篠宮初音はシャワーを浴び、簡単な夕食の準備を始めた。
七時から配信があるので、トマトと卵の炒めものと、わかめと卵のスープだけ用意した。腹八分目のルールに従い、ご飯は茶碗に軽く一杯だけ食べた。
食後は部屋の中を何周か歩いて消化を助け、七時ちょうどに配信を開始した。【あああ!スイートさんのスタイル、最高すぎる!】【お姉ちゃんみたいになるにはどうしたらいいんですか!?】【みんな、ギフト投げよう!推しを守ろう!】篠宮初音の配信ルームのファンは男性が多く、ギフトを投げるのもほとんどが男性ファンだった。
配信開始から一分も経たないうちに、「スイートハートガーディアン」というユーザーがゴールドスター(1個6万円相当)を100個も投げ、すぐにギフトランキングの頂点に立った。すぐに、「S.T.」という名の新規ファンが、101個のゴールドスター(606万円相当)を投げ、「スイートハートガーディアン」を抜いて首位に躍り出た。その後、「シエルガーディアン」と「S.T.」は張り合うかのように、ゴールドスターのギフトを投げ続けた!配信ルームは一瞬にして、眩いエフェクトの洪水に包まれた!ネットユーザーたちは呆然とした。お金持ちの世界は理解を超えている。【まじかよ!これは強者VS強者か!?】【賭けよう!今夜の頂点はどっちだ?シエルガーディアンか、S.T.か?】【スイートハートガーディアンに賭ける!あの人の豪腕は周知の事実だ。今日の記録を破りそうだ!】【俺はS.Tを推し!】【話がそれてる!大事なのは、スイートハートさんが今夜、大金持ちになるってことだろ!】【羨ましすぎ!】【俺も!】【俺もだよ!】そしてさらに衝撃的なことが起こった——配信ルームに初めて入ってきた「スイート大好き」という新規アカウントも、狂ったようにゴールドスターを投げ始めたのだ!
これにはネットユーザーたちも呆れ返り、篠宮初音自身も完全に混乱した。
一体全体、何が起こっているんだろう?「S.T.」というIDを見た時、彼女はすぐに東雲たくまを連想した。
S.T.は彼なのか?
彼女の推測通り、「S.T.」はまさしく東雲たくまだった。
彼は偶然、篠宮初音の配信ルームに飛び入り、百万のフォロワーを持つフィットネス配信者「スイートハートさん」が、まさか自分の元妻だと気づき、衝撃を受けた。
フォロワー数から見て、彼女が配信者を始めたのはつい最近のことではない。
一体いつから始めたんだ?なぜ自分は何も知らなかったんだ?
彼女は他に、自分に隠していることがどれだけあるんだ?!怒りが一瞬で東雲たくまを襲った。
その時、彼は「スイートハートガーディアン」という人が巨額のギフトを投げ続けているのを見た。
「スイートハートガーディアン」?その名前に彼の怒りはさらに燃え上がった——俺の女に、他人が手を出すなんて許せるか?
東雲たくまはすぐにギフトを投げ始め、「スイートハートガーディアン」と競うことを誓った。
すぐに、「スイート大好き」もこの「頂点争い」に加わった。
三人の「強者」がギフトランキング上で激しく競い合い、配信ルームは完全にゴールドスターの海と化した。
篠宮初音はやむを得ず、配信を早めに終了した。最終的なランキングは、「シエルガーディアン」が一位、「H.T.」が二位、「スイート大好き」が三位だった。
頂点を奪えなかった東雲たくまは、再びスマホを叩き壊しそうになるほど激怒した。
彼はすぐに秘書に電話した。
「スイートハートガーディアン』と『スイート大好き』が誰か、調べろ!」
潜在的なライバルがこんなにいるとは…一人残らず引きずり出さねばならん!東雲たくまが調査を命じる一方で、九条天闊も「スイート大好き」の正体を調べていた。
「S.T.」は明らかに東雲たくまだが、「スイート大好き」は誰だ?
こいつは配信ルーム初参加か、さもなければこれまでこんな豪遊は一度もなかったはずだ。
そうでなければ、自分が気づいていたのだろうに。
彼の初音がこんなにも輝いているなんて…どうすれば、彼女に愛してもらえるんだろう?
九条天闊は部屋の影に身を潜め、奥深い瞳に確固たる決意の光を宿していた。東雲たくまの心の中には怒りが渦巻いていた。
篠宮初音に問い詰めなければならない。
自分に隠していることが、一体どれほどあるのか!
体調がまだ万全でないのも顧みず、彼は直接車を走らせ、ナイトフォールへ向かった。
今回は衝動的に詰め寄ることはせず、ステージからそう遠くない席に腰を下ろした。篠宮初音はすぐに東雲たくまの存在に気づき、胸騒ぎがした。
前回のように狂ったようにステージに駆け上がらなければいいが…幸い彼はそうしなかったが、篠宮初音は彼が怒っていること、それも激怒していることを感じ取った。
「次は、私のオリジナルソング——『雨の夜』をお届けします」
篠宮初音はマイクに向かって穏やかに言った。『雨の夜』のメロディは穏やかで、彼女の透き通るような歌声が相まって、聴く者たちを一瞬で落ち着かせてどこか哀愁を帯びた雨の夜の世界へと誘い込んだ。
東雲たくまの心は強く揺さぶられた。
初音への態度が変化して以来、彼は篠宮初音の知られざる輝きを次々と発見していた。
彼女は元々こんなにも優れていたのに、過去の自分は傲慢にもそれを無視していたのだ。
そして今…
彼はバーにいる他の男たちと同じように、ステージ上の初音に夢中で熱狂的な視線を向け、誰よりも熱い眼差しで彼女を追っていた。客席にいた松本玲子は、もともと篠宮初音の歌声、ルックス、そしてダンススキル、特に様々なスタイルをこなせる確かなダンスの能力を高く評価していた。
そして今、彼女が作曲までこなすことを知り、これこそが稀に見るオールラウンドな才能の持ち主だと確信した。
こんな宝石を自分が見つけたのだ。
簡単に手放せるわけがない。
松本玲子は、あとでもう一度篠宮初音と話すことを決めた。篠宮初音がもう一曲オリジナルソングを歌い終えると、客席からアンコールの声が止まなかった。
彼女がステージを降りるのを見て、松本玲子はすぐに近づいた。
「スイートハートさん、本当に次々と驚かせてくれますね!まだ私の知らないサプライズがどれほどあるんですか?」
篠宮初音は口元をほんのりと上げた。
「松本さんが興味をお持ちなら、もっと私のことを関心してください。きっとあちこちに驚きがあるはずです」
「では、きっとこれからも関心し続けますよ!スイートさんがこんなにも素晴らしいのに、もっと多くの人にあなたの輝きを見せたいと思いませんか?」松本玲子は巧みに誘いをかけた。
「いえ、全然思いません。私の良さは、自分だけ知っていればそれで十分ですから」篠宮初音は再び、ためらいなくきっぱりと断った。
松本玲子は全くめげず、むしろ興味を増し、必ず手に入れるという意気込みを見せた。
「繰り返しになりますが、スイートさんが気が変わったらいつでも電話をください。私の名刺は、おそらくまだ無事にあなたのカバンの中にいるでしょう。ゴミ箱に捨てられてはいないでしょうね?」
「さすがにそこまではしていません。でも、おそらく使わないでしょう」篠宮初音の口調は起伏なくしていた。東雲たくまは篠宮初音のそばに人がいるのを見て、すぐには近づかなかった。
もし相手が男なら、すぐにでも駆け寄って所有権を主張するところだったが、相手は女だったので、今はぐっとこらえた。
松本玲子が去ってから、東雲たくまは篠宮初音に歩み寄った。
篠宮初音はバーでお騒がしたくなかったので、彼が口を開く前に先手を打った。
「話す場所を変えましょう」
「ああ、俺の車で話そう」東雲たくまは思わず彼女の頬に触れようと手を伸ばした。
篠宮初音はそっぽを向き、冷たい背中を向けた。
「近くに公園があります。あそこで話しましょう」