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第21話

「たくま、私、私…」


白石香澄は完全に呆然とし、どう対応すればいいのか分からなかった。


東雲がこんなに怒鳴るなんて、しかも今のあの目つきは、まるで自分を食いちぎりそうなほど凶暴だった。


「四年前、階段から落ちたのは、お前がわざとやったんだろう!?」


東雲は、香澄の顔に一瞬にして広がった驚きと恐怖を捉え、自分の推測が正しかったことを確信した。


おそらく、数えきれないほど多くの汚いことは、全て香澄が仕組んだものだ。


そして自分は、この女の言うがままに、篠宮初音を何度も傷つけてきた。


東雲は苦しそうに目を閉じ、再び開いた時には、その瞳は恐ろしいほどの赤に染まっていた。


「白石香澄、この卑怯者め!」


手のひらを大きく振りかぶり、香澄の頬に強烈なビンタを喰らわせた。


香澄はその衝撃で床に叩きつけられ、みっともない姿になった。


腫れ上がった片頬を押さえ、耳の中で蜂が飛ぶような音が鳴り響く。


ここまで来れば、もう遠慮することもない。


「東雲たくま!私が卑怯者なら、あんたは何なのよ!?」香澄は必死に這い上がり、恨めしさに満ちた目で東雲を睨みつけた。


「あんたなんて、女に手を上げる最低野郎じゃない!篠宮初音にビンタしたこと、忘れたの!?あの時、あんたが私のために彼女を殴るのを見て、本当にスッキリだったわ!」


東雲は猛然と香澄の首を掴んだ。


「なにっ!?」


「東雲たくま!教えてやるわ、昔から篠宮初音がお前に惚れてるって知ってたから、私はわざとピュアなフリをして近づいたの!案の定、あんたは簡単に引っかかったじゃない!私が卑怯って?あんたはどうなのよ!?篠宮初音は身も心も捧げて愛してたのに、結局は?彼女の末路はあんたの方がよく知ってるはず!本当に気持ちよかったわ!はははっ…」


「黙れ!このやろう!殺してやる!ぶっ殺す!」東雲の理性は完全に断ち切れ、腕に力を込め、香澄の体を床から少しずつ持ち上げた。


香澄の呼吸は次第に苦しくなり、東雲が本当に殺そうとしていることに恐怖を覚えた!


東雲は、もともと狂人だったんだ!


ここまで狂う奴だって分かってたら、あんなに刺激しなかったのに!


「たくま!落ち着け!放して!早く放してよ…!」香澄は必死でもがいた。


しかし、東雲の手は鉄の枷のようで、微動だにしない。


香澄がもう死ぬと思い詰めたその時、東雲は突然手を離した。


香澄は床にへたり込み、首を押さえながら激しく咳き込んだ。


肺が引き裂かれるような咳だった。


「白石香澄、殺すのは甘すぎる。生き地獄を味わわせてやる。」


東雲は、かつての自分がどれほど最低な男だったかを、改めて痛感した。


篠宮初音に会いたい。


詫びたい。


やり直すチャンスを乞いたい。


しかし彼は分かっていた。


篠宮初音はもう二度と自分に会いたくないし、愛することもない。


彼女は自分を、吐き気がするほど嫌っているのだと。


自分自身でさえ、吐き気がするほど自分のことが嫌だ。


東雲たくま、お前は根っからの最低野郎だ。


最低の最低だ!


東雲は自分の頬を思い切り二度、ビンタした。


しかし心の中の決意はより強くなった——どうあっても、篠宮初音を取り戻す。


必ず。


東雲宗一郎の誕生日が近づいたが、篠宮初音はまだ何を贈るか決めかねていた。


おじい様が骨董品のコレクションを興味でしていることを思い出し、彼女は直接骨董街へ向かった。


素人なので、骨董品の真偽を見分けるのは難しいが、運に負けせてみることにした。


骨董街を一通り見て回り、彼女の目が一方の硯に留まった。


店主は熱心に説明した。


これは前漢時代の陶磁器の硯で、古い時代のもので、非常に価値が高いという。


店主は千二百万円という値段を提示した。


篠宮さんは詳しくないながらも、この値段は明らかに法外に高いと思った。


店主が客が骨董品のことをよく知らないのを見抜き、ぼったくろうとしているのだ。


「店主さん、流石に高すぎますよ。本気で買いたいので、まともな値段を教えてください」


店主はしばらく考え込むふりをして、9の指折りをした。


「お客様のご熱意にお応えして、最低でも九百万円です」


「私が払えるのは最高でも六百万円です」篠宮さんは即座に半額まで値切った。


店主はすぐに手を振った。


「それは絶対に無理です!」


篠宮さんがさらにしつこく粘ると、店主はようやく、嫌々ながら六百万円での取引に同意した。


硯は丁寧に包まれ、篠宮さんがカードを出そうとしたその時、低い声が響いた。


続いて、車椅子に乗った九条天闊が彼女の視界に入ってきた。


「篠宮さん、その硯は贋物ですよ。本物だとしても、市場価格は五百万円を超えません」


店主の顔が一瞬で青ざめた。篠宮さんはその反応を見て、九条先輩の言葉が本当だと悟った。


「店主さん、この硯は結構です」篠宮さんは即座に諦め、九条先輩の方へ向き直った。


目には感謝の気持ちが溢れていた。


「先輩、ご注意ありがとうございます。どうしてここに?」


もちろん、君がここにいるからだと九条はもちろん口には出さなかった。


「少し骨董に興味があって、ふらっと見に来ただけだ」


「そうなんですね」篠宮さんは深く考えなかった。


九条先輩がわざわざ自分のために来ているとは、到底思いつかなかった。


「篠宮さんが本当にあの硯をお好きなら、私のコレクションに本物が一つありますが、差し上げましょうか」


本物を持っていると聞き、篠宮さんは心の中で喜んだが、もちろん無償で受け取るわけにはいかない。


「先輩のお気持ちはありがたいですが、そんな高価なものをただでいただくわけにはいきません。もしご好意でお譲りいただけるなら、相場でいただいてください」


九条は拒否しなかった。


この答えは予想の範囲内だった。


「分かりました。では篠宮さん、今、私の家へ実物を見に行くのはいかがでしょうかですか?」


「はい、ぜひ。」何せ向かいの家だもの。


玄関で、九条は篠宮さんに真新しい女性用のスリッパを差し出した。


篠宮さんが履いてみると、意外にもぴったりだった。


九条の家の内装は、篠宮さんの想像以上にシンプルで広々としていた。


おそらく足が不自由であることと関係があるのだろう。


室内は埃一つなく、異常なほど清潔だった。


九条は潔癖症で、毎日掃除が入っていたが、寝室だけは決して他人に任せず、いつも自分で片付けていた。


「篠宮さん、何か飲み物でも?」


「ありがとう、結構です。先輩、まずはその硯を見せていただけますか?」


九条はほのかに微笑んだ。


「もちろん。ついてきてください」


彼は車椅子を押し、北向きの和室へ向かった。


ここは彼のコレクションルームで、普段は鍵がかかっている。


ドアが開き、篠宮さんが彼に続いて室内へ入った。


部屋いっぱいに並ぶコレクションの骨董品を目にした彼女の瞳が、瞬間的に輝いた。


「先輩、これらは…」


驚きと喜びのあまり、彼女は一歩後ずさったが、九条がすぐ後ろにいることなど全く意識していなかったようで、体勢を崩し、そのまま九条の胸の中へと倒れ込んでしまった…

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