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第2話

東雲たくまの目には、妻が自分に夢中で、彼なしでは生きられないと映っていた。


今回の離婚も、きっと欲擒故縱の駆け引きに過ぎない。


離婚届にためらいなく署名したにもかかわらず、彼はそう確信していた。


区役所を出た篠宮初音は、これまで感じたことのない自由さに包まれた。


ようやく東雲たくまから、そして自分自身から解放されたのだ。


その瞬間、彼女は笑った。


心の底から湧き上がるその笑顔に、東雲たくまは一瞬、はっとした。


篠宮初音がこんな笑顔を見せるのを、彼は見たことがなかった。


まさか…自分から離れて、そんなにも幸せなのか?


嘘だ!きっと見せかけだ。これもまた彼女の手口に違いない!


東雲は冷ややかに鼻を鳴らし、目には氷のような軽蔑が浮かんでいた。


「篠宮初音、よく聞け。離れた以上、もう元には戻らない。たとえ土下座して頼んでも、復縁などありえない」


そう言い放って歩き出そうとしたが、ふと足を止めて付け加えた。


「それと、祖父を盾にするのはやめろ。今度は絶対に折れないからな」


「大丈夫です」


「…何だ?」


「復縁もしませんし、もう二度と東雲のお祖父様を盾にしたりはしません。東雲たくまさん、あなたは自由です。完全に」


実際、篠宮初音は東雲宗一郎を利用して東雲たくまに何かを強いたことは一度もなかった。


それは全て、東雲たくまの妄想でしかなかったのだが…


彼女の瞳に揺るぎない決意を見た時、東雲たくまの心に一瞬、得体の知れない不安がよぎった。


しかし彼はすぐにそれを押し殺した。


「篠宮初音、今日の言葉は覚えておけ」


そう言うと、彼は彼女を置き去りにし、怒りに任せて去っていった。


篠宮初音は持参金なしの状態で離婚した。


婚前契約は彼女自身が強く望んで結んだものだ。


東雲家の本邸に嫁いで三年、彼女が持ち出せる物はわずかで、スーツケース一つに収まるほどだった。あの豪華絢爛な屋敷は、決して彼女の家ではなく、ただの通りすがりの場所でしかなかった。


荷物は前日に既にまとめてあったが、東雲たくまによってその日のうちに門の外に放り出されてしまった。


雷鳴が轟き、黒雲が空を覆い、突然の激しい雨が降り注いだ。


巨大な窓ガラスの前に立つ東雲たくまは、雨の中、篠宮初音がかがみ込み、重そうなスーツケースを引き上げる姿を見ていた。


風雨に翻弄される彼女の細い背中は、今にも倒れそうに見えた。


区役所の前で見せた彼女のあの断固たる眼差しと言葉を思い出し、彼は鼻で笑った。


十二日と待たずに、この女はきっと自分の足元にひざまずいて許しを乞うだろう。


彼女には、自分なしでは生きられない。


東雲たくまはそれを疑いようもなく信じていた。


********


プレミアム会員制クラブの豪華な個室内、まぼろしのような光が回り、絢爛豪華な空気が漂っていた。

「東雲の若様、離婚されたとか?あの篠宮初音がよく離れたな?若様のことが死ぬほど好きじゃなかったのか?」


そう言ったのは西野家の次男、西野の若様だった。


彼の顔には隠しようもない嘲笑が浮かんでいた。


周囲もそれに同調し、哄笑が起こる中、東雲たくまの口元にも軽蔑の笑みがわずかに宿った。


上流階級の間で、篠宮初音が東雲たくまにどれほど夢中か知らない者はいなかった。


どんなに辱められ、周囲に嘲笑われようとも、彼女は東雲家の奥様の座にしがみついて離れようとしなかったのだ。


東雲たくまはソファに深く沈み込み、長い脚を組んで、グラスを揺らしていた。


あざ笑うような彼の端整な顔に、ライトの光が明滅する。


「ただの欲擒故縱だ。数日もすれば、泣きながら戻って来て頼んでくるさ」


最初、東雲たくまは篠宮初音が十二日以内には泣いて復縁を懇願すると断言していた。


しかし七日が過ぎても、彼女からの知らせは一切なかった。


東雲の心に一抹の焦燥が生じたが、それでも彼女が戻ってくると確信していた。


見ろ、誰もが篠宮初音には自分が必要だと認めている。


彼女が本当に離れるはずがないだろう?


彼は酒を一口含み、表情の嘲笑の色をさらに濃くした。


この女、よくも自分に駆け引きを仕掛ける気になったな。


今度こそ、絶対に思い知らせてやる。

東雲たくまの自信は揺るぎなかった。


しかし十日が過ぎ、一ヶ月が過ぎ去っても、篠宮初音からは依然として何の音沙汰もなかった。


苛立っていられない。わけのわからない恐怖がひっそりと芽生え始めていた。


彼自身も、その原因を分からなかった。


東雲宗一郎からの電話がかかってきた時、東雲たくまは会議を主催していた。


静まり返った会議室に、電話の向こうの祖父の明らかに不機嫌な声がかすかに聞こえた。


「初音を連れ戻せなければ、東雲財閥の社長の座も降りてもらう」


東雲宗一郎は篠宮初音を非常に可愛がっていた。


しかし祖父が可愛がれば可愛がるほど、東雲たくまは彼女を疎ましく思ったのだった。


電話を切った東雲たくまの周囲には、凍りつくような危険な空気が漂った。


彼の目には、祖父からのこの電話は、篠宮初音が背後で糸を引いて、また祖父の威光を借りて自分を追い詰めようとしているようにしか映らなかった。


祖父の言葉の意味は極めて明白だった。


篠宮初音を連れ戻せなければ、東雲財閥の継承権を失う。


東雲家には子孫が多く、社長の座を狙う者も少なくなかった。


祖父の意向に従わなければ、彼はいつでもその座から引きずり下ろされ、後任者は大勢いる。


そんなことは絶対に許せない!


そして篠宮初音?彼女には分からせてやる、東雲たくまを脅す代償というものを!


東雲たくまは秘書に篠宮初音の居場所を探させた。


一時間もかからず、秘書は場所を特定した。


篠宮初音が借りている楓ヶ丘アパートは、壁がはがれ落ち、階段には古びた匂いが漂っていた。


東雲たくまはハンカチで口を押さえ、眉をひそめた。


継承権のためでなければ、彼がこんな場所に足を踏み入れることは絶対にないだろう。


彼は想像した。篠宮初音は自分から離れて、さぞ落ちぶれて憔悴しているに違いない。


自分が直接訪ねてきたのを見れば、きっと涙ながらに懐かしさを語り、許しを請うだろう、と。


秘書がインターホンを押した。


しばらくして、ドアが開いた。


そこに立っていたのは、紛れもなく篠宮初音だった。


だぶだぶの部屋着を着て、髪をお団子ヘアに適当にまとめた彼女は、憔悴どころか、一ヶ月以上前よりもむしろ血色が良く、健康的に見えた。


東雲たくまの予想とはまったく正反対だった。


篠宮初音は彼を見ても、泣き崩れもせず、哀願もしなかった。


ただ、まるで無関係の他人を見るような、冷たい眼差しを向けるだけだった。


その一瞬、東雲たくまは、彼女が本当に自分の言った通り、もう自分を愛していないのかもしれないと、ほとんど確信しかけた。


しかし、そんなことがありえるだろうか?


「篠宮初音、お前の勝ちだ。戻って来い」東雲たくまは傲慢な面持ちで、施しを与えるかのような態度だった。


彼にとって、自分が直接訪ねることは神様からの恩恵であり、彼女は感謝の涙を流すべきだった。


しかし篠宮初音は依然として無反応で、余計な一瞥すら惜しむようにも見えた。


「東雲様、離婚はとっくに済んでいます。もう十分はっきり言ったはずです。どうかこれ以上、お邪魔しないでください」


「篠宮初音、お前は…」


バタン!


ドアが無情にも閉められた。


東雲たくまの言葉は途中で遮られてしまった。


よくもまあ、そんな態度がとれるものだ!


東雲たくまは怒りで頭に血が上った。


欲擒故縱にしても、やりすぎじゃないのか?!


しかし、彼は認めざるを得なかった。


そんな篠宮初音は、自分を苛立たせると同時に、久しく動かなかった心の弦をかすかに震わせもしたのだ…

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