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第56話

九条天闊は全身の重みを初音に預け、初音は少し支えきれないほどだったが、それでも必死に抱きしめ、彼を倒れさせまいとした。


天闊はこんなみじめな姿になるべきではない。


「初音、会いたかった…」


九条天闊は顔を彼女の首筋に埋め、貪るようにその香りを吸い込んだ。


それは夢中で、未練がましい仕草だった。


首筋に伝わる温かい吐息が、かすかな痺れとともに熱を帯びていた。


ほのかな酒の匂い。


初音は彼の体が火のように熱いことに気づいた。


熱があったのだ。


「九条先輩、熱がありますよ。運転手さんは?病院に連れて行ってもらいましょう」


天闊は捨てられることを恐れる子供のように、初音を強く抱きしめて離さなかった。


「運転手は帰らせた。初音、置いていかないで…本当に会いたかったんだ…」


篠宮初音には彼の両親や運転手の連絡先がなく、ここに置き去りにはできなかった。


「わかった、置いていかない。病院に連れて行くから」

そっと背中を撫でながら落ち着かせた。


「病院は嫌だ…行かない…」


熱と酔いが重なったせいか、今の九条天闊は敏感な子供のようで、優しく宥める必要があった。


「いいわ、病院には行かない。家まで送るから。一度離して、杖を拾ってくる」篠宮初音も確かに忍耐強く、柔らかい声で言った。


「いい子にして、よし、よし」と囁かれるまで、九条天闊は手を離さなかった。


篠宮初音が杖を拾って渡すと、「自分で歩ける?」


彼はうなずき、どこかかわいそうに見えた。


月明かりの中、二人は並んで歩いた。


とても静かで、杖が地面を叩く「トントン」という音だけが、響いた。


先ほど篠宮初音が長い距離を歩いたため、戻るのも同じくらい遠かった。


九条天闊は熱がある上に酔ってもいる。


天闊が持ちこたえられるか心配だった。


「九条先輩、ここで待っていて。車を取ってくる」


九条天闊は何も言わなかったが、初音の手を握り、行動で拒否を示した。


篠宮初音は少し困った。


天闊は東雲たくまではない。

殴ったり怒鳴ったり、無理やり振り切ることもできず、手を握られたまま歩き続けるしかなかった。


初音の手のひらは熱で火照っており、そんな手に包まれて、初音は自分の血液まで温まったように感じた。


天闊は愛と熱で初音を包み込み、逃げ場を与えなかった。


本来10分の道のりが、異様に長く感じられた。


しかしどんなに長い道にも終わりはある。


九条天闊だけが、この道が永遠に続き、ずっとこうして歩いていられたらと願っていた…


「救急箱はどこ?持ってくる」

自宅に着くと、篠宮初音は彼をソファに寝かせ、水を一杯注いだ。


九条天闊の頬は赤く、明らかに病み上がりの様子だった。


酔いか熱かの区別はつかない。


「僕の部屋にある机の上」


篠宮初音はすぐに救急箱を持ってきて、体温を測った。


39度。


驚くほど高い。


「高すぎる。病院に行かなきゃ」引き起こそうとしたが、手首を掴まれ、そのまま彼の上に倒れ込んで抱きしめられた。


「病院は嫌だ…大丈夫…ちょっと抱かせてくれれば治る」


初音がこんな言葉を信じるわけがない。


初音は解熱剤ではないのだ。


抱いただけで熱が下がるはずがない。


「病院は行かなくてもいいけど、薬は飲まなきゃ。いい子にして、離して」救急箱に解熱剤があるのを見ていた。


「ちょっとだけ…それからちゃんと薬を飲む」

九条天闊は手を離さず、むしろ甘えるように初音の頬にすり寄った。


篠宮初音が彼の上に覆いかぶさり、二人の姿勢はとても曖昧で、熱愛中のカップルのようだった。


九条天闊の言う「ちょっとだけ」は、本当に一瞬だった。


手を離し、篠宮初音が薬を飲ませるのをじっと見つめた。


「ベッドで寝なさい。ソファじゃ辛いでしょ」大人しく薬を飲んだのを見て、篠宮初音は安堵の息をついた。


「行っちゃうの?…行かないで…一人にしないで」

九条天闊は即座に彼女の手首を掴んだ。


篠宮初音はふと切なくなった。


もし東雲たくまがいなければ、もしかしたら…


しかし「もし」は存在しない。


留まるとも去るとも言わず、ただ「部屋で寝ましょう。ソファじゃ辛いですから」とだけ言った。


今度は九条天闊は反論せず、大人しくベッドまで支えられ、横たわったが、手は最後まで彼女を離さなかった。


「行かせない…絶対に…」


風邪薬には眠気成分が含まれており、九条天闊はうとうとと目を閉じたが、手の力はむしろ強まり、緩む気配すらなかった。


篠宮初音は彼の横に寝転がり、横顔を眺めながら、重苦しい気持ちになった。


自分が九条天闊に甘くなっていることに気づいた。


これが正しいのか間違っているのか、わからなかった。


解熱剤が効き始め、天闊の額に少し汗が浮かんだ。


篠宮初音は手を離してタオルを取りたかったが、何度試してもできず、結局諦めた。


目を閉じた。


東雲たくま以外で、異性と同じベッドで寝るのは初めてだった。


それも自分に想いを寄せる男性と。


しかし奇妙なことに、少しも嫌悪感はなく、むしろ安心さえ覚えた。


九条天闊が与えてくれる安心感。


この安心感が何を意味するのか、天闊にはわからなかった。


穏やかな寝息が聞こえ始め、初音は眠りに落ちた。


一方、とっくに眠ったかと思われた九条天闊は、突然目を開けた。


体を横に向けると、二人の鼻先が触れそうなほど近づき、あと少しで初音の柔らかい唇に触れられる距離だった。


満足げな笑みを浮かべ、再び目を閉じた。


おやすみ、僕の初音。


愛してるよ。


初音。


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