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第19話:旅立ち


「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。いつでも帰ってきていいんだからね?」

「まぁ、もし何かあればそうします」


 心配するレヴィラさんの言葉に、俺は苦笑いで返す。多分それでいい。別に死地に赴くわけでもないのだから。


 今回の仕事は、聖女を殺すまで帰れない。もし二年かかれば二年は帰れないし、一週間で終われば一週間で帰れる。それだけのことなのだ。もしホームシックになったならすぐにでも準備を進めてしまえばいい。

 失敗しないように安全マージンは必要だが……それはきっと先輩がどうにかしてくれる。力の差はなくとも、経験の数が違うのだ。俺は黙って従うとしよう。


「後輩。そろそろ時間」

「分かりました。行きましょう」


 目の前にあるのは一見普通の馬車。しかしこれは組織の特別製だ。

 なんとこの馬車には至る所に武器や身を隠す場所、毒薬などなどがある。これに乗せた人は確実に守れるか、あるいは殺せる。確か、通称「ハコビヤ」だったか。


 俺たち――スピクトと、さっきから一言も喋っていないグレイラ――はこれに乗って片道一週間ほどの旅路を進む。


「御者。出発して」

「御意」


 御者と呼ばれた黒尽くめの男は、短く御意とだけ答えた。

 彼は確か執行補佐官、という役職だ。暗殺の技術は足りないが、執行官を補佐するための技術を学んだ者。

 あと名前は知らん。言われてない。


 この場においての上下関係で言えば彼が一番下になる。だから貴族を相手にしたときのような態度なのだ。


 そして馬車に乗る。

 柔らかなクッションの感触を楽しんでいるうちにパチンというムチの音がして、次に馬のいななきが聞こえた。数秒後、ゆっくりと馬車は動き出す。


「ふぅ……風が気持ちいい……」


 数十分後、馬車から身を乗り出して風を堪能していた。

 流れる景色と、どこまでもついてくる空。澄んだ空気。どれも普段の俺の暮らしからは想像もできないものばかりだ。


 馬車に乗った経験はあるが、数年に一回くらいしかその機会はない。だからどうしても子どものように無邪気にはしゃいでしまう自分がいる。


「……ん。後輩、魔物みたいだ。どうする?」


 ふと、先輩が呟いた。

 つられて遠くを見ると、確かに灰色の魔物らしきものが道を塞いでいる。


 御者はその言葉を聞いた途端に「戦ってこい」と言わんばかりに馬車を止めた。


「俺が片付けます。先輩はそこで見ておいてくださいな」

「分かった。後輩のかっこいい姿、見せてね」

「もちろんですっ!」


 威勢よく返事をし、ひょいと馬車を飛び降りた。

 目を凝らしてみれば、数十メートル向こうには三匹程度のコボルト――灰色の毛に、口元から細く鋭い犬歯が生えた醜い犬顔の魔物だ――がおり、小さな棍棒を手にこちらの様子を伺っているのが見えた。


 どうやら先輩は期待してくれているようだ。それに応えなくては……!


「こいつは食料にならないし……〈溶毒凶刃メルズネイト〉」


 手に出現した毒々しい色のナイフ、いや毒そのもの。

 それを一本、コボルトの脳天めがけて投擲する。


 「グギャア!」


 ナイフはしっかりと命中。

 そして奇声を発して赤色の血を吹き出しながらぶっ倒れた。


 横に立っていたお仲間二匹はその死体を見て驚き、やっと俺という敵の存在を認識したようだ。その証拠に怒った様子で棍棒を振り回し威嚇している。力を誇示しているつもりなのだろう。


「そうだな……〈礫弾グラバレット〉!」


 近くにあった小石を拾い、それを弾丸として右側のコボルトを狙撃する。

 そいつも同じような奇声を発して血を吹き出しながら倒れた。


 残されたコボルトは戸惑い、困惑し、そして怒った。ついに俺の方へ走ってきたのだ。醜い顔ながらも表情は激情に歪んでいるのが分かる。


 およそ数十秒、一歩一歩と着実に距離を近づけ、ついに目と鼻の先までやってきた。そこで俺は――


「〈斬首撃スラッド〉」


 手の前側に現れたのは暗い錆色の刃。そして、浮遊するそれを思い切りコボルトに向かって飛ばす。


「グギャ――」


 ついには奇声を上げる暇すらなく首が飛び、力なく倒れる。


「よし、もういないな……やりましたよ! 先輩!」


 ははは、首を切れば魔物も人間も死ぬのだよ。残念だったなコボルトめ!


「うむ。よく頑張った。偉いぞ~」


 これには先輩もニッコリ。


 コボルトという低級の魔物とはいえ、一般人からすれば容易に命を奪う魔物なのだ。それを全て一撃なのだから、多少は褒められる行動だと俺は胸を張って言える。


「じゃあ、先を急ぎましょう」


 そこからは順調だった。何回か魔物や盗賊団が出てきたが、どれも十分以内に片付けることが出来た。


 特に夕暮れの頃、盗賊団が出てきたときの先輩の活躍は素晴らしいものだった。


 盗賊のうち一人が金目のものをどうのこうの言っている間に先輩は馬車を飛び出し、例の「風のごとく駆け抜ける魔法」でその場の全員の武器を奪い去ってしまったのだ。


 いざ奴らが襲いかかろうとした時には既に武器は回収済みで、ジャラジャラと武器が落ちる音によってそれに気づいた奴らの顔といったら最高だった。それは未だに思い出してはこっそりと腹を抱えて笑ってしまうほど。


 しかもその後、先輩は一人を尋問してアジトを聞き出しては数分でそこへ赴き、保管されていた宝物を持って帰って来る、なんてことまでしていた。お陰で思わぬ手土産が出来たので個人的にも嬉しく思っている。


 だがさすがに王都までは一日で到着する距離ではない。夜も更けてきたので、いい感じの開けた土地を見つけてそこで野宿することとなった。


 小さい頃、俺らは組織で野宿の訓練も受けている。

 同じ訓練を受けた人間が三人もいることもあってかテキパキと準備は進み、立派とは言えなくとも不自由ないキャンプ地が出来上がった。


――どこからか聞こえてくる虫の音に、パチパチと小気味よい音を立てて燃える焚き火。夜もまた、町中では味わえない光景を目にして俺の心はとても満ちていた。


「……ねぇ後輩。私と離れてからの生活はどうだった?」

「訓練生になる前と同じですよ。同じ場所に帰って、同じ上司の元で仕事をする……横に先輩がいないのは少し寂しかったですけどね」

「寂しかった? えへへ……そうなんだ」

「先輩?」

「いやいや、なんでもないよ。えへへっ!」


 う~む、よくわからん。俺が寂しさを感じることがそれほど嬉しい……ということはないだろう。俺は悪人の思考は読めても人の思考は読めん。

 そもそもこの人は何を考えているか分からない節があるのでなおさらだ。


「ご主人様。もう夜も遅い。明日に響かぬうちに寝た方が良いだろう。寝ずの番は我がする」


 出発からわけあって一言も喋らなかったグレイラがようやく言葉を発した。


「おっと、そうだな。それじゃあよろしく頼むよ、グレイラ」

「あ、あの……グレイラ、さん? はそれで大丈夫なの?」


 そういえばグレイラについてはほとんど説明していなかったな。ただ俺に仕えているみたいなものだとしか……あまり不用意に正体をバラしたくなかったからな。そこの執行補佐官には特に。


「〈消音域ディサールド〉」


 ひょいと魔法をかければあら不思議。外の音が全然聞こえなくなった。これで心置きなく話せる。


「先輩、炎滅古龍オルドフェルノって知ってますか?」

「ん、知ってるよ。あの伝説の――ってまさか」

「そのまさかです」

「……えっ???」


 先輩のこんなに驚いた顔は見たことがない! いやぁ可愛いなぁ……


「な、なんでそんなすごいのが後輩と一緒に!? ずるい!」

「ず、ずるいって言われても……そう思うよな、グレ――」

「ふふん。そうじゃろう、そうじゃろう? 羨ましかろう?」

「グレイラ!?」

「むぅ~!」

「先輩!?」


 あぁもうダメだ収拾つかん!!!




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