東雲琢磨(しののめ・たくま)は朝8時に訪ねた。呼び鈴を鳴らしたが、なかなか応答がなく、篠宮初音(しのみや・はつね)が朝のランニングに出かけたのかと思い、その場で待っていた。
しかし待てど暮らせど、朝8時から夜10時まで待ち続けることに。
こんな時間になっても、篠宮初音は戻ってこない。
東雲琢磨はさまざまな想像を巡らせた。東雲明海(しののめ・あけみ)と一緒にいるのではないか、二人は抱き合い、キスをし、あるいはもっと……。
そう考えると、東雲琢磨は全身が逆立ちし、東雲明海を殺してやりたい衝動に駆られた。
東雲明海は12時前には必ず寝る。
ベッドに入り、ちょうど明かりを消そうとしたその時、中村執事がドアをノックした。
「坊っちゃん、琢磨様がお見えです」
こんな時間に東雲琢磨が来るとは?
東雲明海は太い眉をひそめた。「何の用でこんな遅くに来たと言っているのか?」
「琢磨様は何もおっしゃいませんでしたが、お怒りのご様子で……」
「分かった。すぐに下りていく」
東雲明海は着替えもせず、パジャマのまま階下へ降りた。
「従兄(いとこ)、こんな遅くに何の用だ?」
東雲琢磨は無言で拳を振りかぶり、東雲明海の顔面へ叩きつけようとしたが、かわされてしまう。
挑発を受けた東雲明海は顔を曇らせ、怒りを帯びた口調で言った。「従兄、夜中に何を狂っているんだ」
「東雲明海!初音はどこだ?初音を出せ!お前たち、俺の知らぬ間にずっと密かに関係を続けていたんだろう?初音が離婚すると言い出したのも、お前のせいなんだろう?」
東雲琢磨は考えれば考えるほど、そうとしか思えなかった。
そうでなければ、篠宮初音が突然離婚するはずがない。
東雲明海は東雲琢磨を見据え、冷たい瞳に明らかな怒りをたたえながら、近づくと拳を東雲琢磨の顔面に叩きつけた。
「東雲琢磨!お前は人間じゃない!よくも初音をそんな風に貶(おとし)められるものだ!ここ数年、初音がお前のために尽くしてきたことを、お前は全く理解していないのか?」
東雲琢磨は慌てふためき、最後のあがきを見せようとしているようだった。
「そうじゃなければ、初音が離婚するはずがないだろう?」
「俺は初音を愛している。でも初音は俺の気持ちを知らない。彼女は全身全霊でお前を愛していた。それなのに、お前は彼女を辱め、苦しめ、中絶を強要し、もう二度と妊娠できなくしてしまった。初音はお前に完全に失望したからこそ、離婚を決意したんだ。東雲琢磨、お前は畜生以下だ。初音の愛を受ける資格などない」
祖父はお前を畜生以下だと罵り、東雲明海も畜生以下だと言う。
以前の東雲琢磨は、自分が間違っているとは思わなかったが、この瞬間、自分が本当に間違っていたことを痛感した。
「償う。初音を取り戻し、今度はちゃんと彼女を大切にする」
それを聞いた東雲明海は、抑えきれない暴力衝動を爆発させ、東雲琢磨に猛烈な攻撃を仕掛けた。
二人は殴り合いのけんかを始めた。
***
雨は一日中降り続いていた。空気さえも湿っぽい。
篠宮初音が部屋から出てきたのと同時に、楚天闊(そてんかく)も車椅子を押しながら現れ、二人の視線が合った。
篠宮初音が先に挨拶した。「楚先輩(そせんぱい)、おはようございます。雨も上がったので、そろそろ失礼します」
篠宮初音の視線が楚天闊の足元に落ちた。昨夜、彼が転んだような音を聞いた気がしたが、大丈夫かどうか。
ただ、楚天闊が過敏に反応するのを恐れ、すぐに視線を外し、昨夜転んだかどうか、怪我をしたかどうかも尋ねなかった。
楚天闊は常に鋭い観察眼の持ち主で、篠宮初音の一瞥を確かに捉えていたが、何の反応も示さなかった。
「俺もそろそろ戻る。院長先生にお別れを言いに行こう」
二人は揃って院長に別れを告げ、院長の強い勧めで、朝食を済ませてから施設を後にした。
道路は深刻な冠水状態だった。篠宮初音の車は車高が低いため、スピードを出せなかった。しかしなぜか、楚天闊の車も異常に遅く、ずっとのろのろと後を追っていた。
幹線道路に出たところで、ようやく楚天闊の車が追い越し、二台の車は分岐点で左右に分かれ、それぞれ別の方向へ走り去った。
篠宮初音が家に着くと、東雲琢磨が玄関先に座っているのを目にした。顔にはあざができ、唇の端には血がにじんでいて、明らかに誰かと殴り合った形跡があった。
昨夜、東雲琢磨と東雲明海は殴り合い、二人とも程度の差はあれ傷を負った。
東雲明海の元を離れた後、東雲琢磨は自宅にも病院にも行かず、再び篠宮初音の住まいへと向かい、そこで一晩中座り込んでいた。
この一晩、彼は多くのことを考えた。かつての自分は確かに最低な男だった。改めたい。篠宮初音とやり直したい。ただ、彼女がまだチャンスをくれるかどうか分からない……。
しかし一方で、篠宮初音は自分をそんなに愛していたのだから、たとえ今は愛していなくても、自分が心を入れ替えれば、きっとまた愛してくれるに違いないとも思った。
東雲の大社長の謎の自信。彼の目には、篠宮初音は自分と一緒になる以外、他に選択肢などないと映っていたのだ!
篠宮初音は足を止め、自分を見つけて輝いた東雲琢磨の瞳を見た。
「初音、やっと帰ってきたんだな。一日中待っていたんだぞ?戻ってこないから心配でたまらなかった」
これは東雲琢磨が初めて、篠宮初音に優しい口調で気遣いを示した言葉だった。彼自身も少し違和感を覚え、ぎこちなさを隠せない様子。
そんな東雲琢磨の姿は、篠宮初音に強い違和感と、並々ならぬ嫌悪感を抱かせた。
引っ越し、いや転職まで考えるべきかもしれない。
しかし最終手段でなければ、そうしたくなかった。
篠宮初音は何も言わず、考え込んでいた。どうすれば東雲琢磨が狂った行動を止めさせられるのか。
「初音、たぶんお前のことが好きになったんだ。昔は悪かった。わざと無視したり、苦しめたり、中絶を強要したりして、お前を手術台で死なせそうにした。二度と子供が持てなくしてしまって、本当にすまなかった。もう一度チャンスをくれないか?子供はいらない。復縁してくれ。これからも俺を愛してくれないか?」
篠宮初音は眉をひそめた。東雲琢磨の狂気は相当深刻なようだ。どうやら引っ越しと転職は避けられそうにない。
先ほどの言葉は、東雲琢磨が必死に勇気を振り絞って口にしたものだった。篠宮初音の前で弱さを見せるのはこれが初めてだ。
篠宮初音が全く反応しないのを見て、彼は思わず彼女の手を掴もうとしたが、篠宮初音はすぐに避けた。まるで東雲琢磨が伝染病であるかのように。
東雲琢磨は弱さを見せ、篠宮初音の許しを請うているように見えたが、篠宮初音の目には、東雲琢磨は何も変わっていないと映った。相変わらず高慢で、恩を施すような態度だった。
まるで言わんばかりだ──篠宮初音、俺はここまでしているんだ。感謝して当然だろう、と。
彼女は冷たく言い放った。「東雲さん、あなたが私を好きかどうかなんて、全く興味ありません。それに、あんなことをした後で、私がまだあなたを愛していると思う根拠は何ですか?復縁すると思う根拠は?」
篠宮初音は目を閉じ、深く息を吸った。
ここ数日、彼女は東雲琢磨を恨まないよう努めてきた。恨みを捨ててこそ、本当に愛が消えるからだ。そして確かに、彼女はもう東雲琢磨を愛していなかった。一片の未練もなかった。
再び目を開けると、彼女の瞳にはすでに平常が戻り、揺らぎはなかった。
「東雲琢磨、私はあなたを憎んではいません。あなたがただ私を愛していなかっただけだと、ずっと分かっていました。でもこれ以上、私に憎悪を抱かせないでください。それは本当に醜い。もしこれ以上絡んでくるなら、私は警察を呼びます」