東雲たくまは深夜2時まで忙しく、寝たのは午前8時近くになってからだった。
九条天闊と篠宮初音はとっくに買い物に出かけていた。
たくまは怒りを抑えきれず、東雲明海も寝坊していたのを見て、やや気が晴れた。
しかし、ふと考えた。
明海も同行しなかったということは、九条天闊と初音が二人きりだったのか?
たくまは再び怒りと嫉妬で煮えくり返り、スタッフを捕まえて詰問した。
「言え!九条天闊とスイートハートさんはどこに買い物に行った?」
たくまの凶悪な表情と陰鬱な眼差しに、スタッフは息もできず、一言も発せなかった。
アンナと鈴木早紀もこの光景に震えた。
東雲さん、こんな荒れ者だったっけ?
白石香澄は唇を噛みしめ、憤りに満ちていた。
モニタールームの藤田監督と松下監督は興奮していた。
「カット!これだよ!修羅場こそが視聴率の源だ!」
三人の男が一人の女を巡る争い。
スイートハートさんがいれば、修羅場の名シーンは約束されたも同然だ。
結局、東雲明海が東雲たくまを引き離し、低声で諭した。
「初音にもっと嫌われたいなら、続けなさい」
この言葉は効いた。
「お前は初音が九条と一緒でもいいのか?」
東雲たくまはすぐに凶暴さを収めたが、嫉妬は消えなかった。
「あんたよりマシだ。九条は少なくとも本気で初音を愛している。あんたは初音を傷つけるだけだ」
東雲明海は病院の件を思い出し、冷笑した。
この言葉は東雲たくまの痛い所を二度も突き、彼の目は一瞬で赤くなり、体が微かに震えた。
二人の会話は極めて小声で、周囲には聞こえなかったが、東雲たくまの反応からかなりのショックが伺えた。
藤田監督と松下監督は膝を叩いて悔しがった。
音が入ってない! しかし考え直せば、視聴者の想像に任せた方がより効果的かもしれない。
東雲たくまは分かっていた。
過去の自分はクズだったことを。
だがもう悔い改めた。
なぜ誰もチャンスをくれない?
「一度悪い道に入っても、悔い改めれば立派な人になれる」とよく言うが。
初音、俺はどうすればいい?
篠宮初音と九条天闊が買い物から戻るまで、バケーションハウスは不気味な静けさに包まれていた。
二人は朝食を買ってきて、全員分を用意していた。
アンナが真っ先に座って食べ始め、他のメンバーも続いた。
しかし東雲たくまだけは立ち尽くし、篠宮初音をじっと見つめ、目には悔しさが溢れていた。
篠宮初音はたくまを完全に無視し、さっさと席に着いた。
九条天闊の上機嫌な様子は、東雲たくまと東雲明海にはすぐにわかった。
二人きりで何かあったに違いない。
そうでなければここまでご機嫌なはずがない。
まさか告白したのか?
ありえない!
撮影中に九条天闊がそんな勇気はない。
仮にしたとしても、初音が承諾するわけがない。
二人は嫉妬しながらも冷静だった。
篠宮初音は九条天闊に幾分か親近感を抱いているかもしれないが、決して恋ではない。
初音が誰にも心を動かしていない限り、チャンスはまだある。
しかし不安は消えなかった。
九条天闊が男子トイレに入ると、東雲たくまと東雲明海もその後を追った。
番組スタッフ待望の修羅場到来! しかしトイレにカメラはなく、もどかしい限りだった。
アンナは悟った。
自分はスイートハートさんの引き立て役なのだ。
トップ女優の自分が脇役で終わるなんて、たまらない。
鈴木早紀と白石香澄も同様で、特に白石香澄はこの番組に出るために払った代償を思い出すと、あの禿げたおっさんを思うだけで吐き気がした。
三井健治は最後に階下へ現れ、あくびをしながら席に着き、豆乳を飲みながら訊いた。
「誰が買ってきたの? うまいね」
「スイートハートさんと九条天闊です」鈴木早紀が答えた。
「へえ」三井健治は自分しか男がいないことに気づき、「他の男の子は?」
「全員トイレです。ずっと前に入ったまま」
「そんなに仲良し? トイレまで一緒?」
三井健治は眉を上げた。
トイレの中は「仲良し」どころか、一触即発の状態だった。
小便器の前で、九条天闊が中央に立ち、東雲たくまと東雲明海が両側に分かれてジッパーを下ろした。
男には常に優越心がある。
二人は昔、銭湯で互いを比べたことがあり、勝負はつかなかった。今
回は無意識に九条天闊のに視線を走らせ、すぐにそらしたが、顔は青ざめていた。
こいつはやばい、何を食って育ったんだ!
九条天闊は何も言わなかったが、二人の心中を察し、得意げに笑みを浮かべた。
天闊は素早くジッパーを上げて手を洗い始め、東雲たくまと東雲明海も続いた。
三道の水音が響く中、
「九条天闊、初音はお前を好きにならない。諦めろ!」東雲たくまが先制攻撃した。
「俺も諦めない。公平に競争するぞ」東雲明海も続いた。
九条天闊は東雲たくまを完全に無視し、「同感だ。だが俺は絶対負けない――この世で僕ほど初音を理解し、愛している者はいないと自信を持っている」よ東雲明海に厳粛に言い放った。
無視された東雲たくまは激怒した。
「てめえが何だ? 愛だなんて口にする資格がどこにある!」制御を失い、拳を振り上げた。
「東雲くん、君こそ『愛』を語る資格がないよ」
九条天闊は軽々とその拳を受け止め、逆にたくまを壁に押し付けた。