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第42話

九条天闊は目の中のすべての感情を静かに消し去り、顔には厚い壁のよう硬い表情を浮かべた。


彼は篠宮初音に自分の深い愛を気づかせるわけにはいかない。


もし彼女に気づかれたら、きっと遠ざかってしまい、二度と近づく機会を失うと分かっていた。


先ほどの過ちは、決して繰り返してはならない。


篠宮初音はなぜかほっとした。


天闊先輩には既に好きな人がいるから、あのキスに悩んでいたのだ。


やはり初キスは愛する人に捧げたいものだ。


一時的に気まずい空気が流れたが、彼女は場を和らげようと再び口を開いた。


「天闊先輩、その方……どうして見舞いに来ないんですか?」


「彼女に振られたからだ」


篠宮初音は少し驚いた。


天闊先輩はこんなに優しくて優秀なのに、どうして断る女の子がいるのだろう?


「どうして……?」思わず聞いてしまった。


「俺は廃人だったからだ。廃人を好きになる者などいない」


篠宮初音は彼の瞳に溶けきらない深い憂いを見た。


その女の子の拒絶は、彼に大きな打撃を与えたに違いない。


彼女の表情は真剣になった。


「天闊先輩は廃人なんかじゃありません。手術は成功したし、きっと良くなります。先輩にはもっと良い方がふさわしい。彼女は後悔しますよ」


彼女の澄んだ目に映る純粋な思いに、九条天闊は微笑んだ。


「ああ、きっと良くなるよ」


……


松本玲子が聖心医科大学付属病院リハビリセンターに現れたのは、篠宮初音の予想外だった。


さらに驚いたのは、相手が自分を認識していたことだ。


松本玲子はサングラスを外し、整った顔を露わにした。


「スイートさん、話がある」


「スイート」——それは篠宮初音のことで、松本玲子が数日前に突き止めた名前だった。


彼女が北城にいる間は接触できなかったが、聖心医科大学付属病院リハビリセンターにいることを知り、すぐに訪ねてきたのだ。


篠宮初音がネットに上げた『雨夜』と『晴天』の2曲が話題を呼び、多くの芸能事務所が版権買収や契約を狙っていることを彼女は知っていた。


篠宮初音は音楽の才能に恵まれ、作詞作曲もこなし、ダンスの実力もあり、容姿も抜群。


初音を獲得すれば「招き猫」を手に入れたも同然だ。


松本玲子は長い間篠宮初音を狙い、多くの手間をかけてきた。


誰にも横取りさせない!


二人は病院内のカフェへ向かった。


客が多い中、比較的静かな隅の席を選んだ。


篠宮初音はコーヒースプーンでカップをかき混ぜ、軽やかな音を立てた。


松本玲子がなかなか口を開かないため、彼女が先に切り出した。


「松本さん、以前にもお伝えした通りです。私に時間を割く必要はありません」


「スイートさん、いや篠宮さん。あなたの才能と容姿は際立っています。芸能界に入らないのは惜しい。もう一度考え直してほしい。私は本気ですし、待つ覚悟もあります」


「残念ですが、気は変わりません。用事があるので失礼します。これ以上私に近づかないでください」篠宮初音はバッグを手に立ち上がった。


「コーヒーは私がおごります」ふと思い出したように付け加えた。


繰り返し拒絶されても松本玲子は怒らず、篠宮初音の遠ざかる背中を見ながら意味深な笑みを浮かべた。


難易度が高いほど、彼女はますます燃えるのだ。


必ず篠宮初音を手中に収めてみせる!


……


篠宮初音は以前と変わらず、毎日病院で東雲宗一郎のリハビリに付き添っていた。


何人グループで行うリハビリもあり、東雲宗一郎と一緒にいる以上、九条天闊とも自然と接する機会が多かった。


あの日九条天闊の目に見えた熱い感情を目撃して以来、彼の瞳にはもうそのような色はなく、ただ澄んだまっすぐな眼差しだけが残っていた。


九条天闊は完璧に感情を隠し、彼女に不快感を与えない適度な距離を保ち続けた。


時には彼女も九条天闊のリハビリを手伝い、彼が日に日に回復していく姿を見て心から喜びを感じた。


東雲明海は暇さえあれば「祖父のお見舞い」と称して病院に現れたが、実質的には篠宮初音に会うためだった。


彼は篠宮初音と九条天闊の間に、第三者には入れない独特の空気が流れていることに気づいていた。


しかし東雲たくまのように衝動的にはならず、自分の感情を押し殺し、焦ってはいけないと自戒した。


唯一の救いは、篠宮初音が九条天闊を見る目が純粋で、恋愛感情など微塵も感じられないことだ。


初音のサポートはせいぜい友人としての範囲だろう。


つまり、全員がまだ同じスタートラインに立っている。


美人を落とすのは、それぞれの手腕次第だ!


東雲たくまは最近大きなプロジェクトに忙殺され、篠宮初音に会う暇がなかった。


この機会に一度冷静になろうとも考え、これ以上衝動的に行動すれば彼女を遠ざけるだけだと自分に言い聞かせた。


プロジェクトが無事に始動し、東雲たくまはようやく一息つけた。


そろそろ落ち着いただろうか、篠宮初音に会いに行こうと思い立った。


彼女が毎日祖父の見舞いに来ることを知っていたので、直接聖心医科大学付属病院リハビリセンターに向かった。


道中、彼の胸は不安で揺れていた。


篠宮初音が相変わらず自分を無視し、他人のように冷たく接するのではないかと恐れた。


むしろ、冷たい目や嫌悪の眼差しを向けられる方がまだましだと思えるほどだった。


東雲たくまは心に誓った。篠宮初音に会ったら落ち着いて、以前のような衝動的な行動は絶対にとらない。


それでは彼女を驚かせるだけだ。


篠宮初音と東雲宗一郎は病室にはおらず、リハビリ訓練室にいた。


東雲たくまは再び歩き出した。


リハビリ訓練室では、数人の患者がトレーニングをしていた。


東雲宗一郎は一通り終えて休憩中で、篠宮初音は九条天闊のリハビリをサポートしていた。


九条天闊はもう何もつかまらずに数歩歩けるようになっていた。


篠宮初音は少し離れた場所で約七、八歩ほど先に立った。


九条天闊は彼女のところまで歩いてみようとした。


手すりから手を離し、篠宮初音に向かって一歩踏み出した。


最初の二、三歩は順調だったが、次第に体が揺れ始めた。さらに一歩進んだ瞬間、彼は前のめりに倒れそうになった!


「天闊先輩、危ない!」


篠宮初音はもちろんよけるわけにはいかず、九条天闊の体を受け止めた。


バランスを崩し、二人はそのまま床に倒れ込んだ。


九条天闊は彼女の上に覆いかぶさる形になったが、両手で彼女の頭を守っていた。


篠宮初音の顔は九条天闊の胸に深く埋もれ、男性の香りに少し眩暈を感じた。


その瞬間、リハビリ訓練室のドアが外から開かれた……

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