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第25話

「おじいさま、私の心は閉じていませんから、ご心配なさらないでください」と篠宮初音は言った。


おじい様を心配させまいと、近づいて話しかけてくる来客を拒むことはしなかった。


その様子を見て、宗一郎は少し安心し、これ以上口出しせず、長い付き合いの友達と昔話することにした。


しかし、篠宮初音は人を拒んではいなかったものの、元々のクールで無口な性格には変わらなかった。


クールビューティは確かに美しいが、その距離感に圧倒され、来客たちは次々に遠ざけていき、彼女の周りはすぐに誰もいなくなった。


東雲明海は最初から篠宮初音に注目し、話しかける機会を窺っていた。


宗一郎の意図は理解できたが、なぜ自分がその“リスト”に入っていないのか、モヤモヤとした。


祖父に自分の初音への想いを伝える機会を作らねば、と思いながら、篠宮初音の周りに誰もいなくなったのを見て、近づこうとした。

そのところへ、九条天闊が車椅子で初音のそばに先にたどり着いた。


東雲明海は眉をひそめ、急に不安が湧き上がるのを感じた。


篠宮初音は出かけた時急いでいたため、あまり食事をとっていなかった。


今、彼女はデザートコーナーに移動し、いくつかのデザートを取り、梅酒と一緒に味わっていた。


甘酸っぱく飲みやすい梅酒を、つい何杯も飲んでしまった。


「篠宮さん、本当に人気がありますね」と、九条天闊の声がすぐそばで響いた。


篠宮初音は少し驚き、その言葉にほんのりとした、かすかな… やきもちを感じ取ったような気がした。


しかし、ありえないことだ。


彼女はすぐにその馬鹿げた「自意識過剰」な考えを頭から振り払った。


「天闊先輩、それって褒めてるんですか? それとも皮肉?」と、珍しく彼女も冗談めかして返した。


今日の篠宮初音は念入りなメイクで、元々美しい顔がさらに輝いていた。


普段の氷のような表情が少し優しくなり、微笑みを見せた。


その微笑みに、九条天闊ははっきりと胸の鼓動を感じた。


彼は慌てて目線を下に向き、瞳の奥に渦巻く複雑な想いを隠した。


「もちろん、篠宮さんを褒めていますよ」


篠宮初音は彼の小さな仕草には気づかなかったが、周囲から注がれる無数の視線は感じていた。


彼女は気にしない。


「では、九条先輩のお褒めの言葉、ありがとうございます」


東雲明海の不安はますます強くなっていた。


さっきまで篠宮初音を取り囲んでいた連中など、明海は対手にしなかった。


しかし、九条天闊は違う。


篠宮初音が彼と話す時、あの優しくでリラックスした顔を見せ、しかも薄ら笑みさえ浮かべているのだ。


その薄ら笑みは、東雲宗一郎も気づいていた。


友達と話しながらも、宗一郎の目は常に初音の方に向けていた。


二人が楽しそうに話している様子を見て、ほっとしたが、ただあの足が…


しかし、現代医学は発達しているから、治らないとは限らないと思った。


東雲明海はもう少し我慢しようと思っていたが、今は押さえきれなかった。


彼はグラスを手に二人の元へ歩み寄った。


東雲宗一郎が孫が近づくのを見て、眉をひそめた。


この子は本当に空気が読めない。


邪魔者になるなんてありえないだろう。


「初音、九条社長」と東雲明海は声をかけ、視線を九条天闊に向けた。


彼の目は笑っていたが、九条天闊は鋭くその笑みに宿っている敵意を読み取った。


それは恋敵を見る目だ。


たった一瞥で、九条天闊は東雲明海の思惑と、『スイート大好き』の正体を確信した。


これは手強い相手だ。


「初音、君と九条社長は以前から知り合いだったのかい?」と明海が尋ねた。


二人の間に流れる暗い空気を、篠宮初音はまったく気づかずにいた。


「ええ、九条先輩は私と同校で、2つ上でした。」


「なるほど」と東雲明海は言った。


彼女が「先輩」と呼んでいることから、二人の間にまだ距離があるのは明らかだった。


篠宮初音が今のところ九条天闊にそれ以上の想いを抱いていないとわかって、東雲明海は少し安心した。


「初音、デザート美味しいよ。もっと食べなよ」と、明海は彼女がずっとデザートを取っていることに気づいていた。


「ありがとう、明海」と彼は言った。


わざと九条天闊の前で彼女の名前を呼び、親しさと特別さをアピールする。


見ているか、お前はまだ『先輩』だ。俺はもう『明海』だ。


篠宮初音はただ微妙な空気を感じただけで、深く考える間もなく、突然めまいを覚えた。


あの二杯の梅酒が、ようやく効いてきたのだ。


普段酒を飲まない彼女は、非常に酔いやすい体質だった。


九条天闊と東雲明海が同時に気づいた。


「篠宮さん、どうしたのですか?」


「初音、気分が悪いのか?」


「大丈夫、梅酒を少し飲みすぎて、ちょっとふらふらするだけ」


「お手洗いに行ってきます」と篠宮初音は離れようとした。


ちょうどその時、東雲たくまが現れた。


彼が遅れてやってきたのは、プロポーズの指輪が届くのを待っていたからだ。


祖父の誕生パーティーで、皆の前で篠宮初音にプロポーズする。


それが彼の計画だった。


会場に入るなり、彼はすぐに篠宮初音を見つけ出した。


当然、彼女のそばにいる東雲明海と九条天闊の姿も目に入った。


強い危機感が彼を襲った。


集まった人々が驚きの目線を浴びながら、彼はためらわずに篠宮初音の前に進み出ると、片膝をついた。


「初音、今まで俺が悪かった。お前を大切にしなかった。分かってるよ、本当に分かってるんだ。初音、もう一度チャンスをくれないか?誓うよ、今度こそ絶対に大切にする。初音、愛してる。俺と結婚してくれ、お願いだ」


お客たちの表情は様々だった。


噂では、篠宮初音が東雲たくまに夢中だったが、彼に嫌われて捨てられたという。


しかし、今のこの状況は、明らかに東雲たくまが捨てられた側だ。


これは、これは… 復縁できるか?


東雲明海は拳を握りしめたが、何もできなかった。


同じく動けなかったのは九条天闊で、彼の紅く染まった目は毒蛇のように光り、もし目で人を殺せるなら、東雲たくまはとっくに死んだだろう。


篠宮初音にとって、目の前の東雲たくまはまるで世界で最もおかしなピエロに見えた。


その「愛してる」の一言もこれ以上ないほどの笑い話に思えたのだ。


東雲たくまが取り出したダイヤモンドの指輪(約5カラット)が、灯りできらめいた。


ダイヤモンドは永遠の愛の証だと誰もが疑うことなく、信じている。


だが、初音はもうそれを信じていなかった。


篠宮初音が指輪を取り上げて見て、東雲たくまの顔に狂喜の色が浮かび、東雲明海と九条天闊の表情は一気に険しくなった。


「割れた鏡は元には戻らない。東雲たくま、私たちに未来はないの。」


篠宮初音はそう言うと、彼女の指がふと開いた。


指輪が床に落ちた。

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