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第10話

東雲たくまは、篠宮初音の口からどんな答えを聞きたかったのか、自分でもわからなかった。


「はい」なのか?「いいえ」なのか?それとも、久しく聞いていない「たくま、私が好きなのはあなただけよ」というのか?


初音が顔を上げ、東雲を見つめた。


漆黒の瞳は冷たく、霜のように凍っていた。


「私が淋しがり屋かどうか、明海くんと一緒にいるかどうかは、東雲様には関係のないことです。お忘れですか?私たちは、離婚しましたよ」


彼女は直接否定しなかった。


東雲たくまにとってそれは、「はい」そのもの同然だった。


よくもそんな真似が!よくも俺にそんなことができるのか!


「篠宮初音!よくも東雲明海と寝られるな!よくも俺にそんなことができる!」


怒りが東雲たくまの理性を完全に飲み込んだ。


彼は初音の顎を強引に掴み、押し倒して無理やりキスを迫ろうとした。


初音は一瞬の躊躇もなく、膝を蹴り上げ、彼の急所を強く蹴った!


「ぐああッ―――!」


苦しそうなうめき声が上がり、東雲は瞬間的に彼女を離した。


激痛の走る箇所を押さえ、冷や汗がこめかみを伝った。


初音は再び、彼に痛みを味わせた。


肉体の痛みだけでなく、心の奥底を直撃する痛みだった。


そして心の痛みこそが、最も致命的なのだ。


東雲たくまは、この体が引き裂かれるような苦しみを初めて味わった。


白石香澄が去った時ですら、これほどの痛みはなかった。


そしてこれは、まだ始まりに過ぎないのだろう……


初音が振り返りもせずに去ろうとするのを見て、東雲たくまは本能で手を伸ばし、彼女を掴まえようとした。しかし、掴んだのは虚しい空気だけだった。


「初音…行かないで…痛い…すごく痛い…」


彼自身も気づかなかった哀願が声に滲んでいた。


初音の足取りは一瞬たりとも止まらず、振り返らずにも廊下の角で姿を消した。


かつて彼の傷を心配していた篠宮初音は、もういなかった。


これからは、東雲たくまが傷つこうと、痛かろうと、誰も気にかける者はないのだろう……


「初音…痛いよ…聞こえているか…本当に痛い…行かないで…行かないでくれ…」


無駄な呼びかけに応えたのは、冷たい廊下の反響だけだった。


東雲はうつむき、右手を強く握りしめ、身体を抑えきれずに震わせていた。


それは激しい生理的痛みのせいか、それとも心の底から湧き上がる絶望と悲しみのせいか、本人にもわからなかった。


この瞬間になって初めて、東雲は自分が篠宮初音に対して、偏執的なほどの独占欲を抱いていたことに気づいた。


彼女が他の誰かと一緒になることなど許せなかった。


ましてや、誰かが彼女に触れ、手を出すことなど、到底我慢できなかった。


ただ、この激しい独占欲が、単なる習慣や依存心からくるものなのか、それとも……愛なのか、彼にはまだ判別がつかなかった。


重苦しい足音が静かな廊下に響き、近づいてきた。


つややかな革靴が彼の前に立ち止まる。


東雲明海は、片手をスラックスのポケットに突っ込み、地べたにうずくまって虚ろな目を上げる東雲たくまを見下ろした。


口元に、隠しようもない嘲笑を浮かべて。


「いとこ、初音さんがどれほど輝いているかわかっているのか?彼女に憧れ、全てを、命さえも捧げようとする人間がどれほどいるか?」


彼は一呼吸おき、目つきが一瞬で冷たくなった。


刺すような寒気を帯びて。


「それなのに、あの人の心はかつて、お前だけに向けられていたんだ!それを、お前は塵のように扱った!お前に大切にすることができないなら、これからは俺が守る。俺が大切にする。東雲たくま、お前はとっくに退場だ。もう、チャンスはない」


篠宮初音が離婚を切り出したその時から、東雲たくまは完全に退場していた。


明海の言葉はナイフのように東雲たくまの心臓を貫き、怒りの大波を呼び起こした。


しかし、それ以上に彼を襲ったのは、底知れぬ慌てふためきだった。


彼は猛然と拳を明海の顔面へと振りかぶったが、相手に手首をしっかりと掴まれていた!


「いとこよ、」明海の声は冷たく、断定的で、宣告するような響きだった。


「初音さんも、東雲財閥全体も、結局は俺のものになる。そしてお前は…何もかも失うのだ」


*********


夜の帳が降りると、ナイトフォールは再び喧騒とまばゆい光に包まれた。


「スイートハート」がここで歌い始めて以来、バーの繁盛ぶりは頂点に達していた。


無数の客が、仮面の下に垣間見える驚くべき美貌を一目見ようと、その名を慕ってやって来た。


かつて、五十万円を叩いて「スイートハート」に仮面を外すよう頼んだ男がいたが、彼女は断固として拒否した。


たとえ十万円で一杯の酒を共に誘っても、無情な無視が返ってくるだけだった。


妖艶で、誇り高く、冷たい――これらの特質が逆に、彼女に致命的な魅力を与え、無数の男を狂わし、酔わせた。


東雲たくまは、暗がりの隅のボックス席に身を潜め、ステージで輝く人影を執拗に見つめていた。


自虐のごとく、ウイスキーを一杯、また一杯と流し込む。


彼は毎晩ここに来ていた。しかし、臆病者のようにこの影に隠れ、初音の視界に現れることも、自分の存在を彼女に気づかれることも恐れていた。


西野はここ数日、彼に付き合って酒を飲んでいた。


恋に堕ちて抜け出せない東雲の姿を見て、困惑を隠せなかった。


「東雲の若様、一体どうしたんです?離婚もしたし、香澄さんも戻ってきたのに、まだそんな死にそうな顔をして」


西野が思わず問いかけると、「離婚」という言葉が針のように東雲たくまの心臓を刺し、彼を苛立たせた。もはやこの言葉を聞くことすら耐えられないようだった。


生まれて初めて、激しい後悔が彼を襲った――なぜ、あの時、篠宮初音の離婚の要求をあんなにすんなりと受け入れてしまったのか。


彼は、それを彼女の何らかの戦略だと思い込んでいた。


彼女は自分から離れられない、最後には泣いて戻ってきて復縁を懇願するに違いない、そうなったら彼が「しぶしぶ」承諾してやればいい――そう信じていた。


今になって初めて気づいたのだ。彼がどれほど嫌悪感を示そうと、心の奥底では、本当に彼女と離婚するつもりは一度もなかったということに……


しかし現実は、篠宮初音は去った。


本当に去ってしまったのだ。


彼女は彼を捨てた。


本当に捨てたのだ。


もしかすると……二度と必要としないかもしれない。


鋭い酸っぱさが胸に込み上げてきた。


東雲は顔を上げ、またしても烈酒を一気に飲み干した。


そんな東雲たくまを、西野は信じられない思いで見つめていた。


彼は恋の罠に完全に捕らえられたかのようだった。


白石香澄が海外に去った時でさえ、これほど荒れた様子は見せず、生活は普通に続いていたのに。


「一体どういうことなんだ?」


西野は東雲たくまの手からグラスを奪い取り、ガラスのテーブルに叩きつけた。


酒が飛び散った。


「香澄さんから何度も愚痴を聞かされてるぞ!お前、彼女にすごく冷たいって!本当にもう彼女のこと好きじゃないのか?それともまた欲擒故縦の手を使って、もっと自分に気を引かせたいのか?」


ここ数日、白石香澄が何度もデートに誘ってきたが、東雲は容赦なく断り続けていた。


東雲たくまは、かつて白石香澄に夢中だった気持ちをもう忘れていた。


今や彼が目を開けても閉じても、頭の中は篠宮初音の姿でいっぱいだった。


「後悔」という言葉が、初めてはっきりと東雲たくまの辞書に刻まれた。


彼はステージ上で輝く人影を見つめ、顔を乱暴に拭った。


「もう彼女のことは好きじゃない」


西野は飛び上がらんばかりに驚き、顔中に信じられないという表情を浮かべた。


「東雲?!冗談じゃないだろうな?」


「俺が冗談を言っているように見えるか?」 東雲の声は低く、疲れ切っていた。


西野は呆然とした。


東雲の表情を見る限り、彼は決して冗談を言っているわけではなかった。


彼は本当に……白石香澄のことを好きではなくなったのだ。


「東雲…まさか、篠宮初音と離婚したことを後悔しているんじゃないだろうな?」西野は探るように尋ね、すぐに納得のいく説明を見つけたかのように続けた。


「でも、そりゃそうだよな。お前が離婚したら、おじいちゃんが東雲明海に社長の座を代行させただろ?誰だって後悔するさ!でも篠宮初音は昔、お前にあれほど惚れ込んでいたんだ。お前が頭を下げて謝れば、きっと復縁に応じてくれるに違いない!そうすれば東雲財閥の社長の座は、やっぱりお前のもんだろ?」

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