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第41話

二日目、篠宮初音は炊きたてのお粥を持って病院へ東雲宗一郎を見舞いに行った。


「おじいちゃん、お見舞いに来たよ」


数日ぶりに会った東雲宗一郎の顔色は前より良く、しっかり食事を取っているようで、篠宮初音は少し安心した。


「篠宮さん、ようやく来てくれました。東雲様はここ数日、ずっとあなたのことを気にしていらっしゃいましたよ」と中村が横から言った。


東雲宗一郎は言葉を発せないが、中村は彼がよく病室のドアを見つめ、誰かを待っているようだと気づいていた。


その「誰か」こそ、篠宮初音だった。


東雲様が倒れてから、見舞客は多かった。


好奇の目で見る者、同情する者。


どれも彼が望むものではない。


家族も媚びを売ってはきたが、そこには本心が欠けており、ほとんどが財産目当てだった。


唯一、心から彼を気遣い、見返りを求めない人物。


それが、彼が心に疚しい思いを抱いている篠宮初音だった。


篠宮初音の姿を見ると、東雲宗一郎の目は明らかに輝き、かすかな声を出した。


篠宮初音が近づき、保温容器を置くと、東雲様が手を伸ばしてきたので、すぐにその老いた手を握った。


「ごめんね、おじいちゃん。北城で何日か遊んでいて、戻るのが遅れちゃった」


東雲宗一郎は手を引っ込め、横にある文字盤を取り、右手で不自由そうに書いた。


「構わんよ、娘。北城は楽しかったか?」


篠宮初音はうなずき、中村に向き直った。


「中村さん、おじいちゃんは朝食はもう?」


「まだです」


「ちょうど良かった。お粥を持ってきたから」


お粥の香りが漂う。


東雲宗一郎はスプーンですくい、とてもゆっくりと食べ始めた。


篠宮初音が東雲様のここ数日の回復状況を尋ねると、中村は順調で、左手に少し力が戻り、ピンポン球を短時間握れるようになったと報告した。


リハビリの道は長いが、進歩があれば良いことだ。


東雲様は食欲もあり、お粥を完食した。


口が大きく開かないため、食べ終えるのに1時間もかかった。


天気が良かったので、篠宮初音は東雲様を外に連れ出し、日光浴をさせてあげたいと思った。


病室にばかりいると気が滅入る。


気分が良ければ回復にも良いはずだ。


「おじいちゃん、外に出て散歩しない? 日向ぼっこしようよ」


東雲宗一郎はもちろん喜び、何度もうなずいた。


中村はそれを見て、すぐに東雲様を病床から車椅子に抱き移した。


「中村さん、私が押します」


「はい、篠宮さん」


篠宮初音が東雲宗一郎を押して病室を出ると、中村が後ろについた。


朝日が柔らかく照らす聖心医科大学付属病院リハビリセンターの運動場では、多くの車椅子の患者が日光浴を楽しんでいた。


運動場の反対側では、天野夫人も息子を押して散歩していた。


九条天闊は帰国後すぐにこのリハビリ病院に連絡を取っていたが、入院するのをずっと遅らせていた。


昨日、篠宮初音が戻ってきたと確認して安心し、今朝ようやく正式に入院したのだ。


南城には良いリハビリ病院がいくつもあるが、彼がここを選んだのは、東雲宗一郎もここに入院していると知っていたからだ。


彼の病室はすぐ隣だった。


「天闊、見て。あれ、初音さんじゃない?」と天野夫人が言った。


九条天闊が視線を向けると、確かに東雲宗一郎を押す篠宮初音の姿があった。


篠宮初音もすぐに彼らに気づいた。


天野夫人が九条天闊を押して近づき、熱心に挨拶した。


天野夫妻は帰国後、東雲宗一郎の件を知り、見舞いの言葉を伝えていた。


九条天闊は篠宮初音と目を合わせられず、その紅潮した唇を見ることもできなかった。


見れば、あの偶然のキスの感触を思い出してしまうからだ。


実際、彼は昨夜、興奮のあまり一睡もできなかった。


一方の篠宮初音はすでに割り切っており、あくまで偶然の出来事と思っていた。


篠宮初音は九条天闊に心の整理がついていないようだと察し、思わず「天闊先輩」と呼びかけた。


九条天闊は慌てた様子で、視線を彼女の唇に釘付けにした......


篠宮初音は突然悟った。


九条天闊はあの偶然のキスを気に病んでいるようだ。


もしかして、あれが先輩の初吻だったのか?


このままぎくしゃくしていても仕方ない。


これからも会う機会があるだろうし、きちんと話した方が良い。


「天野夫人、少しだけ天闊先輩と二人で話してもいいですか?」と篠宮初音が頼むと、


天野夫人は大喜びで「ええ、もちろんです!」と答えた。


九条天闊は少し戸惑いながら、篠宮初音が自分の方へ来て、車椅子を押して歩き出すのを見た。


天野夫人は二人の後ろ姿を見ながら、満面の笑みで天野さんをぽんと叩いた。


「お父さん、いけるわ、いけるわよ!」


東雲宗一郎は半身が動けないけど、頭脳は明晰だった。

九条天闊が篠宮初音に好意を抱いているのは明らかだ。では、篠宮初音の気持ちは?


そして、彼の二人の孫もまた執念深い。


東雲たくま......東雲宗一郎はもう言うまいと思った。


妻を追い詰めた末の修羅場は自業自得だ。


東雲明海については......東雲宗一郎は少し悩んだ。


だがこれは若者の問題だ。


干渉したくないし、今の体調ではそれもできない。


まあ、好きにさせておけばいい。


篠宮初音は九条天闊を押してずいぶん遠くまで来たが、どう切り出せば良いかわからなかった。


いきなり「天闊先輩、昨日のはファーストキスでしたか?」と聞くわけにもいかない。


「話があるんだろ?」九条天闊が先に口を開いた。


篠宮初音は足を止めた。


「天闊先輩、昨日の......偶然のキスのこと、気になってるんですか?」


九条天闊は黙った。


後ろに立つ篠宮初音には彼の表情が見えない。


彼女は彼の前に回り込んだ。


「もしかして、あれが天闊先輩のファーストキスだったから......?」


九条天闊は突然、篠宮初音をまっすぐ見つめた。


その目に込められた全ての狂気と熱情が、彼女の前にさらけ出された。


その視線はあまりにも熱く、篠宮初音は一瞬、自分が灼熱に包まれたように感じた。


天闊先輩は私が好きなのか?


この考えが再び浮かび、頭の中で無限に膨らんでいった......


本能的に、初音は逃げ出したくなった。


初音の反応は九条天闊にとって氷水を浴びせられたようで、全ての熱が一瞬で消えた。


「僕には......深く愛している人がいる。とても、とても大切な人だ......」

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