目次
ブックマーク
応援する
18
コメント
シェア
通報

第57話

時雨快晴は南城のホテルの地下駐車場で車を降りた瞬間、後ろから誰かに目を覆われた。


「誰だか当ててみて?」


「桜、ふざけないで」


背の高い時雨快晴に対し、時雨桜は厚底の靴でつま先立ちし、やっとのことで彼の目に手が届いた。


変声までしてサプライズしようとしたの、一瞬で見抜かれてしまった。


「兄さん、どうしてわかったの? 声変えたのに」

桜は唇を尖らせ、頬を膨らませた。


快晴は桜の頭を撫でた。


「お前以外、誰が僕にこんなことするか」


「そりゃそうか」


時雨桜は嬉しそうに快晴の腕を抱き、エレベーターへ歩きながら言った。


「来るなって言ったのに、どうしてきたの? 危ない目に遭ったらどうするの?」


「兄さん、私はもう23歳だよ。いつまでも子供扱いしないで。それに……」

時雨桜は少し不満そうに口を尖らせた。


「私が来なかったら、兄さんがこっそり恋してるなんて知らないままだったじゃない」悪戯っぽく笑った。


「でたらめを言うな。恋なんてしてない」

二人がエレベーターに入ると、時雨快晴は1階のボタンを押した。


「見ちゃったよ。兄さん、女の人と食事してたでしょ?」

地下2階から1階へ上がり、ドアが開くと、時雨桜が食い下がった。


桜が見たのは女性の後姿だけだった。


時雨快晴は内心で緊張したが、誤解だけで済み、さらに深く気づかれていないことに安堵した。


桜を傷つけたくないと、優しく説明した。


「ただの友達だ。恋人じゃない」


「本当?」


「兄さんがお前を騙したことあるか?」


時雨桜は「ふーん」と長く伸ばし、フロントでチェックインを済ませた。


「今夜は早く寝てね。明日は北城に戻る」時雨快晴はルームキーを渡した。


「え? 来たばかりなのに帰るの?」時雨桜は不満そう。「少し遊んでいけないの?」


「駄目だ。明日は必ず帰るから」


「もう! 兄さんなんて!」舌を出し、キーで部屋に入った。


時雨快晴は苦笑した。


桜が実の妹でなくとも、快晴の心の中では、永遠に溺愛すべき存在だった。


翌朝、九条天闊が目を覚ますと、篠宮初音はもういなかった。


初音が去ったのは夜明け前だった。


ベッドサイドのテーブルにはメモが置いてある。


天闊はそれを広げた。


【天闊先輩、薬は時間通りに飲んでください。土鍋に温かいお粥を入れておきました。起きたら食べてください。健康第一。もうこんな無茶はしないで。私の心の中の天闊先輩は、こんな姿じゃないはずです】


天闊の胸が温かくなった。


初音の心遣いは愛情とは別かもしれないが、それだけで十分に尊い。


天闊はまた一歩、初音に近づいた気がした。


メモを丁寧に折り畳み、ノートに挟んで引き出しにしまった。


まるで大事な宝物を隠すように。


シャワーを浴びた後、食卓でお粥を一口ずつ味わった。


程よい塩加減の中に、なぜかほのかな甘みを感じた。


【初音、愛することを許してくれてありがとう】天闊は心でつぶやいた。


篠宮初音は一晩中家に帰らず、到着するなり松本玲子にソファに押し倒れられた。


「白状しなさい! あのイケメンと何かあったでしょ!」


松本玲子はバレるのを恐れ、昨夜は彼女より先に帰っていた。九条天闊との出来事は知らない。


「何もないよ」篠宮初音は額を押さえ、松本玲子がこんなに噂好きだとは知らなかった。


「恋愛してない? じゃあなぜ一晩中帰ってこなかったの?」松本玲子は信じていない様子。


「反対してるわけじゃないけど、今は控えた方がいい。あなたのためを思って言ってるの」


「わかってます、玲子姉。恋愛するつもりはないです。一生する気もありません」篠宮初音は立ち上がり、階段へ向かった。「疲れたから、少し休みます」


松本玲子は初音の背中を見て、ため息をついた。


「一度の失敗した結婚で全てを諦めるなんて、あんなクズのために幸せを捨てるなんて、意味ないわよ」と。


「ありがとう、玲子姉」


篠宮初音は足を止め、振り返って言った。


その時、LINEの通知音が鳴った。


九条天闊からのメッセージだった。


【初音、愛することを許してくれてありがとう】


初音はメッセージを見つめ、自分でも気づかない微笑みを浮かべた。


一方、時雨快晴は北城に戻ると、すぐには両親に真実を伝えず、時雨桜の髪の毛を採取し、再び親子鑑定を行った。


結果は変わらず、桜と自分の両親と血縁関係がなかった。


やはりすり替えられていたのだ。


誰が?


なぜ?


疑問だらけの時雨快晴は家に帰り、外出中の父親を呼び戻した。


「快晴、何かあったのか?」時雨父は入るなり聞いた。


息子の険しい表情から、重大な事態だと悟った。


「そうね、顔色が悪いわ」時雨母も心配そうだった。


時雨快晴は鞄から4通りの鑑定報告書を取り出した。


「父さん、母さん、これを見てください」


二人が読み終えると、一瞬にして凍りついた。


「これはつまり……桜は私たちの娘じゃなく、初音が本当の娘なの?」時雨母の声は震えていた。


「そうです」時雨快晴は頷いた。


「まさか……そんな……」時雨母の震えはさらに強くなった。


「快晴、これは本当か? 何か間違いじゃないのか?」

快晴の父は母を抱きしめ、背中をさすりながら、自身も不安定な声で言った。


「父さん、母さん、受け入れがたいのはわかります。でも、この4通りの報告書は本物で、嘘をつきません」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?