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第52話

篠宮初音は酒を飲んでいる時はまだ平気だったが、後から回ってきた酔いでめまいがひどくなった。


個室を出て洗面所で顔を洗い、頭を冷やそうとした。


よろよろと洗面所の方向へ歩く中、背後に誰かがついてくることに鋭く気づいた。


最初の考えはストーカーに遭遇したということだった。


角を曲がったところで、初音はさっと振り向き、後ろの男の腕を掴むと、手際よく冷たいタイル壁に押しつけ、腕で喉元を押さえつけた!


「あなたは誰? なぜついてきたの?」


時雨快晴の身のこなしなら、簡単に避けられたはずだ。


だが篠宮初音を傷つけるのを恐れ、抵抗しないことを選んだ。


背中が冷たいタイルに触れ、思わず身を縮めた。


「お嬢さん、悪意はありません」快晴の声は穏やかで誠実だった。


篠宮初音は酒の勢いで頬が紅潮し、潤んだ瞳には少しぼんやりとした色が浮かび、目尻は誘うような赤みを帯びていた。


初音はぼんやりと自分が押さえつけている男を見つめた。


彫りの深い整った顔立ちで、瞳は澄み切っており、悪意は微塵もなかった。


奇妙なことに、初対面なのにこの男に妙な親近感を覚え、無意識のうちに彼の言葉を信じてしまった。


初音は手を放し、去ろうとしたが、目の前が突然真っ暗になり、体がぐったりと後ろに倒れこんだ。


時雨快晴は素早く反応し、初音を腕の中に抱き止めた。


息を確認し、ただの酔い潰れだとわかると安堵した。


初音を横抱きにし、長い廊下の奥へと消えていった。


篠宮初音が目を覚ますと、見知らぬホテルのスイートルームに横たわっていた。


二日酔いの頭痛がひどく、彼女はこめかみを揉んだ。


「ベッドサイドに二日酔いの薬があります。飲むと楽になりますよ」優しい男の声が響いた。


篠宮初音が顔を上げると、逆光の中に立つ男の姿があった。


背筋が伸びたその姿は気高く、長年トップに立ってきた落ち着きを感じさせた。


昨夜の曖昧な記憶が一気によみがえった。


この見知らぬ男に無防備になり、目の前で気を失い、ホテルに連れ込まれたのだ!


初音は思わず自分の体を見下ろし、清潔な綿のパジャマに着替えられていることに気づいた。


「篠宮さん、ご安心ください。昨夜嘔吐されたので、ホテルの女性スタッフが着替えを手伝いました」

質問する前に、男はすでに説明していた。


声は落ち着いていて信頼できた。


篠宮初音は頭痛以外に体の不調はなく、少し安心した。


「あなたは誰? 昨夜なぜ私をつけてきたの?」


「時雨快晴です。時雨グループの代表取締役社長を務めています」


彼は両手で名刺を差し出した。


「ついてきた理由は……あなたが私の母によく似ているからです」


この答えは篠宮初音の予想外だった。


どういう意味だ?


「お嬢さんのお名前は? ご家族について……お話しいただけませんか?」唐突さを感じたのか、時雨快晴は付け加えた。「失礼しました。本当に似ているので、少し気になって」


「篠宮初音です。家族はいません。暁の光児童養護施設で育ちました」

相手は二度も母親に似ていると言うので、篠宮初音もどれほど似ているのか気になった。


姓は篠宮? 児童養護施設育ち? 時雨快晴の胸に強い興奮が込み上げた。


荒唐無稽な考えかもしれないが、この自然な親近感から、彼はほぼ確信した。


篠宮初音は行方不明のた妹に違いない!


真実はDNA鑑定が必要だが、今は興奮を抑えきれなかった。


「篠宮さん、あなたはおそらく——」


時雨快晴の言葉は、突然鳴り響いた携帯の着信音で遮られた。


時雨桜からだった。


「桜、どうした?」

彼は窓際に立ち、篠宮初音に背を向けて電話に出ると、声が一瞬で柔らかくなった。


「えー、用事がないと兄さんに電話しちゃダメ?」

電話の向こうで時雨桜が甘えた声で言った。


「そんなことないよ、桜はいつでもかけていい」

時雨快晴は口元を緩め、笑みを含んだ横顔に太陽が柔らかな光を添えた。


「それならいいけど! 兄さん、会いたいよ、いつ帰ってくるの?」

時雨桜はようやく笑った。


「こちらの用事がまだ終わってないから、あと数日かかる。終わったらすぐ帰る」時雨快晴は優しく答えた。


「でも今すぐ会いたい! 私、南城に行こうかな?」

時雨桜は明らかに落ち込んだ。


「ダメだ!」時雨快晴は考えずに拒否した。


「一人で出かけるのは危険すぎる」この妹は幼い頃から家族に溺愛され、一人で遠出したことがなく、彼は絶対に安心できなかった。


篠宮初音は突然鼻がむず痒くなり、大きなくしゃみをした。


このくしゃみははっきりと電話の向こうに届いた。時雨桜はすぐに警戒した。


「兄さん! 部屋に誰かいるの? もしかして私に内緒で恋人ができたの?」


「ばかなことを言うな。兄さんは用事があるから、一旦切るよ」時雨快晴は急いで電話を切った。


一方の時雨桜は携帯を握りしめ、美しい眉をひそめた。


兄があんなに急いで電話を切るなんて……まさか本当に当たった?


ダメ! 南城に行って確かめなければ。


兄はあんなに純粋なんだから、騙されちゃうかもしれない!


時雨快晴は携帯をしまい、鼻をこする篠宮初音を見て心配そうに言った。


「篠宮さん、風邪ですか?」


「大丈夫です。ところで時雨さん、今何かおっしゃろうとしてましたよね?」


篠宮初音は手を下ろした。


「いえ、何でもありません」

時雨快晴はDNA結果が出るまで、推測を話さない方がいいと考えた。


篠宮初音も深く追及しなかった。


「時雨さん、昨夜着替えた服はどこですか?」


パジャマ姿で帰るわけにはいかない。


「ホテルにクリーニングを頼みましたが、まだ乾いていないと思います。新しい服を用意させますが、篠宮さんはどんな服がいいですか?」


「いいえ、特にご要望がありません。着られるものならで結構です。ありがとうございます」


すぐに真新しいビジネススーツが届いた。


篠宮初音が着ると、きりっとした雰囲気で、まさにキャリアウーマンだと自分でも感心した。


「時雨さん、服代はいくらですか? 振り込みます」


時雨快晴は拒否しなかった。


初音の連絡先が必要だった。


二人はLINEを交換し、一緒にホテルを出た。


彼らは気づかなかったが、気づかないところで誰かがカメラを構え、この一部始終を撮影していた……

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