目次
ブックマーク
応援する
13
コメント
シェア
通報

第61話

東雲たくまは深夜2時まで忙しく、寝たのは午前8時近くになってからだった。


九条天闊と篠宮初音はとっくに買い物に出かけていた。


たくまは怒りを抑えきれず、東雲明海も寝坊していたのを見て、やや気が晴れた。


しかし、ふと考えた。


明海も同行しなかったということは、九条天闊と初音が二人きりだったのか?


たくまは再び怒りと嫉妬で煮えくり返り、スタッフを捕まえて詰問した。


「言え!九条天闊とスイートハートさんはどこに買い物に行った?」


たくまの凶悪な表情と陰鬱な眼差しに、スタッフは息もできず、一言も発せなかった。


アンナと鈴木早紀もこの光景に震えた。


東雲さん、こんな荒れ者だったっけ?


白石香澄は唇を噛みしめ、憤りに満ちていた。


モニタールームの藤田監督と松下監督は興奮していた。


「カット!これだよ!修羅場こそが視聴率の源だ!」


三人の男が一人の女を巡る争い。


スイートハートさんがいれば、修羅場の名シーンは約束されたも同然だ。


結局、東雲明海が東雲たくまを引き離し、低声で諭した。


「初音にもっと嫌われたいなら、続けなさい」


この言葉は効いた。


「お前は初音が九条と一緒でもいいのか?」

東雲たくまはすぐに凶暴さを収めたが、嫉妬は消えなかった。


「あんたよりマシだ。九条は少なくとも本気で初音を愛している。あんたは初音を傷つけるだけだ」

東雲明海は病院の件を思い出し、冷笑した。


この言葉は東雲たくまの痛い所を二度も突き、彼の目は一瞬で赤くなり、体が微かに震えた。


二人の会話は極めて小声で、周囲には聞こえなかったが、東雲たくまの反応からかなりのショックが伺えた。


藤田監督と松下監督は膝を叩いて悔しがった。


音が入ってない! しかし考え直せば、視聴者の想像に任せた方がより効果的かもしれない。


東雲たくまは分かっていた。


過去の自分はクズだったことを。


だがもう悔い改めた。


なぜ誰もチャンスをくれない?


「一度悪い道に入っても、悔い改めれば立派な人になれる」とよく言うが。


初音、俺はどうすればいい?


篠宮初音と九条天闊が買い物から戻るまで、バケーションハウスは不気味な静けさに包まれていた。


二人は朝食を買ってきて、全員分を用意していた。


アンナが真っ先に座って食べ始め、他のメンバーも続いた。


しかし東雲たくまだけは立ち尽くし、篠宮初音をじっと見つめ、目には悔しさが溢れていた。


篠宮初音はたくまを完全に無視し、さっさと席に着いた。


九条天闊の上機嫌な様子は、東雲たくまと東雲明海にはすぐにわかった。


二人きりで何かあったに違いない。


そうでなければここまでご機嫌なはずがない。


まさか告白したのか?


ありえない!


撮影中に九条天闊がそんな勇気はない。


仮にしたとしても、初音が承諾するわけがない。


二人は嫉妬しながらも冷静だった。


篠宮初音は九条天闊に幾分か親近感を抱いているかもしれないが、決して恋ではない。


初音が誰にも心を動かしていない限り、チャンスはまだある。


しかし不安は消えなかった。


九条天闊が男子トイレに入ると、東雲たくまと東雲明海もその後を追った。


番組スタッフ待望の修羅場到来! しかしトイレにカメラはなく、もどかしい限りだった。


アンナは悟った。


自分はスイートハートさんの引き立て役なのだ。


トップ女優の自分が脇役で終わるなんて、たまらない。


鈴木早紀と白石香澄も同様で、特に白石香澄はこの番組に出るために払った代償を思い出すと、あの禿げたおっさんを思うだけで吐き気がした。


三井健治は最後に階下へ現れ、あくびをしながら席に着き、豆乳を飲みながら訊いた。


「誰が買ってきたの? うまいね」


「スイートハートさんと九条天闊です」鈴木早紀が答えた。


「へえ」三井健治は自分しか男がいないことに気づき、「他の男の子は?」


「全員トイレです。ずっと前に入ったまま」


「そんなに仲良し? トイレまで一緒?」

三井健治は眉を上げた。

トイレの中は「仲良し」どころか、一触即発の状態だった。

小便器の前で、九条天闊が中央に立ち、東雲たくまと東雲明海が両側に分かれてジッパーを下ろした。


男には常に優越心がある。


二人は昔、銭湯で互いを比べたことがあり、勝負はつかなかった。今


回は無意識に九条天闊のに視線を走らせ、すぐにそらしたが、顔は青ざめていた。


こいつはやばい、何を食って育ったんだ!


九条天闊は何も言わなかったが、二人の心中を察し、得意げに笑みを浮かべた。


天闊は素早くジッパーを上げて手を洗い始め、東雲たくまと東雲明海も続いた。


三道の水音が響く中、

「九条天闊、初音はお前を好きにならない。諦めろ!」東雲たくまが先制攻撃した。


「俺も諦めない。公平に競争するぞ」東雲明海も続いた。


九条天闊は東雲たくまを完全に無視し、「同感だ。だが俺は絶対負けない――この世で僕ほど初音を理解し、愛している者はいないと自信を持っている」よ東雲明海に厳粛に言い放った。


無視された東雲たくまは激怒した。


「てめえが何だ? 愛だなんて口にする資格がどこにある!」制御を失い、拳を振り上げた。


「東雲くん、君こそ『愛』を語る資格がないよ」

九条天闊は軽々とその拳を受け止め、逆にたくまを壁に押し付けた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?