「いやぁ……本当に夜は散々だったなぁ……」
愚痴をこぼしつつ手を動かす。それと同時に男の断末魔が響く。
しかしそいつには目もくれず、薄暗い建物の中を駆け抜けて次のターゲットを探す。
「なんでいきなり
「な、何いってんだおまっ――」
「うっせぇなぁ……」
人が考え事してるときに話しかけ来るな。殺すぞ――って、もう死んでたわ。
てへっ。
「しかもあの感じはロスタリテ狙いなわけだろ。当の本人も亡霊を殺せと俺に依頼してるし……あぁダメだ、考えだしたらキリがねぇ」
さて。ここはジョイビア領の郊外だ。今回は麻薬を密輸していた盗賊団の壊滅、もとい暗殺を依頼されている。
そもそも、こういう仕事は基本的に冒険者の仕事だ。
が、冒険者ギルドがここを認知していなかったこと、ストレスの多い冒険者は薬物系統に手を染めやすいこと、領主の死亡によって行政が麻痺していること、という三つの理由が重なった結果、なぜか俺みたいな暗殺者がやることになった。
組織がこういうところで介入してくるのはこれまでにも何度かあったし、やはり彼らは暗躍する正義の味方をやりたいんだろうと思う。
本来は騎士団の仕事なのだが、グレイラが領主を殺してしまった――わざとじゃないが――からか、そっちの方で色々忙しくやっているようなのも大きい。
なんだかグレイラのせいで俺がひどい目にあっているような気もするな……なんて思っていると、少し遠くで一人殺したグレイラがこっちを
その表情からは「何か文句あるか」と言われているような気がしてしまい、慌てて思考を逸らす。
「な、なんで
「お前らみたいな奴の嘘は何万回も聞いてる。それは、嘘つきの目だ」
「くそっ、誰かたすけ――」
逃げようとしたこの男の首を落とし、騒がしかったこの場所にも静寂が降り立った。……こんなところにまで俺の二つ名広がってるんだなぁ。
「これで仕事は終わりかな」
刀身が伸びていない、いつものナイフを振って血を払う。
そのまま外へ出てグレイラにとあることを頼む。
「そうだな……面倒だし、グレイラ。この建物を灰燼に帰してくれないか?」
「火力の調整をしなくていいなら楽じゃの」
刹那、グレイラの手のひらから巨大な炎の波が現れた。唖然としているうちに炎は止まり、ものの十秒で二階建ての屋敷は更地になってしまった。
いやぁ、そこら辺の解体屋なんかとは比べ物にならんな。いっそ、いつかこれで商売するのもありかもしれない。多分老後の話にはなるだろうが……
と、その時、何かが風を切る音がした。
「なっ……!?」
俺は咄嗟に手に持っていたナイフで迎撃。
すると、どうやら俺は相手の剣を弾き返したようだ。
襲撃者は自分の攻撃に反応されたからか激しく動揺している。そのまま大きく一歩後退し、相手が有利な間合いを取られてしまった。
「その声色から考えるに女、か。グレイラ、こいつに見覚えとか心当たりは?」
「ないの。強いて言えば……どこか異質な魔力をまとっておる。言うなれば、この世界のものではないような――」
「黙れ外道。神を殺し、その女を誑かし、あまつさえ人の屋敷を堂々と燃やすとは! このゆう――私が討伐してくれるわ!」
ふむ……なぜか相当な勘違いをされているらしい。
はて、俺もこんな黒装束の女に心当たりはない。唯一見えるその目は淡く金色に煌めいており、どこか神聖な雰囲気すらも感じる。
少し視線をずらせば豊満な胸が視界に入る。ピチッとした黒装束のせいでより強調されているのだから仕方ない。そう、仕方ないのだ。
そしてもう少し下を見れば、右手に強く握られた剣――言い換えるならロングソードがあった。持ち手の部分には神々しい装飾が施されており、それが普通の剣のようには思えなかった。
「まずは誤解を解くところからだな。神についてだが――」
「うるさい」
できる限り穏やかな口調で話しかけたはずなのだが、それを切って捨てるように――というか、俺も切り捨てるように首を狙っての横薙ぎが飛んできた。
身体能力が上がったからかそれは余裕で見切ることが出来たので、しっかりと回避を行う。
「あれは、簡単に言えばただの死んだ霊。人に害を成す『亡霊』だよ。俺もひどい目にあった」
「そんな戯言を……信じるものか」
次は刺突からの突き上げか。それも回避して言葉を紡ぐ。
「この女――グレイラは古式ゆかしい契約の元に俺といる。誑かしてなんかないし、むしろあっちから来たぞ。ご主人様とか呼んでるし」
「ごしゅ!? そ、そんなえっちなの……死刑!」
「なんでそこで反応するかなぁ!?」
だんだん剣撃が粗くなっていく。最初は何かの流派の型にはまっていたものが、そこから雑な、それこそ初心者の剣みたいになっている。
「えーっと、最後の屋敷を燃やした件、これに関しては仕方ないんだ。ここにいた奴らは麻薬を違法に密輸して売りさばこうとしていた。さすがに危険だろ?」
すると。ピタッと女の動きが止まった。
「麻薬……なるほど。それは真実なようだ」
「逆になんでそれは分かるのか知りたいが、まぁいい。俺は多分敵じゃない」
「……私はその『亡霊』から、お前が敵だと聞いているんだけど」
「なら敵だな殺す」
亡霊関係者はもれなく敵だ。ロスタリテの依頼に反しかねない。
「ちょっと待つのじゃ。貴様、さては『勇者』じゃな?」
「な、なぜそれを……!」
勇者……おとぎ話の世界でしか聞いたことのないワードだ。こんな真面目な顔して言われるとなんだか違和感すら覚えてしまうな。
対して女は心底驚いているようだった。なぜバレたのかを一切理解していない様子。ただ、正直腑に落ちるのだ。その剣がやたら輝いている理由が分かるような気がして。
「我の感覚が貴様の異界の力を感知して――というのは間違っておらぬのじゃが、ぶっちゃけその剣じゃ。それ、いわゆる聖剣じゃろ? それを所持するのを許されるのは勇者だけじゃし」
「あっ……」
おっと、こいつさてはポンコツだな? また面白いやつと出会ってしまったなぁ……!
目を見開き、仰天している姿は面白いったらありゃしない。最高だね。酒の肴にしたいくらいだ……お酒まだ飲めないけど。
「まぁなんだ。我々には勝てない。さっきの奇襲の段階から気づいておると思うし、色々な面において我々は貴様に勝っている。もし逃げようとしても、それこそ転移であっても我ならば追いかけることは出来る。聞いておるじゃろ、我が七大古龍が一つ、
「……そう、だね。今の私じゃ勝てないかもしれない。でも、私はその男を殺せって命令されてるの!」
「諦めよ。そして軍門に下れ。もし貴様が重要視されているのならば亡霊共はその身でやってくるじゃろう。あるいは天使かもしれぬがそれでも救援には来る。じゃが――」
グレイラはそこで言葉を切った。
これから残酷なことを言うのだと、暗に伝えるように。
……それはどこか、トドメを刺す時の溜めに似ているような気がした。
「もし来ないのならば、それは貴様が捨て駒である証拠。その時は復讐ついでに付き合ってくれれば良かろう」
その感覚は、あながち間違っていなかった。
闘志が燃えていたその目から光が抜け落ち、燃料の切れた機械のように動かなくなってしまった。別に死んでいるわけではない。よく見れば胸が微かに上下している。
ただまぁ、勇者が魔法も使わずにこのザマか。グレイラの言っていたことは嘘ではなさそうだな。力の面でどうかは分からないが、精神がかなり脆いのだろう。もし仲間にするのなら精神の回復から始めないといけないかもなぁ。
ひとまず、これで一件落着、かな。