九条天闊が転んだ際、手のひらを擦りむき、点々と血が滲んでいた。
篠宮初音はアルコールを染み込ませた綿棒で、慎重に傷口を拭いていた。
その瞳には、自分でも気づいていないような痛々しさが浮かんでいた。
「先輩、少し痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」
「大丈夫、痛くない」九条天闊の声は平静そのものだった。
初音の動作は極限まで優しく、彼を痛がらせまいとしていた。
「先輩、ズボンの裾を捲ってください。足も怪我していないか確認します」あの転び方は激しかったので、足まで傷ついているのではないかと心配だった。
「いいよ、足は大丈夫だから、僕は……」篠宮初音の目に浮かんだ明らかな自責の念を見て、九条天闊は言葉を呑み、黙ってズボンの裾を捲り上げた。
天闊のふくらはぎは継続的なマッサージケアのおかげで萎縮はしていなかったが、異常に細く、日光を浴びない病弱な青白さを帯びていた。
だからこそ、そこに蛇行するように刻まれた火傷の瘢痕は、より一層目を刺すように不気味で、蒼白な肌に醜く張り付いていた。
なぜか、それらの瘢痕を見た瞬間、篠宮初音の胸は締めつけられるような痛みを覚えた。
冷たい指先が無意識に、その凸凹した痕をなぞる。
九条天闊の足には感覚があった。
その冷たい指先が肌に触れた瞬間、彼の身体は硬直し、言いようのない痺れるような感覚が全身を駆け巡り、心臓の先まで震えた。
「やめて……見ないでくれ」彼の声はかすれた。
「醜いし……君を怖がらせるだろう」
篠宮初音はそっと彼の手を押さえて止めた。
「そんなことないですよ。怖がったりしません」そう言い終わって初めて、自分の手が彼の手の甲に覆いかぶさっていることに気づき、火に触れたように慌てて手を引っ込めた。
「膝が青くなっていますね。薬を塗りましょう」
九条天闊は黙ったまま、両手を組み、親指でさっき彼女に触れられた手の甲を無意識に撫でていた。
そこにはまだ彼女の体温が残っているようで、熱く焼けつくようだった。
「先輩」篠宮初音はしゃがみ込み、膝のアザに丁寧に軟膏を塗りながら、かすかな声で尋ねた。
「その足の怪我……あの時、先輩が愛していた女の子を助けた時のものですか?」
天闊が人を助けるために重傷を負ったことは知っていた。
火の中に飛び込むほど必死で救おうとした相手なら、きっと深く愛していた人に違いない。
「……ああ」彼は低く、鼻声で答えた。
「あの時、私もその火事の中にいました」篠宮初音の声はふわふわと漂うようだった。
「最後に東雲たくまが――」彼女は言葉を切り、もうその名前を口にしたくないようだった。
あの火事で東雲たくまが彼女を救ったことで、命の恩義を感じていた。
だが、ここ数年でたくまから受けた傷で、その恩義がすっかり消え去ってしまった。
もうたくまに借りはない。
ただ、あの日の記憶は極めて曖昧だった。
煙が充満し、意識が朦朧とする中、誰かが駆け寄って彼女を抱き上げ、「初音、怖がらないで。僕がいる。絶対に大丈夫だ」と囁き続けるのを覚えた。
その腕で安心感に包まれていた。
そして気を失った。
目覚めた時、周りの人はみんな、東雲たくまが命がけで彼女を救ったと言っていた……
あの火事は九条天闊の記憶にも深く刻まれていた。
女子寮が火事だと知り、篠宮初音が閉じ込められていると聞いた彼は、考える間もなく飛び込んだ。
倒れている彼女を見つけ、燃えさかるシーツに足を絡められているのを解き、抱き上げながら、「初音、怖がらないで。僕がいる。絶対に大丈夫だ」と背中を撫でて繰り返した。
炎が猛る中、燃えさかる梁が崩れ落ち、天闊は本能的に彼女を庇い、自分の足は重い柱の下敷きになった……
目覚めたのは二年後で、その時には篠宮初音は既に他人の妻だった……
篠宮初音が顔を上げると、九条天闊の表情に苦しさが浮かんでいるのが見えた。
自分が痛がらせたのかと思い、慌てて謝った。
「ごめんなさい、先輩。痛かったですか? もっと優しくします」
「いいや」九条天闊は我に返り、声を絞り出すように答えた。
「ただ……少し昔のことを思い出して」
きっと辛い記憶なのだろう。
篠宮初音はそれ以上聞かなかった。
手当を終え、篠宮初音は救急箱を閉じ、洗面所で手を洗った。
やるべきことは終わった。
そろそろ帰ろうと思った。
「先輩、一人で大丈夫ですか? もし何もなければ、私はこれで――」
「帰る」という言葉が出る前に、九条天闊に遮られた。
「少し……付き合ってくれないか?」彼は低く頼んだ。
「少し……辛くて」
篠宮初音は彼の握り締めた手を見て、東雲たくまの侮辱的な言葉が結局彼の自尊心を傷つけたのだと思った。
天闊先輩は廃人なんかじゃない。
だが、それを口にすれば、余計に彼を傷つけるかもしれない。
初音は頷いた。
「先輩、私がピアノを弾きましょうか」
音楽なら彼の気分を和らげられるかもしれない。
ピアノの前に座り、彼女の指先からは明るく癒されるメロディが流れた。
あの日、彼がピアノを弾くのを一心に見つめたように、今度は九条天闊が彼女をじっと見つめていた。
ただ、その眼差しの奥には、言い表せないような渇望と陶酔が潜んでいた。
東雲たくまに引き倒された時、彼は完全に立ち上がれないわけではなかった。
ただ、非常に困難だった。
彼は敢えて倒れたまま、侮辱に耳を傾けた。
東雲たくまがそうすればするほど、篠宮初音の心は彼から遠ざかると知っていたからだ。
ただ、東雲たくまが篠宮初音まで侮辱するとは思わなかった。
あの瞬間、彼は本当に殺意を覚えた。
同時に、自分の行為を後悔した。
自分を傷つけるのは構わないが、初音を巻き込むべきではなかった。
東雲たくまは篠宮初音が九条天闊の家にいることを知り、すでに数時間が経過していた。
彼は幽霊のように閉ざされたドアの前に立ち、充血した目で無意識に初音の名前を繰り返し呟き、狂気の淵にいた……
篠宮初音が服用した薬には睡眠成分が含まれていた。
知らず知らずのうちに睡魔が襲い、あたかも九条天闊の存在を忘れたように、ピアノに突っ伏して眠ってしまった。
突然動かなくなった彼女を見て、九条天闊は慌てて近寄り、ただ眠っただけだと気づいて安堵した。
彼の視線は一瞬で優しさに満ち、「初音、ここで寝ると風邪を引くよ」と囁くように言った。
篠宮初音は深く眠り、何の反応も示さない。
九条天闊は自分のスーツの上着を脱ぎ、そっと彼女に掛けた。
長い間、彼女の眠る横顔を見つめ、抑えきれない欲望が草のように茂っていく。
ついに、彼は身を乗り出し、限りない愛惜と秘めた欲望を込めたキスを、初音の頬にそっと押し当てた……
目を閉じていたので、彼は見逃した。
その唇が触れた瞬間、篠宮初音の長いまつ毛が、かすかに震えたことを。