時雨桜は、実は遠くまで行っていなかった。
桜は街角で服の裾を握りしめ、時雨快晴が追いかけてくるのを心待ちにしていた。
夕方近くから夕闇が迫るまで待ったが、あの慣れ親しんだ姿は結局現れなかった。
最初の怒りは冷や水をかけられたように消え、ただ果てしない絶望だけが残った。
最後には、その絶望さえも恐慌に変わった。
兄ちゃんが本当に自分を捨ててしまうのではないかという恐怖だった。
細かい嗚咽が喉から絞り出され、やがて抑えきれない号泣に変わった。
桜はボロボロの壁際にしゃがみ込み、膝に顔を埋め、肩を秋風に揺れる木の葉のように震わせた。
どれくらい経っただろうか。
頭上から聞き慣れたため息が聞こえた。
時雨桜が顔を上げると、時雨快晴の痛ましさに満ちた瞳とまっすぐに向き合った。
彼は数歩離れたところに立ち、革靴の先に少し埃がついていた。
明らかに桜を探し回っていたのだ。
「お前な、幼稚園児なの、まだ道端で泣いて」
快晴は近づき、温かい手を桜の頭に乗せ、優しく撫でた。
その温もりに時雨桜はさらに鼻の奥が熱くなった。
涙をこらえながら「兄ちゃん……」と声を詰まらせた。
「本当にもう二度と僕の顔、見たくないの?」
時雨快晴は桜の前にしゃがみ込み、指先で頬の涙を拭った。
「それとも、さっき兄ちゃんが厳しすぎたと思った?」
「違う!」桜は激しく首を振り、また涙をこぼした。
「兄ちゃんが私を捨てるんじゃないかって怖かった……兄ちゃん、私、悪かった。篠宮さんと喧嘩するんじゃなかった。今すぐ謝りに行くから、いい?」
時雨快晴は妹の真っ赤になった目を見て、胸がぐしゃりと崩れるほど優しい気持ちになった。
桜は時雨家で十数年甘やかされて育ち、確かにわがままではあるが、決して悪い子ではない。
ただ、自分にとって本当の妹である篠宮初音が児童養護施設で苦労して育ったことを思うと、針で刺されるような痛みを感じた。
「謝るのは当然だが、急がなくていい」快晴は桜を立ち上がらせ、スカートの埃を払った。
「まずホテルに戻って、涙を拭こう。これ以上泣いたら、明日目が腫れるぞ」
時雨安桜は鼻をすすりながら、素直に快晴の手を握った。
二人の足音は夕風に混ざって遠ざかり、影は街灯に長く伸びていた……
その頃、都心の九条家の屋敷では、九条の母親がテーブルをぐるぐると回っていた。
庭の金木犀が甘い香りを漂わせていたが、彼女はそれさえも苛立ちに感じていた。
「天闊と初音さんはまだ来ないのかしら?もしかして道中で何かあったんじゃないかしら?」
九条の父親はコップを持ち、まぶたも上げずに答えた。
「焦るな。来られないなら、とっくに連絡がある」
「ずいぶん落ち着いてるわね!」九条の母親はお父さんのコップを奪おうとしたが、お父さんが持っている経済新聞が逆さまだと気づいた。
「新聞さかさまよ。どうしてそんなに平然としていられるの?」
九条の父親は軽く咳払いをし、新聞を正しい向きに直した。「これは逆思考の訓練だ」
その言葉が終わらないうちに、ドアの外で車のエンジンが止まる音がした。
「来たわ来たわ!」九条の母親はすぐに迎えに出た。
篠宮初音は九条天闊について客間に入るとき、手には贈り物の箱を提げていた。
「おじさん、おばさん、お邪魔します」初音は月のように目を細めて笑いながら挨拶した。
「さあ、お入りください」九条の母親は初音の手を離さず、ふと初音の手首に目を留め、何かを思い出したように装飾箱から翡翠の腕輪を取り出した。
「初音さん、これは私の母親からの結婚プレゼントです。あなたにぴったりだと思います。」
透き通った緑の腕輪は一目で高価なものとわかった。篠宮初音は慌てて手を振った。
「おばさん、これはあまりに高すぎます……」
「受け取ってください」九条の父親が穏やかながらも重みのある声で言った。「元々天闊の彼女にプレゼントしたいものですから」
篠宮初音はぽかんとし、天闊の方を見た。
天闊は自分に向かって笑っていた。
初音の指先はひんやりとした翡翠に触れたが、心は温かく満たされた。
家族として迎えられる感覚は、こんなにも安心するものなのだと初めて知った。
「それでは、おじさん、おばさん、ありがとうございます。」初音は静かに腕輪をはめ、寸法がちょうどぴったりだった。
「そうこなくっちゃ!ちょっと台所に行って見てきますね、スープを煮ていますから」九条の母親はさらに嬉しそうに笑った。