけられずにいた。
昼休み、私は喫茶店「ルナ」のいつものカウンター席に座っていた。
ユウトは忙しそうにコーヒーを淹れ、リョウ先輩は隣で静かに本を読んでいた。
この安らげる場所で、私はついに意を決した。
「あの……リョウ先輩、ユウト。話があるんです」
私は、昨夜再解析したタナカ部長の脳波データを、恐る恐る二人に話した。
私の言葉に、ユウトの手が止まり、リョウ先輩は本を閉じて私に視線を向けた。
「タナカ部長の若かりし頃の脳波に、ハルカ先輩の直感センサーと酷似したパターンがあった……?」
ユウトが驚きを隠せない様子で聞き返した。
リョウ先輩は、私の話を聞き終えると、腕を組み、静かに口を開いた。
「もしそれが事実なら、彼の行動の全てに説明がつく。彼は誰よりも早く、プロジェクトの潜在的なリスクや問題の兆候を嗅ぎ分ける才能を持っていた。しかし、過去の悲劇的な失敗をその才能で止められなかった。その無力感から、彼はリスクを回避することに固執するようになり、『変化』そのものを危険視するようになったのかもしれない」
リョウ先輩の言葉に、私は深く頷いた。
私が感じていた漠然とした感情に、彼が論理的な光を当ててくれた。
「ハルカの直感センサーは、人の心の声やチームの熱量を読み取って、企画を成功へ導く力っすよね。もしかしたらタナカ部長の才能も、それに近かったのかもしれない。でも、彼の場合は、その力を建設的に使えなかった。悲劇的な経験を重ねたことで、その直感が『危険察知能力』として歪み、ポジティブな変化の兆しを見つけることができなくなっていたのかもしれない」
ユウトが、静かに付け加える。
その言葉が、私の心に強く響いた。
私の直感センサーは、いつもポジティブな未来を信じ、チームの絆を深めるために使ってきた。
もしそれがネガティブな予兆しか感知できず、周りに理解されない力だったら……。
私は、タナカ部長が背負ってきた孤独の重さを、初めて本当の意味で理解した気がした。
「ありがとう。それと、ハルカ」
リョウ先輩が、優しく、しかし力強く私の手を取った。
彼の温かい手が、私の不安を拭い去ってくれるようだった。
「お前の直感は、誰かの苦しみを理解するための力だ。タナカ部長が抱えていたであろう孤独を、今、お前は理解できる。その共感こそが、私たちの武器になる。この力を、タナカ部長を救うために使おう」
その言葉は、私に大きな勇気を与えてくれた。
私は一人ではなかった。
この「非凡な疑惑」は、私だけの問題ではなく、私たちのチームで乗り越えるべき課題なのだ。
その日の午後、ユウトから緊急の連絡が入った。
タナカ役員が、大型イベントのシステムに決定的なトラブルを仕込むための最終行動に移ったというのだ。
私たちは、会議室で待機していたタナカ部長の元へと急いだ。
彼は、すでに事態を察知していたようで、顔には焦燥と、かすかな覚悟が浮かんでいた。
「私の力では、奴の狡猾な手を読むことができない……しかし、ハルカ君、君の力があれば……」
タナカ部長は、震える声で私に言った。
私は彼の言葉に力強く頷く。
リョウ先輩とユウト、そしてミサキが、私たちを見守る中、私はタナカ部長の傍らに立ち、深く集中した。
タナカ部長の過去の経験からくる『危険察知』の波動が、私の直感センサーを叩く。
私はそれに『同調』し、彼の持つ膨大なデータの奥底に隠された、タナカ役員の真意を読み解こうとした。
その瞬間、私の脳裏に、一つのイメージが閃いた。
それは、イベント当日のシステム操作パネルに仕掛けられた、巧妙な『ワームプログラム』の姿だった。
「わかった! ユウト、イベントのシステムに仕掛けられたプログラムがある! 実行されると、当日の来場者データがすべて消去される!」
私の叫びに、ユウトは即座にキーボードを叩き始めた。
「見つけた! これは、外部からのハッキングに見せかけて、サカモトさんが内部から仕込んだものだ!」
ユウトの言葉に、隣にいたミサキが、鋭い視線を向けた。
彼女のスマホに、サカモトから指示のメッセージが届いているのが見えた。
彼女はスマホを握りしめたまま、私たちに目を向けた。
「ミサキさん……」
私の直感センサーは、彼女の心の奥から湧き上がる、強い決意の波動を捉えていた。
「ハルカ、今すぐこのプログラムを無力化できる。
タナカ役員とサカモトさんの通信記録も、すべて押さえている」
ミサキは、私たちに真実を明かすことで、過去の自分に決別しようとしていた。
その瞬間、タナカ部長の表情が、安堵と後悔に満ちたものに変わった。
彼の目は、ミサキが背負ってきた痛みを理解し、それを乗り越えようとしている姿を、静かに見つめていた。
タナカ役員とサカモトの陰謀は、完全に阻止された。
タナカ役員は、自らの立場を失い、スターライト企画を去っていった。
大型イベントは、大成功に終わった。会場は、社員たちの笑顔と、来場者の感動に満ち溢れていた。
イベント後、私たちのチームは「絆」という名前を、会社全体に広げるための新しい部署として正式に発足することになった。
タナカ部長は、その部署の顧問として、若手社員の挑戦を全力でサポートする道を選んだ。
彼は、もはや「リスクを回避する」のではなく、「リスクの先にある希望を見出す」ための、頼もしいメンターとなっていた。
ミサキは、陰謀に加担しようとした過去を正直に話し、辞職を申し出た。
社長は彼女の正直さと、最後の決断を評価し、新しい部署で、自身の才能を活かす機会を与えた。
そして、私とリョウ先輩の関係は……。
「ハルカ、お疲れ様。よく頑張ったな」
イベントの熱気が冷め始めた夜、リョウ先輩が、優しく私の頭を撫でてくれた。
彼の温かい手に、私は自然と微笑みがこぼれた。
「ありがとうございます、リョウ先輩」
「もう、リョウでいい。この『絆』を、これからも一緒に作っていこう」
彼の瞳の奥に、強い意志と、そして私に対する確かな想いが宿っているのが、私の直感センサーにはっきり伝わってきた。
私の非凡な能力は、タナカ部長の心の闇を照らし、ミサキの未来を切り拓き、そして、私の隣に、かけがえのないパートナーを見つけさせてくれた。
スターライト企画の新しい夜明けは、私たち「絆」チームが、それぞれの「非凡」を信じ、手を取り合ったことで、もたらされたものだった。
(完)