東雲たくまは、「スイート大好き」が東雲明海であることを突き止めていた。
しかし、「スイートハートガーディアン」の正体は依然として謎だった。
このアカウントは篠宮初音の配信開始当初からずっと応援ランキングの一位を占めており、正体不明の敵はより一層恐れられる。
このところ彼が初音に会いに行かなかったのは、ある大事な計画を進めていたからだ。
東雲宗一郎様の誕生日が間近に迫っており、その日は名門の人々が集まる。
彼は、その場にいる全員の前で初音に愛を告白し、プロポーズするつもりだった。
指輪はすでにオーダーメイド中で、近日中に空輸されてくるはずだ。
祖父の誕生日の宴には、初音も必ず出席すると確信していた。
彼は心から過ちを悔い改め、誠意を持って尽くせば、きっと彼女の心を再び掴めると固く信じていた。
東雲家本邸に、たくまの母親がスーツケースを引きずりながら入ってきた。
執事がすぐに駆け寄り、それを受け取る。
「お帰りなさいませ、奥様。」
たくまの父親は若い頃に亡くなっており、母親は再婚はしていないものの、自分より二十歳も年下の愛人を持っている。
ここ数ヶ月、彼女はその男と世界旅行を楽しんでおり、誕生日の宴がなければ戻ってはこなかっただろう。
「篠宮初音はどこ?肩がこる話。揉んで 。」
たくまの母親は初音をこき使ってマッサージをさせることに慣れており、相手は一度も文句を言ったことがなかった。
執事は困ったような表情を浮かべた。
「奥様…若様と初音様は、すでに離婚されております。」
ここ数ヶ月の出来事を何も知らない東雲の母親は、それを聞いて愕然とした。
「何ですって? どういうこと?」
その時、感情をうかがい知れないたくまの声が響いた。
「お帰り。」
彼は自分の母親が愛人を持っていることを知っていたが、度が過ぎなければ見て見ぬふりをしていた。
たくまの母親は息子が家にいることに、離婚の知らせ以上に驚いた。
「たくま? こんな時間に何してるの? 会社に出ているはずじゃないの?」
たくまは螺旋階段を降りてくると、ソファにだらりと深く沈み込み、足を組んだ。そして執事と使用人たちを手で退かせた。
たくまの母親はたくまのそばに座り、詰め寄るように尋ねた。
「早く言いなさい、一体どうしたの?」
「祖父に『静養しなさい』を命じられて、家にいるんだ。明海が俺の職務を代行している。」
拓海の口調は淡々としており、まるで他人事のようだった。
たくまの母親は顔色を変えた。
「まさか…! 私の留守中に何があったの?」
さっき執事が言ったことを思い出し、彼女は悟った。
「まさか、篠宮初音との離婚が原因? あの子を気に入っていたおじい様が、怒られたのね!」
「違う。」
たくまは彼女の話が終わる前に口を挟み、その声には苦しみと後悔がにじんでいた。
「離婚を申し出たのは…初音の方だ…」
心の奥底では、彼は本当に離婚するとは思っていなかった。
たくまの母親は信じられなかった。
篠宮初音は命がけるほどに息子を愛していたのに、自ら離婚を申し出るなんてありえない。
彼女は疑わしげに息子を見た。
たくまの口元に、苦い笑みが浮かんだ。
「母さん…本当なんだ。彼女は俺を捨てたんだよ。」
息子の表情を見て、母親もそれが真実だと理解した。
事情を問い詰める母親に、たくまは篠宮初音に中絶を強要し、大量出血で妊娠能力を失わせてしまったことを話した。
自らの口でそれを語るたびに、彼はますます自分のことを憎み、同時に初音を取り戻す決意を固くした。
七年にわたる付き合いと三年の結婚生活で愛想がつき、子供を失ったことが彼女を押し潰した最後の一撃となったのだ。
たくまの母親もまた衝撃を受けた。
彼女は篠宮初音のことが好きではなかったが、息子のしたことはやりすぎだとも思った。
とはいえ、結局は息子の味方だ。
「…離れて良かったじゃない。あなたもずっと彼女のことが好きじゃなかったし、私だってその子はあなたには釣り合わないと思ってたもの…」
「母さん、やめてくれ!」
たくまは苛立って再び遮った。
「俺は彼女を取り戻すつもりだ。」
たくまの母親は一瞬考え、事情を飲み込んだ。
「取り戻すべきね。老爺様の怒りを鎮めて、職務に復帰しなさい。東雲財閥を継いだら、その時また離婚すればいい。子供を産めない女が、東雲家の女主人を務める資格なんてないんだから。」
「何を言ってるんだ!」
たくまは猛然と立ち上がり、母親を睨みつけた。
「二度と離婚なんてしない! 子供はいなくてもいい! でも東雲家の女主人は、初音しかありえない!」
たくまの母親はまさかと耳を疑った。
篠宮初音のためにたくまが自分にに怒りを向けたのはこれが初めてだった。
これまで息子のたくまの態度ゆえに、たくまの母親は初音を好き勝手に扱ってきた。
その息子が今、初音のために自分に逆らうとは、たくまの母親は自らの権威が冒されたと感じ、やはり立ち上がった。
「たくま! 篠宮初音のためにお前、そんな口の利き方を私にするのか? お前、正気の沙汰じゃない!」