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第55話

篠宮初音が外出する際、松本玲子はどうしても気が掛かり、こっそり後を追った。


芸能人の恋愛自体には反対しないが、大きな騒動を起こさなければいい。


篠宮初音はデビュー目前なのだから、このタイミングでトラブルがあってはならない。


とにかく、しっかり見張っておく必要があった。


松本玲子は自分の車を使わず、バレるのを恐れてタクシーを拾い、「あのポルシェに付いてください」と指示した。


時雨快晴が選んだ中華料理店は雰囲気が良く、料理の種類も豊かだった。


彼は約束の時間より30分以上早く到着し、すぐに妹に会えると思うと、興奮と緊張で何度も入り口を見やった。


篠宮初音が車を停めて店に入り、店員に案内してもらおうとした時、時雨快晴の声が聞こえた。


「初音さん、こちらです」


初音が近づくと、時雨快晴は立ち上がり、紳士的に椅子を引いた。


「ありがとう」


「注文をお願いします」時雨快晴は店員を呼び、メニューを渡した。


「時雨さん、何か追加しますか?」

篠宮初音は遠慮せず、いくつかの料理を頼み、メニューを返した。


「大丈夫、ちょうどいいです」快晴は店員にメニューを返し、「早めにお願いします」と伝えた。


「時雨さん、急に食事に誘ってくれたのは、何かあるんですか?」

店員が去ると、篠宮初音は単刀直入に聞いた。


「『初音』って呼んでもいいですか?」時雨快晴は自分の妹よそよそしい呼び方で呼ぶのは好きではなく、ためらいながら聞いた。


篠宮初音は一瞬戸惑った。


2回しか会っていないのに名前で呼ぶのは親しすぎる気がしたが、なぜかうなずいてしまった。


時雨快晴に何となく親近感が感じられるから、初音は拒めなかった。


許可を得た時雨快晴は喜びを隠せなかった。


「じゃあ、僕のことも『快晴さん』と呼んでください」


本当は「兄さん」と呼ばせたかったが、実家の北の街に戻って両親に報告し、真相を確かめるまでは、初音を驚かせたくなかった。


とにかく妹は見つかった。


それだけは確かなことだ。


「快晴さん」

篠宮初音はこの呼び方が言いづらいと思っていたが、実際に口にすると違和感がなく、むしろ自然に感じた。


「実は明日、北の街に帰るので、その前に会いたくて」


隅の方で松本玲子は彼らのテーブルをじっと見つめていた。


長年芸能界にいて、数多くの美男美女を見てきたが、やはり時雨快晴の美しさには目を奪われた。


容姿端麗、気品があり、まさに美形で、初音ととても似合っていた。


しかも初音に対する気遣いが半端ない。


料理を取り分け、ティッシュを渡し、自分はほとんど食べていない。


はっきり言って、この男の気持ちは明白だ。


松本玲子は篠宮初音が彼に特別な感情を抱いているようには見えなかったが、時雨快晴が深く惚れていることは確信した。


興味がなければ、ここまで世話を焼くだろうか?


食事中、篠宮初音は楽しそうで、時雨快晴と話が弾んだ。


2回目なのに、ずっと前からの知り合いのように感じた。


「初音、どこまで送ろうか?」

食事後、駐車場で時雨快晴は助手席のドアを開けた。


「大丈夫です。自分で車で来ました。あそこです」彼女は少し離れたポルシェを指さした。


時雨快晴は強要せず、「じゃあ気を付けて。着いたらLINEして」と言った。


時雨快晴の車が夜に消えるのを見送り、篠宮初音はすぐに車に乗らず、川辺をゆっくり歩いた。


夜の川風は冷たく、彼女は薄着で肌が寒さに染みた。


都会の喧騒から離れ、心は不思議と落ち着いていた。


しばらく歩くと、ベンチに座り、足元の小石を拾って川に投げた。


「ポチャン」と音がし、跳ねた水しぶきはすぐに消えた。


初音は長い間川辺に座っていたが、九条天闊は暗がりからずっと彼女を見ていた。


初音が他の男と食事をし、親密に振る舞い、心からの笑顔を見せるのを見た。


その笑顔は、天闊にとって見たことのないものだった。


胸の痛みで息が詰まりそうになった。


どれくらい経っただろうか。


九条天闊は車を降り、杖をついて運転手に先に行くよう指示し、一歩一歩彼女に向かって歩いた。


篠宮初音が立ち上がって帰ろうとした時、振り向くと九条天闊が少し離れた所に立ち、彼女をじっと見つめていた。


数日会わないうちに、天闊は痩せ、憔悴していた。


あの日、無理やりキスされた光景が瞬時に蘇り、篠宮初音はすぐに視線を逸らし、何も言わずに通り過ぎようとした。


「初音、僕のせいで引っ越したのか?」


九条天闊は彼女の遠ざかる背中に向かい、かすかに震える声で問いかけた。


篠宮初音は答えず、歩みを止めなかったが、「ガチャン」と杖が落ちる音がして、ようやく足を止めた。


振り向くと、九条天闊が棒立ちになり、杖が足元に転がっていた。


「初音、動かないで。僕が行く」


天闊は少しでも近づき、彼女の心に入り込み、自分が障害者ではないことを証明したかった……


初音は天闊がよろめきながら近づき、何度も転びそうになるのを見て、複雑な思いがした。


天闊は一歩一歩苦労しながら進み、ようやく初音の前にたどり着くと、支えきれずに倒れ込んできた。


「初音、僕は障害者じゃない……」


初音は避けず、しっかりと天闊を受け止めた。


その瞬間、初音は息するのを忘れ、心臓に細かな痛みが走った……

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