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第17話

白石カスミは思わず声をあげてしまい、すぐに自分が取り乱したことに気づいた。「琢磨、ごめんね、驚かせちゃったわ。ただ…ちょっとびっくりしちゃって」


今日の白石カスミは派手なメイクではなく、ナチュラルメイクに清楚な学生服スタイル。おとなしくて純真そうな女子学生そのものだった。


ここ数日、彼女は何度も東雲琢磨との面会を申し込んだが、「忙しい」を理由にことごとく断られていた。


焦りが彼女の胸を締めつける。白石家からも、東雲琢磨を早く落として白石グループへの出資を承諾させ、今の危機を乗り切るよう、頻繁に圧力がかかっていた。


もしかして、前回の自分は派手すぎたのか? だって東雲琢磨がかつて好きだったのは、まさにこの「清楚」な姿だったのだから。


――もちろん、それは全て彼女の演じたものに過ぎない。彼女は元々清楚などではなかった。だが目的のためなら、演じ続けるつもりだ。


「ご主人様、白石様、ごゆっくりお話しくださいませ。失礼いたします」

中村執事は丁寧に一礼し、そっとドアを閉めた。心の中で思う。白石様が来たのだから、ご主人様もこれでお怒りにはならないだろうか…。


「どうした?」

東雲琢磨の口調はそっけなかった。彼は今日の白石カスミの姿を見つめていた。前回会った時とは別人のようで、まるで三年前のあの清楚で愛らしい姿に戻ったかのようだ。しかし彼の眼差しには、もはや三年前の熱はなかった。


全ては、とっくに変わってしまっていたのだ。


白石カスミは素早く表情を整え、より清楚に見せようと努めた。「琢磨、具合が悪いって聞いたから、様子を見に来たの。もう大丈夫?」


「構わない。君も見たし、もう帰ってくれ。移ったら悪いから」


白石カスミの顔色が一瞬で青ざめた。まさか東雲琢磨がここまで冷たく、来たばかりで追い返すとは。


そんなに自分が嫌われているのか?


追い返されるわけにはいかない。彼女は素早く感情を整理した。


「琢磨、私、何か間違えたことした? どうしてそんなに冷たいの?」


彼女は目を赤くして、涙をこらえているような強がりながらも痛々しい表情は、見る者の心を揺さぶった。


東雲琢磨の心は一瞬、かき乱された。白石カスミはかつて好きだった女性だ。今はもうその気持ちはなくとも、ここまで冷酷にはなれなかった。


「カスミ、誤解だよ。わざと冷たくしているわけじゃない。君に病気を移したくないだけだ」


口調が和らいだのを見て、白石カスミは内心ほくそ笑んだ。これ以上は深入りしないのが得策と悟った。「わかったよ。ゆっくり休んでね。また近いうちに来るわ」


振り返って去ろうとする彼女の表情は、同時に陰険なものへと変わっていった。さっきまでの純真で無害そうな子ウサギのような姿はすっかり消え失せ、牙を剥いた獣の面影が浮かび上がった。


東雲邸を離れると、白石カスミは篠宮ハツネに電話をかけた。


東雲琢磨から電話があった時は驚いた程度だった篠宮ハツネだが、白石カスミからの着信には完全に面食らった。


何の用なのか、彼女には見当もつかなかった。


九条明海との夕食後、篠宮ハツネは約束通り、白石カスミと待ち合わせた喫茶店へ向かった。相手は既に先に到着していた。


白石カスミは、東雲琢磨を落とす鍵が篠宮ハツネにかかっていると確信していた。


今回の帰国で、彼女は鋭く東雲琢磨が篠宮ハツネに好意を持っていることを察していた。二人は離婚しているとはいえ、復縁の可能性はゼロではない。だが篠宮ハツネが断固として振り向かない限り、自分が彼を手中に収めるチャンスはあったのだ。


「もう琢磨と一緒になったの。それに…」

篠宮ハツネが席につくか否かのタイミングで、白石カスミは不意にそう切り出した。

「私、彼の子供を妊娠したのよ」


篠宮ハツネの反応をじっと観察し、彼女の顔が一瞬で歪むのを見て、白石カスミは内心で大いに得意になった。


あの頃、篠宮ハツネは彼女からミスキャンパスの座を奪い、A大での人気は彼女をはるかに凌ぎ、何事においても彼女を押さえつけた。


白石カスミはそれをずっと根に持っていた。


篠宮ハツネが東雲琢磨に片思いしていると知ると、彼女はわざと近づき、優しい仮面をかぶって東雲琢磨を惑わせた。近づいたり離れたりして、彼を弄ぶことで見事にその心を射止めたのだ。


今、篠宮ハツネの苦しむ姿を見て、彼女はただただ快感を覚えた。


たとえ二人が結婚したことがあろうと? 彼女は知っていた。あの結婚生活は幸せなどではなく、最後には傷だらけで離婚に終わったのだ、と。


その瞬間、篠宮ハツネは確かに苦しんでいた。だがそれは白石カスミが東雲琢磨の子を妊娠したからではなく――東雲琢磨の手で自ら消されたあの小さな命を、再び思い出したからだった…。


彼女の顔は青ざめ、両手を固く握りしめ、体は微かに震えていた。だがすぐに平静を取り戻した。


白石カスミはただ挑発しているだけ。もうどうでもいいことだが、二度と踏みつけにされるわけにはいかない。


「おめでとう。東雲君と本当にお似合いね――クズ男にフェイク女、天が結びつけたカップルよ」


「この私にそんな口の利き方ができるのか、この下衆女!」


白石カスミの表情が一変した。給仕が運んできたばかりの熱々のコーヒーカップを掴むと、篠宮ハツネ目がけて浴びせかけた!


篠宮ハツネは咄嗟に体をかわすと、即座に自分の前のコーヒーカップを掴み、ためらいなく白石カスミに叩きつけた!


避ける間もなかった白石カスミの顔面に熱いコーヒーが直撃し、悲鳴が喫茶店中に響き渡った。周囲の客たちが一斉に視線を向ける。


「白石カスミ、いいわね。次に私を刺激したら、コーヒー一杯じゃ済まさないから」


篠宮ハツネはそばに置いてあったバッグを手に取ると、白石カスミの悲鳴と周囲の好奇の視線の中、振り返りもせずに店を後にした。


以前、彼女は東雲琢磨のために白石カスミにことごとく我慢してきた。


今では東雲琢磨すら我慢に値しない。ましてや白石カスミを甘やかす道理などあるはずがない。


篠宮ハツネはついに悟った。二度と虐げられないためには、自らが強くなるしかないのだと。


彼女は以前も護身術を習ったことがあったが、期間は短く基礎は脆弱だった。変わろうと決意した彼女はその夜、テコンドーのトレーニングコースに申し込んだ。


一コマ500円。安くはない。だがマンツーマン指導の2時間ならそれなりの価値はある。


一気に100コマ分、5万円を支払い、午後には早速最初のレッスンを受けた。


帰宅し、エレベーターから出た彼女の目に飛び込んだのは、車椅子の九条アマヒロだった。


彼は彼女の向かいの部屋の住人。なぜまだ中に入っていないのかはわからない。


「九条先輩、どうしてまだ外に?」


「さっきパスワードを何度も間違えてロックされてしまいまして…今、管理組合を待っているところです」


「ああ、そういうことでしたら。お邪魔しません。何か必要なことがあれば、声をかけてください」


「ええ」


篠宮ハツネが自室に入ると、九条アマヒロは何事もなかったかのように軽くドアを押して中へと入っていった――まるで最初からロックなどされていなかったかのように。

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