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第19話

夜10時を過ぎた公園は、人の気配もなく広々としていた。


辺りは水を打ったように静まりかえり、重い足音だけが不気味に響いている。


篠宮初音が先を歩き、東雲たくまが数歩後ろを追う。


二人の間はほんのわずかな距離でありながら、まるで決して交わることのない平行線のようだった。

篠宮初音は分かっていた。


東雲が来たのは、おそらく白石香澄のためだろうと。


三年前と同様、白石が少しでも「傷つけられれば」、理不尽でも東雲は必ず彼女を問い詰めに来る。


最悪の時は、東雲が白石への土下座を強要した。


彼女が拒むと、東雲から二発の平手打ちを浴びた。


あれが東雲が初めて、そして最後で、彼女に手を上げた瞬間だった。


今思い出しても目の前が真っ暗になるほどの、あの時は焼け付くように痛かった。


東雲が口を開こうとしないことに、篠宮初音の苛立ちは募るばかり。


今や同じ空気を吸うことすら耐え難かった。


彼女は突然足を止め、振り返った。


月光に照らされた冷たい表情には、頑なさ、高慢さ、侮蔑が刻まれていた。


「東雲様、私が白石香澄に熱いコーヒーをぶちまけたんですよ。どうです? あの時みたいに、また私に手をあげるの?」


白石が先に挑発したことなどは言わなかった。


第一、東雲は信じない。何より白石が「被害者」である限り、言っても無意味だった——東雲の論理では、悪いのは常に初音の方なのだから。


第二、昔は東雲を悲しませるのが辛くて耐えた。だが今、もし彼が再び手を上げようものなら、ためらいなく倍返しにしてやる!


東雲たくまの動揺は、篠宮が自ら過ちを認めたことから来るものではなかった。


あの忘れたい記憶が呼び覚まされたのだ。


あの時、白石香澄は階段から転げ落ちて重傷を負った。


現場にいたのは篠宮初音だけだった。


白石は泣きじゃくりながら「初音ちゃんのせいじゃない、私が不注意だったの」と言ったが、東雲は篠宮が突き落としたと勝手に決めつけた。


土下座での謝罪を命じ、拒否されると理性の糸が切れ、二発の平手打ちを叩き込んだ。


その後、篠宮初音は二ヶ月間も彼に目向きもしなかった。


それが東雲たくまの人生で初めて味わった「慌てる」という感情だった——当時はその理由が分からなかったが、今思えば、既に彼女を気にかけていたのだ。


ただ自覚していなかっただけ。


「すまなかった……あの時は頭に来て、手を出してしまった」東雲の声は詰まっていた。


実は叩いた直後に後悔していた。


だがプライド高くて、弱さを見せることを許さず、篠宮初音は懲らしめるべきだと信じていた。


初音に何万回の謝りをしても足りないのだ。


だが彼女はとっくに必要としていない。


「結構よ。白石さんの件で因縁をつけに来たわけじゃないなら、他に話すことなんて何もない」篠宮初音はそう言い残して立ち去ろうとした。


すれ違いざま、東雲たくまは咄嗟に彼女の手首を掴んだ。


声にはかすかなためらいが混じっていた。「香澄が……お前に何を言った?」


篠宮初音は手を振りほどくと、東雲の複雑な眼差しをまっすぐに見据えた。


「あなた達が結ばれたって。それに彼女、あなたの子を妊娠したんだって。おめでとう、東雲様」


「違う! でたらめだ!」東雲は瞬間的に激怒し、続いて深い動揺に襲われた。


「俺は白石香澄と一度もそんな関係になったことなどない! ましてや子供ができるわけがない! 初音、俺を信じてくれ!」


白石の嘘への怒り。そして普段の「純粋で優しい」仮面が剥がれたことへの怒り。だが篠宮初音が全く気にかけていない様子を見ると、その怒りは言い知れぬ焦燥へと変貌した。


篠宮が再び去ろうとすると、東雲は手を伸ばした。


しかし篠宮初音は一瞬で彼の腕を掴み返し、巧みな体勢で拘束した。


「東雲様、落ち着いてください。でないと、うっかり腕を一本お預かりすることになりかねませんから」


もともと体調不良で出てきた東雲は、心身共に疲弊し、苦しげな声を漏らした。


「初音……お前は本当にもう、俺のことを何とも思わないのか? 痛い……本当に痛むんだ……」


「東雲様」篠宮初音の声は冷たい氷のようだった。


「あの時、あなたに二発も殴られた私も痛かった。でもあなたは気にも留めなかった。無理やり流産させられ、手術台の上で大量出血して死にかけた私も痛かった。それでもあなたは無関心だった。それなのに、どうしてあなたを諦めた私が、あなたの痛みなんて気にかけると思うの?」


彼女はこれ以上絡むつもりはなかった。


手を離した。だが東雲たくまの狂気は彼女の想像をはるかに超えていた。


「篠宮初音! これまでのことは俺が悪い! 認める! 償うつもりだ! だがお前はどうだ?!」東雲は檻に閉じ込められた獣のように唸った。


「お前にだって隠し事があるだろう! お前は俺に対して、ずっと心を閉ざしていたじゃないか!」


篠宮初音は足を止めたが、振り返ろうとはしない。


「東雲たくま、それどういう意味?」


「『スイートハート』はお前だろう?!」東雲はついに口にした。


篠宮初音の予感は的中した——S.T.が彼だったのだ。


金など一円も受け取るつもりはない。


後で全額返却するのだ。


彼女の沈黙を東雲は認めと弱気の表れと捉え、怒りが一気に爆発した。


「『スイートハートガーディアン』と『スイーツ大好き』があれだけの大金を応援したんだ! お前はとっくに奴らと関係を持っているんだろう?! 離婚にこだわり、復縁を頑なに拒んだのは、既に次の男を見つけていたからだろう?! 篠宮初音、お前は大した女だ! 見損なっていたよ!」


パンッ——!


鋭い平手打ちの音が夜の静寂を切り裂いた。


篠宮初音はうつむいたまま、怒りで震える右手を強く握りしめていた。


「東雲たくま、二度と私の前に現れないで。あなたの顔を見るだけで…吐き気がする!」


この一撃は全身の力を込めていた。


東雲の頬は瞬時に腫れ上がり、焼けつくように痛んだ。


だが彼はそんな痛みなど顧みなかった。


篠宮初音が本気で怒ったのだ。


彼女は吐き気がすると言った。


東雲たくまは完全に動揺した。


先ほどの傷つける言葉は本心ではない。


篠宮がそんな女ではないことは分かっている。


ただ怒りと恐怖が彼をそう言わせたのだ。


「初音、俺は……」思わず彼女に触れようとした。


今度は篠宮初音が躊躇なく彼を地面に叩きつけた! 見下ろす彼女の声は冷徹そのもので、決然とした憎悪に満ちていた。


「東雲たくま、たとえあなたに何度も傷つけられても、愛したことを一度だって後悔したことはなかった。でも今、後悔している。東雲たくま、あの時あなたを愛したことを心から後悔しているわ!」

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