掌が掌を覆い、篠宮初音は男性の温かく湿った手のひらを感じていた。大きな手が彼女の手をぴったりと包み込もうとしているようだった。
「初音お姉ちゃんとお兄ちゃんは、二人ともいい人だから、ずっと仲良くしてね」
翔太はにっこり笑い、可愛らしい八重歯を見せた。
「翔太、『仲良くする』って言葉はそういう風に使わないのよ」篠宮初音は手を引っ込め、男性に謝罪の意を示した。「お客様、子供の言うことに遠慮はいりません。気にされませんようお願いします」
突然、手のひらが空になった。心までが空洞に引き抜かれたような感覚が走った。
男性は手を引っ込み、指の腹をこすりながら目を伏せた。しかし、その瞳の奥に渦巻く嵐と狂おしいまでの熱意を完全に隠すことはできなかった。
それでもなお、彼は必死に自制していた。彼女を驚かせてしまうのが怖かったのだ。
「私は九条天闊(くじょう あまひろ)と申します」
篠宮初音は一瞬きょとんとしたが、すぐにこれが彼の名前だと気づいた。
九条天闊。九条天闊。篠宮初音はその名前を心の中で反芻し、どこかで聞いたことがあるような気がした。
ふと脳裏に閃くものがあった。目の前の男性は、彼女より二学年上の先輩だったのだ。道理で見覚えがあるはずだ。
「あなた、九条先輩ですよね?」
九条天闊が顔を上げると、その星のようにきらめく瞳と目が合い、またも心が大きく揺れた。車椅子のアームレストを強く握りしめ、ようやく平静を装った。「ええ」
篠宮初音の視線がふと、男性の不自由な足元に落ちた。その瞬間、あの火災事故のことを思い出した。
人づてに聞いた話では、九条天闊は人を助けようと火災現場に飛び込み、深い昏睡状態に陥ったという。この足もおそらくその時に負った障害だろう。
奇しくも、彼女もあの大火災に巻き込まれており、最後は東雲琢磨(しののめ たくま)に救い出された。それが東雲琢磨に心酔した理由の一つでもあった。
九条天闊は篠宮初音の視線が自分の不自由な両脚に注がれているのを感じ、体を硬直させた。逃げ出したい衝動に駆られた。
自分は不具者だ。これほど不完全な存在が、彼女の前に現れる資格などない。
彼の硬直した体が微かに震え始めた。ようやく篠宮初音も男性の異変に気づいた。
人の足をじっと見つめるのは、非常に失礼な行為だ。慌てて詫びた。「九条先輩、すみません。悪気はなかったんです」
同情の気持ちはあったかもしれないが、決して侮辱する意図などなかった。
「分かっています。気にしていません。どうかあなたも気に病まないでください」
雷鳴が轟いた。さっきまで晴れ渡っていた空が、突然電光が走り、今にも土砂降りになりそうな気配だった。
園長の呼びかけで、子供たちは我先にと雨宿りのため建物内へ駆け込んでいった。
篠宮初音も無意識に屋内へ走ろうとしたが、その時、男性が自ら車椅子を動かして進んでいるのを見た。
彼女には理解できなかった。男性の後ろには二人の護衛が付いているのに、なぜ車椅子を押すのを手伝わないのだろう。
「九条先輩、車椅子をお押しします」
豆粒のような雨粒がすでに落ち始めていた。男性がうなずくと、彼女はすぐさま車椅子を押して前へ走り出した。
九条天闊は誰にも車椅子を押させたことがなかった。どんな人にも弱みを見せたくなかったのだ。
だが、それが篠宮初音であれば話は別だった。それほど受け入れがたいことではなかった。
二人ともそれぞれに多少雨に濡れた。園長が清潔なタオルを二枚手渡した。「初音ちゃん、九条さん、すぐに拭いて。風邪を引いちゃいけませんよ」
「ありがとう、園長ママ」
篠宮初音は両手でタオルを受け取り、窓辺へ歩いた。髪を拭きながら、窓の外の雨を見つめた。
天気予報では今日は雨が降らないと言っていたのに、どうして急に降り出したのだろう。しかもこの様子では、しばらく止みそうにない。
九条天闊は一見、髪を拭くことに集中しているように見えたが、その目尻は折に触れて篠宮初音へと向けられていた。
彼女の面影はとっくに彼の脳裏に深く刻み込まれていた。だが、もっと近くでしっかりと見たかった。
抱きしめてキスをし、彼女のこれからの人生に自分が寄り添っていたい。
彼は彼女を強く渇望していた。どうしたらいいかわからないほどに。どうすれば彼女に愛してもらえるのか、途方に暮れていた……。
雨はますます激しくなるばかりで、止む気配は全くなかった。
雨の日の山道は非常に危険だ。園長は心配し、一晩泊まって翌日雨が止んでから出発するよう勧めた。
篠宮初音は異存なく即座に承諾した。彼女に異存がなければ、九条天闊ももちろん異存はなかった。
彼は篠宮初音ともう少し一緒にいたかった。たとえ遠くから見ているだけでも構わなかった。
篠宮初音は毎週孤児院を訪れており、時には一泊もするので、彼女専用の部屋があった。
園長は別に二部屋を掃除し、九条天闊と二人の護衛が泊まれるようにした。
篠宮初音の部屋と九条天闊の部屋は隣り合わせだった。ここは遮音性が悪く、隣の物音がはっきり聞こえた。
篠宮初音がお風呂から上がってベッドに入ると、すぐに隣の部屋で何かが倒れる音がした。
「出て行け!お前たち、全員出て行け!」
九条天闊は両足が不自由だったが、服を着たりお風呂に入ったりする時は決して他人を頼らなかった。そのため驚異的な腕力を身につけていた。
しかし、孤児院には彼が入浴しやすい設備はなく、九条天闊は風呂に入るのに非常に不便を感じていたが、それでも護衛の助けを借りようとはしなかった。
さっき誤って洗面器を落としてしまい、物音を聞きつけた二人の護衛がすぐに駆け込んできたのだが、九条天闊に叱りつけられたのだった。
九条天闊は誰にも自分がこんなみすぼらしく無力な姿を見られることを絶対に許さなかった。
彼は多額の報奨金をかけて、世界中から自分の両足を治療できる名医を探していた。
天は自分にそこまで残酷なはずはないと信じていた。
いつか必ず再び立ち上がり、篠宮初音を高々と抱き上げてみせると。
篠宮初音の記憶の中の九条天闊は非常に優秀だった。成績は抜群で、学生会の会長も務め、天から選ばれたような存在で、無数の人々が憧れる存在だった。
しかし、あの大火災が彼に障害を負わせた。
彼女は非常に残念に思った。本来なら輝かしいはずの彼が、今は……。
彼が助けに向かったのは一人の女性で、しかも彼が想いを寄せていた女性だったという噂を聞いた。
彼女は好奇心を抱いた。いったいどんな女性が、九条天闊のような完璧な男性をそこまで命がけで駆けさせたのかと。
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一方、薄暗い階段裏には、様々な嫌な匂いが充満していた。
東雲琢磨は早朝から篠宮初音を訪ねていた。彼は昨夜、篠宮初音に護身用の電気棒で気絶させられたことを覚えていた。
彼は問い詰めたかった。よくもまあ自分にそんなことができるものだと。
しかし彼自身が一番よくわかっていた。本当に問い詰めたいわけではなく、ただそれで彼女に近づきたかっただけだと。
自分は篠宮初音に心惹かれているらしい、しかしそれは未練から来ているのか、そしてその想いがどれほど続くのかわからない、とも思っていた。
長年好きだった白石香澄(しらいし かすみ)でさえ、いつの間にか好きではなくなっていた。今回の想いも、果たしてどれだけ続くというのか?
だが、いずれにせよ、彼は篠宮初音が欲しかった。初めて、自分が篠宮初音を欲していると明確に認識した。彼女にこれまで通り、永遠に自分を愛し続けてほしいと……。