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第4話

大量出血で、手術台の上で死にかけ、もう二度と妊娠できなくなった?


東雲琢磨(しののめ・たくま)は何も知らない。


あの日、ボディーガードに篠宮初音(しのみや・はつね)を無理やり中絶手術室に連れ込ませると、彼はすぐにその場を去った。


篠宮初音のことは好きではなかったが、彼女を死なせようとは考えたこともない。


知らなかった、本当に知らなかったのだ……


呆然とした表情の東雲琢磨に、祖父の杖が何度も振り下ろされる。しかし痛みをまったく感じない。


自分のせいなのか?


いや、違う。自分に非はない。どうして自分のせいだろうか。悪いのは篠宮初音だ。自分が彼女を嫌っていると知りながら、祖父に彼女と結婚するよう強要させ、自分から美香(みか)を追いかける資格を完全に奪い、美香が海外へ行くのを止められずに見送る羽目にした。彼女のせいだ。間違いなく彼女のせいだ!


東雲琢磨は最後の頼みの綱を必死に掴んでいたが、東雲の老当主が続けた言葉は、その最後の望みさえも奪い去ってしまった。


「お前がこんなにも畜生以下だとわかっていたら、初音という子を無理にお前に嫁がせるべきではなかった。彼女は最初は嫌がっていたのだ……」


おじい様は何を言っているのだ?


東雲老当主の言葉が終わる前に、東雲琢磨は遮った。「おじい様、それはどういうことですか?当時、篠宮初音がおじい様に僕との結婚を強要させたんじゃないんですか?」


東雲老当主はそれを聞いて激怒した。「何を言っているんだ!初音という子はお前のことが好きだったが、お前が彼女を好きでないと知ってからは、決して無理強いしようとはしなかった。東雲家の者にしたいと望んだのはこの私だ。彼女は私への感謝から折れたのだ。」


ドン!東雲琢磨の頭の中で何かが炸裂した音がした。


彼がずっと信じていた「事実」は、そうではなかったのだ。


そうだとしたら、なぜ篠宮初音は一言も説明しなかったのか?


しかし彼はわかっていた。たとえ彼女が説明しても、自分は決して信じなかっただろうと。


「ここ数年、初音という子がお前にどう接してきたか、お前は誰よりもよく知っているはずだ。それなのに、お前は恩知らずにも彼女をここまで酷い目に遭わせた。殴り殺してやる、この畜生め!」


東雲老当主は孫の非情さを憎むと同時に、自分自身も憎んでいた。


結局のところ、自分が畜生以下の孫に初音を嫁がせようと固執しなければ、事態はここまで悪化しなかったのだ。


……


東雲琢磨の干渉がなくなって、篠宮初音の生活は再び平穏を取り戻した。


彼女は新しく仕事を見つけ、渋谷のバーで歌うことになった。もともと2時間だったライブ配信は1時間に短縮され、配信が終わるとすぐにバーへ向かう。


フィットネス配信者としての2年間で、かなりの貯金はあったのだが、なぜか相変わらずこのボロアパートに住み続けている。


夜7時、配信が始まると「スイートハート推し」という名前のファンが、例によってわずか1分で100個の「カーニバル」を投げた。


これはもはや「豪」という言葉では表現しきれない。


篠宮初音は初めて「スイートハート推し」にお礼を言い、もうギフトを送らなくていいと伝えた。


しかしその言葉に反して、「スイートハート推し」はさらに1000個のカーニバルを投げ、画面を埋め尽くしてしまった!!!


カーニバル1個は3000円。1000個なら300万円だ!


【あああ、スイートハート推し、豪すぎる~!】

【土豪パパ、弟子入りさせて!私でどうですか?(^__^) ウフフ】

【1分以内に、スイートハート推しの全情報をよこせ】


……


この展開に篠宮初音も呆然とし、エクササイズの動作を何度か間違えてしまった。


配信終了後、篠宮初音は初めて「スイートハート推し」から個別メッセージを受け取り、LINEのIDを教えてほしいと言われた。


篠宮初音は断るべきだったが、これだけギフトをもらったことを考えて了承した。


彼女がLINEのIDを送ると、すぐに「スイートハート推し」という名前で友達申請が届いた。


彼女が承認すると、相手からメッセージは来ず、彼女も当然送らなかった。


彼女はスマホをテーブルに置くと、浴室へ向かった。


風呂から上がると、急いでバーへ向かわなければならない。


一方、薄暗い灯りの下で、冷たい目をした男が車椅子に座り、スマホを手に篠宮初音のプロフィール写真を見つめながら、切なさと狂おしさを込めて眺めていた。


誰も知らない。彼が篠宮初音をずっと、ずっと愛していたことを。彼がどれほど彼女を愛しているかを。


彼は病床で2年間昏睡していた。目を覚ました時、篠宮初音はすでに東雲琢磨と結婚しており、彼の両足は不自由になっていた。


もし東雲琢磨が篠宮初音を大切にしていたなら、彼は決して二人を邪魔しなかっただろう。しかし実際は、東雲琢磨が全く彼女を大切にせず、心の奥底で大事に思う人を何度も傷つけていた。


ならば――


初音、今度こそ、絶対にお前の手を離さない。


……


あの日、東雲琢磨は東雲老当主に病院送りにされ、丸一週間入院しただけでなく、「療養」を理由に従兄弟の東雲明海(しののめ・あけみ)が彼の職務を代行し、近いうちに正式に解任されるかもしれなかった。


東雲琢磨は何度も老当主に会おうとしたが、門前払いされ、面すら会えなかった。


鬱屈(うっくつ)した思いを発散させる場所もなく、西園寺家の次男が飲みに誘うと、東雲琢磨は即座に承諾した。


「東雲若、一体どうしたんだ?お前、家の御大に病院送りにされた上に、東雲明海に職務を代行されるなんて?」


この件はすでに公然の秘密で、上流階級の間で広まっていた。


みんな東雲琢磨が東雲家から見捨てられるのではないかと噂していた。


ただし正式に解任されるまでは、まだ挽回の余地はある。


「東雲若、お前、いったいどうやって御大の逆鱗に触れたんだ?」


東雲琢磨は相変わらず何も言わず、酒を一杯また一杯とあおっていた。


「まさか篠宮初音と離婚して、御大を怒らせたんじゃないだろうな?」


東雲琢磨が篠宮初音を嫌っていることは周知の事実だった。同様に、東雲老当主がこの孫嫁を可愛がっていることも有名だった。


西園寺の次男は、東雲琢磨の急に固まった表情を見て、自分が言い当てたと確信した。


彼は軽く腿を叩いた。「簡単な話だよ。篠宮初音と復縁すれば、御大もおさまるさ。」


「篠宮初音がお前のことが好きなんだから、小指を立てて呼べば、彼女は飛んでくるに決まってるだろ。」


篠宮初音の決別の言葉を思い出し、東雲琢磨の表情はさらに険しくなった。


今この瞬間も、東雲琢磨は信じられなかった。あんなに自分のことを愛していた篠宮初音が、なぜ自分を捨てたのか?


しかし彼は認めざるを得なかった。篠宮初音が去ってから、自分の生活はめちゃくちゃになっていた。


美しい歌声が響き渡ると、東雲琢磨の視線はステージ上の女性に吸い寄せられた。


その女性の妖艶な姿は、ステージで歌い踊りながら、無数の人々を熱狂させ、騒がせていた。


金色の半面仮面を着けた女性の、大きくて明るい目は魅惑的で、妖艶な唇と魅力的な顎のラインから、仮面の下の美貌がどれほど魅力的か想像させる。


初音だ、篠宮初音だった。


仮面を着けていても、東雲琢磨は一目で彼女とわかった。


篠宮初音がどうしてこんな場所で媚びを売ることができるんだ。


怒りに燃えた東雲琢磨はよろめきながら立ち上がり、篠宮初音の方向へ歩み始めた……

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