松本玲子がマスクを貼り、リビングのソファに横になったばかりの時、篠宮初音がドアを押し開けて入ってきた。
「初音、デート終わったの?こんなに早い?もっとゆっくりしてれば良かったのに」松本玲子はからかうように瞬きした。
「……」
初音は返事せず、バーカウンターへ直行し、自分で水を入れた。
「デートじゃない。ただ寄り道で暁の光児童養護施設に行っただけ」
松本玲子は長く「へえ」と声を伸ばした。
「じゃあ、場所を変えてデートしてたってことね」
篠宮初音は松本玲子がわざとからかっているとわかっていた。
このマネージャーはプライベートでは若者に負けないほどのゴシップ好きだった。
初音はグラスを持って歩み寄り、横になっていた松本玲子がすぐに座り直し、クッションを抱えてスペースを空けた。
篠宮初音は座り、グラスの水を一気に飲み干した。
グラスをテーブルに置いて、軽く音が立ち、初音は落ち着いて言った。
「私……新しい恋を始めようと思うの」と。
松本玲子の目が輝き、すぐに近寄った。
「早く話して!どういうこと?相手は時雨快晴さん?いいね、ハンサムでお金持ち、しかも超エリート!結婚したら、堂々たる名門の奥様だよ。東雲たくまのあの野郎を怒らせて、彼に離れた方が幸せだってわからせてやるの!」
篠宮初音は東雲たくまに復讐するつもりはなかった。
それではまだ未練があるように見えるだけだ。
実際、初音はすでにたくまへの思いを完全に断ち切っており、たくまのことはどうでもよくなった。
ただ、今になってたくまがしつこく絡み、涙ながらに復縁を求めてくることに、快感は覚えず、ただ煩わしかっただけ。
むしろ、どうして昔あんな男を好きになったのか、自分でも疑問に思うほどだった。
悪霊にでも憑りつかれて、正気を奪われていたのか。
「快晴さんじゃない」篠宮初音は首を振った。
「私と快晴さんはお互いにそんな気持ちはない。彼は私を妹のように扱い、私も彼を兄だと思っているだけ」
初音の言葉が終わらないうちに、「じゃあ、恋人同士みたいな兄妹ってことね!」と松本玲子が即座に続けた。
「松本さん、冗談はやめて」篠宮初音は呆れながらクッションで軽く叩いた。
付き合いが長くなるほど、松本玲子が知人前では子供のように無邪気になることに気づいていた。
外で見せるクールで高飛車なマネージャー像とは別人のようだった。
「はいはい、やめるよ」松本玲子は笑って降参した。
「時雨快晴さんじゃないなら、誰に心を動かされたの?わたしの知らない男性なの?正直に話しなさい。白状すれば寛大に許してあげる!」
「九条天闊です。九条グループの執行役員社長」
松本玲子はすぐにスマホで九条天闊を検索した。
「わあ、本当にハンサム!時雨快晴さんにも負けてないわ。でも……どこかで見た気がする。どこだったかな?」と。
経済ニュースや雑誌ではなかった。
玲子はそういうのには興味がない。
「天闊さんも『ハートシグナル』の収録に参加しています」
篠宮初音の声がタイミングよく響いた。
「なに?!」松本玲子は興奮のあまり思わず叫び、ソファから飛び上がりそうになった。
「初音、この九条さんもやる気満々だね!たくまと喧嘩にならなかったの?」
「松本さん、落ち着いて話を聞いて」篠宮初音は額に手を当てた。
「早く、早く話して!こんな修羅場の展開、大好きなんだから」と松本玲子も自分が過剰反応したと気づき、再び座り直したが、興奮は抑えきれない様子だった。
「……」
「……」
松本玲子の好奇心旺盛な様子を見て、初音はもう素直に放すしかないと思った。
ならば全て話そうと、東雲明海のことも含めて説明した。
松本玲子は聞き終えると、親指を立て、「これはまさにトップクラスの修羅場だね!元夫は爆発しなかったの?でも怒って死んだら最高よ、世の中からクズ男が減るんだから。私はあなたと九条天闊さんが一緒になるのを全力で支持するわ!」と感想を述べた。
「番組の収録が全部終わったら、きっと天闊さんにはっきり返事をする」篠宮初音は真剣な口調で言った。
初音は軽々しく決めないが、一度決めたら揺るがない。
九条天闊と共に歩むと決めたら、天闊が諦めない限り、初音も離れない。
篠宮初音は熱いシャワーを浴び、簡単にスキンケアを済ませて布団に入った。
初音の肌は元から美しく、手入れも最小限で済む。
時には何もしなくても、なおさらつややかで透き通るようだった。
松本玲子はよく「天に恵まれた顔だ」と言い、顔もスタイルも肌も完璧で、男を狂わせ、女を妬ませるとからかった。
だが、もし代わりに子供を取り戻せるなら、初音は喜んで全てを捨てただろう。
初音の手は無意識にお腹に触れた。
あの日からずいぶん経つのに、心を貫くような痛みは今も鮮明だった。
唇を噛みしめ、血の味が広がって初めて、自分が唇を噛み切っていたことに気づいた。
突然の着信音が初音を苦しみの淵から引き戻した。
九条天闊からの電話だった。
この瞬間、初音はこれほどまでに天闊の腕に抱かれたいと思ったことはなかった。
全ての仮面を脱ぎ捨て、ただ本当の自分のままで彼に寄り添いたい。
「九条天闊、会いたい」理性の扉が壊れ、感情が溢れ出た。
電話の向こうで一瞬の間が空き、「僕の車……今、君が住んでいるマンションの入り口に停まっている」と続いて九条天闊の嗄れた、微かに震える声が返ってきた。
九条天闊は彼女を送り届けた後、すぐ離れていなかった。
もっと近くにいたかった。
一分一秒でも長く一緒にいたかった。
抱きしめ、キスをし、初音を自分の体に溶け込ませたい。
切ない思いが天闊を蝕み、心も体も疼いた。
我慢できずに電話をかけたところ、まさか初音から「会いたい」という言葉を聞くとは。
初音……僕のことを想ってくれていた!
二十五年の人生で、九条天闊はこれほどまでに狂おしいほどの喜びを感じたことはなかった。
幸福感の波に飲まれ、天闊は何度も初音の名を呼んだ。
全ての欲望が、今この瞬間に頂点に達していた。
篠宮初音は着替えもせずにドアを出た。
九条天闊の車が入口に停まり、ヘッドライトが周囲の闇を切り裂いていた。
天闊は急いで車を降りたが、初音の薄着を見るとすぐに上着を脱ごうとした。
しかし、その前に篠宮初音の切実な声が響いた。
「天闊先輩、キスしてもいい?」と。