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第8話

陽射しが明るく、金色の光が大地に降り注ぎ、木々の影に斑な光の点を落としていた。

一台の眩いばかりの赤いポルシェが疾走し、風格のあるタウンハウスの前に止まった。ガルウィングドアが上に開き、ワインレッドのタイトドレスを纏った女性が優雅に降り立った。


その姿はしなやかで、顔立ちは明るく美しく、一挙手一投足に成熟した風情が漂っている。

細身のハイヒールを履き、優雅な物腰で彼女は屋敷の中へと足を踏み入れた。「ここはもう一度、丁寧に掃除を。」

屋内では、執事の黒田が使用人に清掃の指示を出していた。


すると、背後から柔らかく艶やかな声が響いた


。「黒田さん、ご無沙汰していますわ。」

黒田が振り返ると、目の前に立つ輝くばかりの女性が、どこか見覚えのあるように思えた。


しかし、すぐには誰だか思い出せなかった。「お嬢様、どちら様で?」

女性がサングラスを外すと、その明るく美しい顔が一層輝いた。


「黒田さん、三年も会わないうちに、私のこと、お忘れになったの?」

「香澄さんでは!」黒田は驚喜した。


「香澄さん、お帰りになったのですか!ご主人様がお聞きになったら、さぞお喜びになるでしょう!」

昨夜、空港に迎えに来たのは西野啓太だった。


白石香澄は落胆を覚えた。


啓太が東雲たくまは泥酔して体調が優れないから来られないと説明しても、彼女の心のモヤモヤは晴れなかった。

三年前なら、たくまはたとえ病気でも自ら迎えに来たはずだ。

三年の時を経て、たくまの彼女への想いは変わってしまったのだろうか?その胸の内を確かめるため、彼女は今日、直接ここを訪ねてきたのだった。

白石香澄は紅唇をほんのりと緩め、人を惹きつける笑みを浮かべた。


「たくまはどこかしら?」

「ご主人様はまだお休みです。お越しになったことをお伝えいたしましょうか」

「結構よ、私が上がるわ」

黒田は、東雲たくまの心中における白石香澄の重みを熟知していたため、止めようとはしなかった。白石香澄が螺旋階段を上ると、ハイヒールが大理石の段を叩き、軽やかな「コツコツ」という音を響かせた。

彼女が主寝室の扉を開けると、広々としたベッドに横たわる東雲たくまの姿が目に入った。

ひげは二日も剃っておらず、顔色も優れず、これまでに見たことのないようなみすぼらしい様子だった。香澄はわずかに目を見張った。


彼女の記憶にある東雲たくまは、いつだって几帳面そのもの。


こんなだらしない姿を見たことなどなかった。

彼女が帰国した理由は二つあった。


一つは、東雲たくまが篠宮初音と離婚したと聞いたこと。


もう一つは、白石家が次第に勢いを失い、強力な後ろ盾が急務だったこと。


そして彼女に一途な想いを抱き続ける東雲たくまこそが、最適な人選に他ならなかった。彼女は確信していた。


指先ひとつで、たくまはまたしても彼女の膝元にひれ伏すだろう、と。

白石香澄は自信に満ちて、昨夜の落胆や、たくまの憔悴した姿を見た時の驚きを、意図的に心の奥に押し込めた。東雲たくまは深い眠りの中にいた。


柔らかい手が頬に触れたのを感じると、無意識にその手を掴んだ。


「初音…痛いよ…」

彼はすっかり、篠宮初音の気遣い深い世話に慣れきっていた。


初音が去ってこの一ヶ月余り、彼の体はどこもかしこも不調だった。

認めたくはなかったが、彼の初音への依存は骨の髄まで染みついていた――それは単なる生活上の世話だけでなく、心の拠り所としての依存だった。


この依存こそが、彼の生活の秩序全体を根底から覆していたのだ。東雲たくまの、まるで依存しているかのような甘えた口調に、白石香澄の胸は鋭く刺されるような痛みを覚えた。


まるで、たくまが実は篠宮初音を大切に思っているかのような錯覚さえ抱かせた。

ありえない!そんなはずはない!たくまが好きなのは私のはず!もし彼が篠宮初音を大切に思っているなら、どうして彼女に中絶を強いて、離婚なんてするものか!

そう考えると、白石香澄は少し安心し、再び自信を取り戻した。「たくま、よく見て?私よ、誰だかわかる?」彼女は優しく問いかけた。

その声は懐かしくもあり、どこか違和感もあった。


東雲たくまははっと目を見開いた。


目の前で愛らしく微笑む白石香澄の顔を見ると、まるで何か汚れたものに触れたかのように、ビクッと手を引っ込めた!白石香澄の笑みは一瞬で引いた。


たくまが彼女を見て狂喜乱舞すると思っていたのに、相手の顔には喜びの色は微塵もなく、むしろ驚き、それどころか…一瞬の嫌悪感さえ浮かんでいる?

まさか、彼女の出現がそんなにも恐ろしいものだったというのか?自分の失態に気づくと、東雲たくまは素早く感情を収めた。


「香澄?どうしてここに?」

白石香澄もまた瞬時に表情を整え、自信に満ちた様子を取り戻した。


「どうしたの?私を見て嬉しくないの?」

「そんなことない」東雲たくまの口調は淡々としていた。


「帰国、おめでとう」

「昨夜も迎えに来てくれなかったし、もう私のこと友達じゃないのかと思って、本当に悲しかったわ」


白石香澄は冗談めかし、半ば本気で咎めるように言ったが、その目は東雲たくまの反応をじっと観察していた。東雲たくまの反応は淡く、感情は読み取れなかった。


「君を友達じゃないなんてありえないよ。昨日は飲みすぎてて、本当に悪かった。詫びとして、食事でもどう?奢るよ」と彼は提案した。

白石香澄は彼の心の内が読めず、もっと探ることに決めた。

彼女は艶やかに微笑み、思わず艶やかな長い髪をかきあげた。


流れるような眼差しは、色気たっぷりだった。


「ええ、いいわね。じゃあ、下で待ってるわ」白石香澄が主寝室を去ると、東雲たくまは布団を跳ねのけ、ベッドから降りて浴室へと向かった。

シャワーを浴び、鏡に映る少しみすぼらしい自分を見つめながら、彼の心は妙に静かだった。

人は好きな人の前では、無意識に身だしなみを整え、完璧な姿を見せようとするものだ。

しかし今、白石香澄にこの姿を見られても、彼はまったく慌てなかった。

三年という月日は長くも短くもあったが、それが彼の白石香澄に対する感情を一変させていた。

もしかすると、彼は自分が思っていたほど、彼女のことを好きではなかったのかもしれない。

真実の愛とは、どんなことがあろうと、どれだけ時が経とうと、心が変わらないものなのだ。

東雲たくまはひげをきれいに剃り、髪を整え、仕立ての良いオーダースーツに着替えた。


たちまち、彼はまたあの几帳面で威圧感のある東雲財閥の社長に戻った。彼が階下に降りていくと、そんな彼を見た白石香澄の目は一瞬で輝いた。

三年の時を経て、東雲たくまはより一層、成熟して落ち着き、そして魅力を増していた。

これほど優れた男が自分に想いを寄せていると思うと、彼女の虚栄心は大いに満たされた。彼女は優雅な足取りで彼に向かった。「たくま、これから何を食べに行くの?」

「君の好きなものを食べよう」東雲たくまは無表情で、口調には距離感が滲んでいた。


「何でもいいわ、好き嫌いはないもの」

白石香澄は東雲たくまの車に乗り込んだ。


車はやがて、「クラウドナイン」という名の高級レストランの前に停まった。

東雲たくまが先に降り、助手席側に回って白石香澄のドアを開けた。

白石香澄は優雅に降り立ったが、ふと視線を遠くにやると、なんと篠宮初音の姿がちらりと見えた!彼女は一瞬で考え、すぐさま親しげに東雲たくまの腕を軽く絡めた。

東雲たくまは白石香澄が突然腕に絡めてくるとは思っておらず、体が硬直した。


とりわけ、遠くにいる篠宮初音と視線が合った瞬間、言いようのない慌てた気持ちが胸に込み上げてきた……

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