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第44話

篠宮初音は少し呆然とし、反応する時間もなく、九条天闊が心痛むような声で再び尋ねた。


「手、痛いですか?」と。


彼に指摘されて初めて、彼に握られた手首が赤く腫れていることに気づいた。


彼の手は温かく乾いており、握る力加減はとても優しく、彼女を痛めつけないようにしているようだった。


彼女は軽く手を引っ張って手を離した。


「いいえ...痛くないです。九条先輩、心配しないでください」


むしろ九条天闊の赤く腫れた頬を見て、彼の方がずっと痛いに違いないと思った。


「僕は大丈夫。でも君の手首が腫れてる。薬を塗ってあげる」


九条天闊は再び彼女の手を握り、さきほどた母親がくれた軟膏を、彼女の腫れた手首に慎重に塗り始めた。


天闊の動作は極めて繊細で、まるで彼女が壊れやすい陶器であるかのようだった。


だが、過度な優しさがかえってくすぐったいような感覚を生み、神経を伝って全身に広がり、彼女は思わず体を小さく震わせた。


無意識に手を引っ込めると、軟膏を塗られた手首がひりひりと熱くなっているのを感じた。


手のひらの空虚さは、九条天闊の心までも一瞬にして空虚にした。


彼は空になった拳を強く握りしめ、必死に気持ちを落ち着かせようとした。


耐えるのは辛かったが、耐えなければならなかった。


......


「迷い道」バー。


薄暗い個室では、笑い声やふざけあう声が甘すぎる空気と混ざり合っていた。


男女が密着し、親密な動作を交わし、退廃的な雰囲気が漂っていた。


東雲たくまだけが隅に一人で座り、足を組んで鋭い眼光を放ち、周囲の誰も近寄ろうとせず、場の空気と明らかにそぐわなかった。


「東雲の若様、久しぶりに遊びに来たな。俺たちのことすっかり忘れたんじゃないか?」


話しかけたのは西野啓太、東雲たくまの幼なじみだった。


個室にいるボンボン連中は、ほとんどが彼の幼なじみだった。


篠宮初音と離婚してから、彼はこうした集まりにほとんど参加しなくなっていた。


今日は西野啓太の誕生日だから、断りにくかったのだ。


これらの良家の息子たちは遊び方が派手で、彼女を頻繁に替え、時には彼女を交換することさえあった。


東雲たくまは彼らと付き合ってはいたが、こうした汚らわしいことには一切手を出さなかった。


全員わかっていたのだ。


東雲たくまには家に美しい妻がいて、心の中には初恋がいて、その発呼にのために「身を清く保っている」のだと。


「東雲の若様、あの初恋の白石香澄さんも帰国したそうだが、手に入れたか?」


誰かが聞いた。


白石香澄の名を出され、東雲たくまは嫌悪感に満ちた表情を浮かべたが、薄暗い照明がそれを隠してくれた。


ここにいる西野啓太以外は、彼がすでに白石香澄に対して全く愛想を尽かし、むしろかつて蔑んでいた篠宮初音に一心不乱になっていることを知らなかった。


世の中はどうなるかわからない!


西野啓太が口を開こうとした瞬間、もう一人の西野啓太が先に言葉を続けた。


「でもあの篠宮初音は白石香澄よりずっと美人だぞ!あんなに絶品な女は見たことない!ベッド上でも上手だっただろう?」


そう言いながら舌なめずりし、淫らな目を光らせた。


「何だって!」


東雲たくまが拳を固く握りしめ、目から火が出そうだった。


西野啓太は冷や汗をかき、止めようとしたが、死にもの狂いの七海涼介は続けた。


「いつか必ず手に入れて、たっぷり味わってやる。きっと最高だろうな!」


想像しただけで体が熱くなり、傍らの女の子に手を出し始めた。


他の連中はこれに哄笑した。


西野啓太は震え上がり、東雲たくまが激怒することを悟った!


案の定、東雲たくまは檻から放たれた猛獣のように七海涼介に飛びかかり、ソファから引きずり上げると、鉄拳を浴びせた!


七海涼介は、東雲たくまが篠宮初音――彼らが長年嘲笑い罵ってきた女――のために自分に手を出すとは思ってもみなかった!


「東雲たくま、お前頭おかしいのか!女のことで俺を殴る?篠宮初音が何だってんだ!お前がずっと嫌ってたお古じゃないか!俺がちょっといじったってどうした!」


西野啓太以外は皆西野啓太側につき、篠宮初音に悪口を浴びせた。


「東雲の若様、俺たち親友だろう。お前も興味ない女のことでそんなに怒ることか?」


「女一人のことで、涼介の若様が口が悪いのは前からだし、今まで何も言わなかったくせに……」


……


個室は騒然となった。だが東雲たくまはもう後の言葉など聞こえなかった。


そうだ、これまで自分が放任していたから、これらの「親友」たちが篠宮初音を好き勝手に嘲笑侮辱するのを許してきた。


だから今日のようなことになったのだ……


自分のせいだ!全て自分のせいだ!


篠宮初音がもう二度とチャンスをくれないのも当然だ……


東雲たくまは自分で自分の頬を二発強く叩いた!


響き渡る平手打ちの音に、騒然とした個室は一瞬にして静まり返った。


「全員、よく聞け!」東雲たくまの声は冷徹だった。


「篠宮初音は俺が愛する女だ!これから誰かが彼女を侮辱したり、卑猥な言葉を吐いたりしたら、容赦しない!」


東雲たくまの言葉は絶対だった。


誰もこれ以上口を挟む者はいなかった。


彼はもうここにいられず、踵を返した。


西野啓太が慌てて追いかけた。


二人が去った後、七海涼介はテーブルを蹴り倒し、唇の血を拭いながら怒鳴った。


「ちくしょう!何様のつもりだ!女一人のことで俺を殴る?触るなだと?俺はあえて味わってやる!」


「七海の若様、もうやめましょう。東雲の若様に聞かれたら終わりです!」


七海涼介は死に物狂いで。


「俺が彼を恐れると思うか?どうやって容赦しないか、見せてもらおうじゃないか!」


個室外で、西野啓太が東雲たくまに追いつき、謝罪した。


「東雲の若様、すみません!まさかこんなことに…涼介の口は昔から節度がないんです。どうか大目に見てやってください、何しろ……」


「もう親友じゃない」東雲たくまの眼光は冷ややかだった。


「暑い日が続いてたが、そろそろ涼しくなる頃だ。七海財閥は、倒産させよう」


西野啓太は震え上がり、これ以上とがめられなかった。


東雲たくまは有言実行の人だ。


七海財閥は確実に終わる。


冷や汗をかきながら、西野啓太は内心ほっとした。


自分は東雲たくまの前で篠宮初音の悪口を言わなかったから……


たぶん、言ってないよな?

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