中村先生は、孫娘と手をしっかり握り締め、東雲宗一郎が懸命に話そうとする姿を見て、そっと背を向け、涙を拭った。
「はつ……はつね……お……お前……泣かないで……」東雲宗一郎は必死に慰めようとした。
篠宮初音はすぐに涙を拭い、笑顔を見せた。
「宗一郎おじいちゃん、泣いてないよ、嬉しくて!」と声は涙で詰まっていたが、喜びに満ちていた。
中村先生も気持ちを落ち着かせ、「篠宮さん、医者の話では、おじいさんは今週中に退院して自宅療養できるそうです。専門のリハビリスタッフが自宅に来てくれますから、効果は同じですし、家の方が快適ですよ」と伝えた。
篠宮初音は理解した。病院の雰囲気はやはり重苦しい。家に帰った方が確かに回復には良い。
「退院日は決まっていますか?」
「明後日です」
「わかりました。明後日、私が宗一郎おじいちゃんを迎えに来ます」篠宮初音はきっぱりと約束した。
病院を出た後、篠宮初音は直接家に帰らず、ショッピングモールで季節の衣類を買い物した。
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三井健治とチームメイトたちが食事をしようとモールに入った時、鋭い目で極めて見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「先に店で注文してて。知り合いらしき人を見かけたから、ちょっと行ってくる」三井健治はチームメイトにそう言った。
「おー、健治先輩、どんな知り合い?彼女とか?」チームメイトがからかった。
「違うよ、お姉さんだ。行ってくる」三井健治は手を振り、速足で後を追った。
その後ろ姿は「スイートハート」にあまりにも似ていたが、マスクをしていないので確信が持てなかった。
篠宮初音は鋭く尾行されていることに気づいた。
振り返らず、さりげなくコンパクトミラーを取り出し、鏡に映った三井健治の若い顔を確認した。
初音は胸が締め付けられる思いで、すぐに歩調を速めた。
三井健治はその後を必死で追い、内心葛藤していた。
声をかける?
間違っていたら恥ずかしいじゃないか?
でもこんな風に尾行するなんて……ストーカーみたいだ!
篠宮初音は女性用衣料品店に素早く入った。
三井健治は店の外で止まり、しばらく悩んだ末、大きな装飾柱の陰に隠れた。
篠宮初音が服を買い終えて店を出ると、柱の後ろからはみ出した服の端が見えた。
あきれながら、初音は柱のそばまで歩み寄り、「健治、ずっとここに隠れてるつもり?それともまだ私を追いかける?」と言った。
その聞き覚えのある声で、三井健治はすぐに確信し、飛び上がるほど喜んだ。
「姉貴!やっぱり姉貴だった!絶対超美人だと思ってた!姉貴より可愛い人なんていない!」興奮のあまり、抱きつこうとした。
「ストップ!」篠宮初音はすぐに手で制止した。
「姉貴、誤解しないで!ただ嬉しくて!他意はないよ!」
三井健治は我に返り、恥ずかしそうに頭をかいた。
「わかってる。でなければ、さっきの行動だけで、もう手を出してたわ」篠宮初音は眉を上げた。
「へへ、俺は超まじめな人間だよ!姉貴、まだ食事してないでしょ?しゃぶしゃぶどう?超うまいんだ!」三井健治は思わずある部位を押さえ、前回の教訓を思い出し、照れ笑いした。」
この時点で、店で待っているチームメイトのことは完全に忘れていた。
もしチームメイトたちが、クールでカッコいいキャプテンがこんなに「べた褒め」モードになっているのを見たら、目玉が飛び出るだろう。
涼しいクーラーの効いた室内で食べるしゃぶしゃぶは確かに快適だった。
「姉貴、『スイートハート』って芸名だよね?本名教えてくれない?無理ならいいけど」三井健治は肉をスープのなかで揺るしながら聞いた。
「篠宮初音」篠宮初音はもう隠す必要もないと思った。
三井健治は真剣に復唱した。
「篠宮初音……すごくいい名前!姉貴のような美人にピッタリだ!」心から褒めた。
「お世辞がうまいのね」篠宮初音は笑った。
「本心だよ!姉貴!」三井健治がそう言った瞬間、携帯が鳴った。
「健治先輩!まだ来ないの?」電話の向こうでは騒がしい声がした。
「健治先輩、料理全部出そろったよ、待ってるよ!」
「健治先輩、そのお姉さんも一緒に連れてきてよ!」
三井健治はようやくチームメイトのことを思い出した。
「お前らが先に食べてて。俺は姉貴と食べていいの」健治は一瞬でクールモードに切り替え、淡々と言った。
そう言ってさっさと電話を切った。
そこへ、初音の携帯も鳴った。
松本玲子からだった。
篠宮初音が友人と食事していると知ると、松本玲子は詳しく聞き出し、すぐに場所を聞いてやってくると言った。
篠宮初音が電話を切り、「私のマネージャーがすぐ来る」と言うと、松本玲子は確かに近くにいて、10分もしないうちにしゃぶしゃぶ店に颯爽と現れた。
前回の別荘では三井健治は早く帰っていたので、松本玲子と会っていなかった。
今回この気品あふれる、メイクも完璧な女性を見て、三井健治は心臓がバクバクし、頬が熱くなるのを感じた。
健治は自分が……病気なのか?いや、違う!
これは恋だ!
この美しい「お姉さん」に一目惚れしたのだ!
松本玲子の注意は全て篠宮初音に向いていたので、三井健治の異変には気づかなかった。
しかし、次の瞬間、元気いっぱいの「おばさん!」という声が響いた。
「おばさんこんにちは!僕は三井健治です!初音さんの友達です!お会いできて超嬉しいです!」
三井健治は自分史上最高にカッコいい笑顔を見せた。
お……おばさん?!
松本玲子は一瞬で石化した!
年齢的には確かに若くはないが、きちんとケアしており、雰囲気も抜群で、業界の人からは「玲子姉」や「姉貴」と呼ばれている。
このガキ、いったい何考えてるの?!まったく!
篠宮初音は笑いをこらえながら、三井健治が大変な目に遭う予感がした。
案の定、松本玲子は深く息を吸い、全力で反撃した。
「誰をおばさんって呼んでるの?!私はまだ三十歳よ!ガキは何歳なの?!」声は高くなったが、「三十歳」と言った時、明らかに自信がなさそうだった。
「あ!お姉さんだ!」三井健治は素早く反応し、平然と言い直した。
「口が滑りました!僕は二十八歳です。お姉さん、私たち同い年くらいですね。一目惚れしました!僕と付き合ってください!誠意を見せるために……」
そう言うなり、彼はさっと近寄り、松本玲子の頬に「ちゅっ」と大きな音を立ててキスをした!