松本玲子は18歳の時に、短い間だったが、付き合った彼氏がいた。
当時は風紀が厳しく、手を繋ぐことさえ数えるほどで、ましてやキスなどありえなかった。
それが今、明らかに年下の「ガキ」に人前で頬にキスされるとは!
玲子は100%確信していた。
この男が28歳なわけがない。
せいぜい21、22歳だ。
自分が年齢を偽れるなら、相手も当然同じだろう!
しゃぶしゃぶの店は人目が多く、松本玲子は声を押し殺して言った。
「ガキ、何をしているの!出て行け!」
三井健治は素直に「はい、ダーリン!」という呼び方を一瞬で「お姉さん」に変更した。
松本玲子のこめかみに青筋が浮かぶ。
「今すぐ!出て行け!」怒りを必死に抑えている。
篠宮初音は「ご武運を」という眼差しを送りつつ補足した。
「玲子姉、彼はeスポーツ選手の三井健治です。手加減してね」
「心配ない。試合にはまだ出られるから大丈夫だ」松本玲子は冷たく笑った。
三井健治は平然として、篠宮初音に「大丈夫」と目配せし、楽しそうに松本玲子について行った。
「ダーリン、どこへ連れて行くの?」三井健治は口先の勝負を続ける。
言葉が終わらないうちに、松本玲子が振り向きざま、健治の襟首をつかみ、隣の空き喫煙室に引きずり込んだ。
ドアを「バン!」と閉めると、壁に押し付けて壁ドンした!
「そういう呼び方やめろう!」松本玲子は一語一語噛みしめるように言い、眼光鋭く睨みつけた。
「はい、ダーリン」三井健治はニヤニヤしながら、隙を見て反対の頰にも素早くキスをした!
松本玲子は胸を波打たせながら怒りに震えた。
相手がeスポーツ選手であることを慮らなければ、本当に殴りたいところだった。
深く呼吸して言った。
「玲子姉か松本さんって呼びなさい!」
三井健治はここで大人しく「玲子姉」と呼んだ。
「玲子姉、本気です。僕と付き合ってくれませんか?」ふざけた表情を収め、意外にも真剣な眼差しを向けてきた。
松本玲子もこれまでに告白されたことはある。
立派な男性も多かったが、年下の「ガキ」にここまで大胆に告白されるのは初めてだ。
28歳と言っても、あの若々しい顔は誤魔化せない!
「正直に言うわ。私は38歳で、30歳じゃない。年が離れすぎて無理よ」松本玲子は年齢で諦めさせようとした。
三井健治は微動だにしない。
「玲子姉、じゃあ僕も白状します。実は35歳で、28歳じゃないんです。ただ3歳の差だけです!」まじめくさってでたらめを言う。
35歳?
35歳のeスポーツ選手なんかありえない?
嘘にも程がある!
「28歳でも35歳でも構わない。とにかく私を追いかけ回すのはやめなさい!でなければ容赦しないから!」松本玲子は拳を振りかざすふりをした。
三井健治は避けもせず、むしろ嬉しそうに笑った。
「玲子姉に殴られるなんて、む光栄です!」
松本玲子の拳は宙に浮いたまま、打つこともできず。
もういい!関わらなきゃいいんだ!
玲子はさっさと手を引くと、喫煙室のドアを開けて逃げるように出て行った。
しゃぶしゃぶ店に戻ると、無言で会計を済ませ、笑いをこらえる篠宮初音の手を引っ張って店を出た。
ショッピングモールを出るまで、篠宮初音はようやく笑い出した。
「玲子姉、あれって彼を懲らしめたつもりが、逆に……バカにされたたんじゃ?」
「もちろん私がとことんまでまでやり込めたわ!」松本玲子は強がったが、耳の根が少し赤くなっていた。
「どうしてそんなカギと友達になったの?」落ち着いてから松本玲子が聞いた。
「健治も恋バラ番組の男性ゲストですよ」
「まさか初音目当てじゃないわよね?」松本玲子は番組の男性ゲストと聞くと警戒する。
「いいえ、収録前は全然互のこと知りませんでした」
「じゃあ彼……本当は何歳なの?」聞いた後で不適切だと気づき、「まあ、ただの雑談だけど……」
「21歳」篠宮初音は即答した。
21歳?!
17も年下だ!息子にでもなりそうなガキに馬鹿にされたとは!
松本玲子の顔が真っ赤になった。
怒りか恥ずかしさか、あるいはその両方か。
「玲子姉、実際のところ……恋愛してみようとは思わない?三井さんは年は若いけど、素直なこだよ。気になるなら、年齢なんて問題じゃないわ」篠宮初音は探るように聞いた。
「私に求婚するエリート男はたくさんいるのに!17も年下で息子にでもなるようなガキと付き合うなんて、正気の沙汰じゃない!」松本玲子はきっぱり拒絶した。
「もういい、あのガキの話はこれで終わり!服を買うんでしょ?さあ、付き合うわ!」
ショッピングモール2階の反対側。
白石香澄はイライラしながら速足で歩き、後ろからは振り切れない男がついてくる。
渡辺健太だった。
「渡辺君もういいでしょ!好きじゃないって言ってるのに、しつこくしないでくれない?」白石香澄は嫌そうに言った。
渡辺健太は大学時代から白石香澄に憧れてきた。
香澄が海外に行った3年間も心変わりせず、彼女の帰国を知ると猛烈に求愛を始めた。
客観的に言えば、渡辺健太はハンサムで、当時は学内一のモテ男だった。
香澄に至極従順だったが、貧乏で香澄に嫌われていた。
貧乏男と付き合いたくない!
「香澄、あの時命がけで火の中に飛び込んで助けたのは僕だ!命の恩人には体で報いるべきで、僕と結婚するのが当然だ!」渡辺健太はそう言うと、突然袖をまくり、腕の大火傷の痕を見せた。
「全部あの時に残った痕だ!」
その歪な傷痕は衝撃的で、白石香澄はびっくりしたが、同時に記憶がよみがえった!
東雲たくまがかつて誓った言葉を思い出した。
たくまが命がけで火の中に入ったのは白石香澄を助けるためだ!
篠宮初音はただのついでだった!
もし篠宮初音にこの「真実」を知らせたら……さぞ面白いことになるだろう!
どうやってこの情報を流そうか考えていると、人混みの中に見覚えのある姿を発見した!
急いで追いかけようとしたが、渡辺健太に手首を掴まれた。
「香澄!今日はっきり返事をもらうまで、逃がさない!」
白石香澄は早く逃げたくて適当に「ここで待ってて!すぐ戻るから!」渡辺健太は半信半疑で手を離した。
白石香澄は人混みをかき分け、篠宮初音に追いつくと、わざとらしい憐れみと挑発を込めて言った。
「篠宮さん、知りたい?あの火事で、たくまが飛び込んだのは……本当は誰を助けるためだったか」と。