南都で有名なカップル向けレストラン「ル・クレール」が貸し切りとなっていた。
片隅の席に、東雲明海が腰かけている。
シルエットの美しいスーツをまとい、胸元のサファイアのブローチが暖かい灯りにきらめき、その端正な顔立ちを一層際立たせていた。
祖父の前で思いを伝えた後、祖父は是とも非とも言わず、ただ篠宮初音が受け入れるなら反対はしないと言うだけだった。
九条天闊がなんと篠宮初音の向かいの部屋に住んでいることを知り、東雲明海はもはや待っていられなかった。
もう待たない、今夜こそ篠宮初音に告白しようと決意したのである。
何度も腕時計を確認する。
まもなく約束の七時になる。
篠宮初音は「ル・クレール」がどんな店か知らなかった。
東雲たくまに連れて来られたことは一度もなく、外で食事することさえほとんどなかったのだ。
到着するとすぐに異様な雰囲気を感じ取った。
若いウェイトレスが近づいてくる。
「篠宮初音様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「篠宮様、こちらへどうぞ。東雲様がお待ちです。お二人様に末永くお幸せに」
篠宮初音は鈍い人ではない。
内心、ぼんやりと察していた。
客のいない店内、花、キャンドル、ワイン…それが彼女の予感を裏付けた。
東雲たくまが狂ったように東雲明海を警戒するよう警告し、何か下心があると言っていたことを思い出した。
なるほど、東雲明海は本当に自分のことが好きだったのだ。
いつから?昔の彼女は、心にも目にも東雲たくましかいなくて、他の誰にも気を留めなかった。
篠宮初音の姿を見て、東雲明海は興奮と緊張が入り混じり、立ち上がって椅子を引いた。
ちょうどその時、優雅なヴァイオリンのメロディーが流れ始めた。
予約注文しておいたカップルコースが、ウェイトレスによって運ばれてくる。
「初音ちゃん、さあ、ここの料理はとても美味しいんだよ」期待を込めて彼は言った。
篠宮初音は食器に手を付けず、静かな眼差しで東雲明海を見つめる。
すぐに断るべきか、それとも告白をされてから言うべきか、迷っていた。
東雲明海は彼女のためらいを感じ取った。
意図がこれほど見え見えだから、気づかれないはずはない。
一瞬、尻込みした。
告白しなければ、今のもも、友達でいられるかもしれない。
だが、その考えに即座に否定した。
断られて何が悪い?それでも堂々と彼女に好意を示すのだ。
「初音ちゃん、伝えたいことがあるんだ。ずっと前から僕は…」
「私はもう誰も愛せないし、恋愛も結婚もしません」
篠宮初音が告白される前に先に言い出した。
これが彼女の配慮だった。
口に出さなければ、何事もなかったように振る舞えただろう。
ただ、これからは距離を置いて行けばいいんだ。
東雲明海は、これは完全なる拒絶だと理解した。
だが、ここまで来たのだから、きちんと最後まで伝えなければならない。
「初音ちゃん、僕は君を愛している。初めて会った時から、君のことが好きだった。でもあの頃、君の心には兄のたくましかいなくて、僕なんて全く目に入っていなかったんだ」
自嘲気味に笑い、指を組み合わせた手の関節が白くなるほど強く握った。
「君がたくまと結婚した時、悔しかったけど、この気持ちを抑えるしかなかった。君とたくまが離婚するまではね。もう抑えたくない。初音ちゃん、僕は君を愛している。今すぐ受け入れてくれとは言わない。でも、ちょっと考えみてから答えてくれればありがたい。」
立ち上がり、篠宮初音の前に立ち、片膝をついた。
まるでプロポーズをするかのような姿勢だった。
篠宮初音には、東雲明海と恋する気持ちはなかった。
それでも、その好意には感謝している。
ふと、ある歌の一節を思い出した——愛という名で私を傷つけないで…
「明海くん、その気持ち、ありがとう。でも私の答えは変わらない。もう愛せないし、恋愛も結婚もしない。私のためにそんな大切な気持ちを無駄にしないで」
彼女の拒絶はきっぱりとしたものだった。
結果は予想していたとはいえ、東雲明海の心は締め付けられるように痛んだ。
自分のためというより、篠宮初音のために痛んだ。
東雲たくまに深く傷つけられ、愛する能力さえ奪ってしまったのだ。
「初音ちゃん、そんなこと言わないでくれ。東雲たくまのせいで、そこまでしなくてもいいよ!あんな男のせいで、あなたの人生を台無しにするなんて、もったいない!」
篠宮初音は、東雲たくまのせいではないと説明しようとしたが、言葉が出る前に東雲明海にぎゅっと抱きしめられた。
「初音ちゃん、どうしても諦められない!君が僕を愛してくれなくてもいい、僕が君を愛させてくれればそれでいい。初音ちゃん、愛している!」
「東雲明海!篠宮初音を離せ!」
怒声が轟いた。
東雲明海が祖父の前で思いを伝えたと知り、東雲たくまは気が気でなかった。
彼の動向を監視させていた。
東雲明海がカップルレストランで篠宮初音と待ち合わせ、しかも篠宮初音が行ったことを知ると、東雲たくまは完全に我を失った。
飛び込んで来た彼の目に飛び込んだのは、二人が抱き合う光景だった。
怒りが一瞬で理性を飲み込んだ。
駆け寄り、東雲明海の襟首を掴むと、一発殴った!
不意を突かれた東雲明海はそのまま床に倒れた。
東雲たくまが再び拳を振りかざそうとしたら、篠宮初音が猛然と飛び出し、東雲明海の前に立ち塞がった。
「東雲たくま!何をしているの!」
東雲たくまの拳は初音の顔の寸前で止まり、代わりに横のガラス壁めがけて叩きつけられた!
「ガラーン!」ガラスが砕け散り、破片が彼の手に深く突き刺さった。
血が一気にほとばしる。
「篠宮初音!お前が東雲明海と一緒になるなんて許さん!許さないぞ!どうして俺にそんなことができる?俺を愛しているんじゃなかったのか?なら愛し続けろ!愛し続けてくれ!頼む!頼むぞ!」
彼は狂乱した眼差しで、血まみれの傷だらけの手を震わせながら叫び続けた。