レストランは松本玲子が予約したもので、雰囲気のいい店で、かなり人気がある。
事前予約が必要だ。
松本玲子はここのプレミアム会員だったからこそ、スムーズに席を確保できた。
時雨桜が中に入ろうとした瞬間、入口の接客係に止められた。
「お嬢様、ご予約はお持ちでしょうか?」
「いいえ、人を探しに来たの」
「申し訳ありませんが、ご予約なしではご入店いただけません。お名前とお探しのお客様の名前を教えていただければ、お伝えできますが」
時雨桜は名前を告げたくなかったし、篠宮初音のフルネームも知らなかった。
イライラしながら手を振って、「すみません、結構です」と言った。
桜は入口で待ち構えることに決めた。
あの女は必ず出てくるはずだ!
時雨快晴に送ったLINEメッセージは既読すらつかない。
時雨桜は不安になり始めた。
兄は見ていないのか、それともショックで引きこもっているのか?
まさか何かあったんじゃ…?
考えるほど心配になり、時雨快晴に電話をかけたが、「申し訳ありません、おかけになった電話は現在電源が切れております…」が返ってきただけだった。
兄が電源を切るなんて!
レストラン内、松本玲子は篠宮初音と九条天闊が周りを気にせず仲睦まじくする様子を見て、激しく後悔していた。
自分が本当に余計なことをしたものだ、九条天闊をこの食事に呼び寄せたなんて。
九条天闊は篠宮初音のために丁寧にステーキを切り、エビの殻を剥き、時々一口を運び、ティッシュを渡し、口元を拭う。
二人の目が合うたびに溢れる情熱は、独身者への容赦ない攻撃だった!
松本玲子は我慢できず、軽く咳払いをした。
「そろそろいい加減にしてくださいよ。あなたたちのラブラブぶりでもうお腹いっぱいです。これ以上食べられませんよ。こんな風ラブラブなところを見せびらかすと、私も恋したくなります。でも世の中にはクズ男が多すぎて、九条様のような絶好の男はレアですから、保護対象ですね!」
「彼氏後補、いるじゃん…」
「やめて!話題を変えましょう。二人とも関係を確立したんだから、この後の番組は続けるの?」篠宮初音の言葉を遮り、松本玲子は言った。
結局、九条天闊がこの番組に出たのは篠宮初音に求愛するためだった。
目的を達成した今、続ける気はないかもしれない。
二人が顔を見合わせて黙っていると、松本玲子は続けた。
「契約はもう済んでるし、途中退出したら違約金がバカになりません。まあ、九条様にとっては大した額じゃないでしょうけど。でも番組は一回目の録画済みで、すぐ放送です。途中でやめたら印象が悪い。それより、番組内で公開交際したら?もともと恋愛番組なんだし。あくまで提案ですけど、決めるのはあなたたちです」と。
途中退出は九条天闊には影響ないが、篠宮初音の評価には重大なダメージになる。
「僕は初音の考えで進めたいと思う。初音、どうしたい?」と九条天闊は突然篠宮初音の手を握り、優しい目で言った。
「うん、続けよう」篠宮初音も途中退出は無責任で視聴者に申し訳ないと思い、松本玲子にも迷惑をかけたくないと感じ、頷いた。
「続けるなら、番組終了までは交際は絶対に秘密にしてくださいね!最終回で発表すれば、視聴者のスムーズに受け入れられるよ」松本玲子は安堵の息をついた。
******
時雨桜はレストランの外で丸1時間待った。
時雨家のお嬢様として、こんな屈辱を受けたことがあったか?
胸の怒りはますます膨れ上がり、爆発寸前だった。
さらに長い時間が過ぎ、ようやく篠宮初音たちが出てきた。
「篠宮!この浮気女!兄の裏で他の男とつるんで、図々しいわ!」時雨桜はすぐに飛び出し、腰に手を当てて怒鳴った。
時雨桜が突進してきた瞬間、九条天闊は反射的に篠宮初音を自分の懐に引き寄せた。
「厚かましい!」
この光景に時雨桜はさらに激怒し、足を踏み鳴らして罵った。
篠宮初音は状況が飲み込めず、九条天闊の目は冷たかった。
相手が女性でなければ、すでに手を出していただろう。
「どこからのガキ?口の利き方に気をつけなさい!彼らは正真正銘のカップルだよ。あなたの口では不倫みたいになってるじゃない。飯は適当に食えても、言葉は適当に吐くな!」
篠宮初音が口を開く前に、松本玲子が前に出た。
通行人たちがじろじろ見物する中、篠宮初音は早く終わらせたかった。
九条天闊の腕から抜け出し、安心させるような目線を送った。
常に守られる一方ではいられない。
「お嬢さん、誤解じゃないですか?この人は私のボーイフレンドです。あなたのお兄様はどなたですか?」
「うそつき!あなたは兄の彼女でしょ!二股かけて、恥知らず!」
「『恥知らず』 にも程がある?さんざん言ってるけど、あなたの兄って何者なの?」松本玲子は頭にきて、もはや体裁も気にしない。
「兄は時雨快晴だよ!」
この名前を聞いて、三人の表情が一変した。
「とにかく、兄の代わりにあなたのような浮気女を懲らしめてやる!」時雨桜は彼らが動揺したところをみて、さらに調子に乗った。
そう言うと、篠宮初音の頬を打とうと手を振り上げた。
九条天闊は素早く時雨桜の手首を掴み、強く振り払った!
時雨桜はよろめいて地面に転がった。
甘やかされて育った桜はこんな屈辱を受けたことがない。
「私をいじめるなんて兄に言いつけるから!」桜は泣き叫んだ。
時雨快晴の顔を立てて、篠宮初音はこれ以上桜を責めようとは思わなかった。
ただ桜の行為が滑稽に思えた。
問題がある度に兄を頼りにするのか?
まだ乳離れしてないのか?
初音は時雨桜の前に歩み寄り、辛抱強く説明した。
「時雨さん、なぜ誤解されたのか分かりません。ですが、信じてくれなくても、快晴さんとはあくまでもただの友達です。それだけです」