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第2話 夫は私に位置情報発信機を仕込んでいた


神谷初が幼稚園から出てくると、執事が彼女の青ざめた顔と放心状態を見て、「奥様、どちらへ? 私がお送りしましょう」と提案した。


どちらへ?

彼女はもはや頼る場所もなく、行き場は一つしかなかった。


「結構です」


執事は遠ざかる神谷初を見て、どこかおかしいと感じた。その時、携帯が鳴った。

電話の向こうで家政婦が慌てふためいた声を上げ、書斎を整理している時に床一面の散らかり具合に驚いたと言う。

執事はすぐにこの件を神谷律子夫人に報告した。


神谷初は車を駆り、高速道路を疾走し、都会の喧騒を振り切り、人里離れた山中へ向かった。


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神谷グループ社長室の休憩室では、神谷悠真と望月美香がイチャイチャしている中、テーブルの上の携帯が振動した。

神谷悠真は携帯を取り上げ、位置情報アラートを開いた。画面の赤い点が中心位置から遠ざかり続けている。


「ダーリン、航のボクシングレッスン、そろそろ終わる時間じゃない?」

望月美香が後ろから抱きつき、甘えた声で囁いた。


神谷悠真はまとわりついてくる望月美香を押しのけ、速く離れていく赤点を見つめながら、その「ダーリン」という呼び方に突然苛立ちを覚え、心にぽっかり穴が開いたように感じた。

まるで大切なものが指の間からこぼれ落ちていくようだった。


「これからは『お兄ちゃん』って呼んでくれ。人に聞かれて誤解されるといけないから」

そう言うと、スラックスを履いて、振り返りもせずに休憩室を出て行った。


神谷悠真が去ると、望月美香の愛想よく媚びる笑顔は一瞬で崩れ、テーブルにあった神谷悠真と神谷初の写真をゴミ箱に掃き落とした。

彼女は神谷初より若くて美しいし、男を喜ばせることもわきまえている。それに神谷航も彼女の方が好きだ。

なのに神谷悠真はなぜ、まだ神谷初をそんなに気にかけるのか?

きっと昔の情に流されているだけだろう。浮気者と罵られたくないから。ならば、彼女の手で始末してやろう。


郊外の墓地では、春雨がしとしとと降り、薄暗い。

神谷初は墓の前に長い間立っていた。

かつて母親に、ずっと幸せでいることを約束したのに、今はその約束を果たせなかった。

嗚咽が何度も込み上げてきて、ようやくかすれた声で口を開いた。


「お母さん、ごめんなさい。神谷悠真と離婚して、航の親権も彼に渡すことに決めた」

「お母さんも一緒に連れて行きます」

「お母さんをどこへ連れて行くつもりだい?」

突然、傘が差し出され、雨風を遮った。優しい男の声が続いた。

神谷初は顔を上げ、神谷悠真のよく知った端正な顔を見て驚いた。どうやら彼は先ほどの独白を聞いていないようだ。

「どうしてここに?」

「もちろん、心が通じ合っているからさ」

神谷悠真は彼女を抱き寄せた。熱い体温が次第に彼女の冷えた心を温めていった。

「初、君がどこへ行こうと、俺は必ず見つけ出す。突然東京を離れて、本当に心配だった」


初の横顔は彼の胸に押し付けられ、激しく鼓動する心音を聞いた。一瞬、何も変わっていないかのような錯覚に陥った。

だが鼻先に、かすかに馴染みのあるマーガレットの香水の香りが漂った。

それは望月美香の香りだ。


「何を心配している?まさか、私に悪いことしたんじゃないの? 私に知られるのが怖くて取り繕ってるの?」

初は神谷悠真を押しのけ、彼の顔にほころびはないか探ろうとした。


彼女の言葉を聞いて、神谷悠真の表情が突然曇り、彼女が去ってしまうのではと恐れるように彼女の手を握った。

三本の指を天に向けて、墓の前で厳かに誓った。

「初、俺はお母さんの前で誓う。これまでにない、今もない、これからも絶対に君を裏切るようなことはしない。もしそんなことがあったら、雷に撃たれてもいい」

その言葉が終わらないうちに、空に雷鳴が轟き、神谷悠真はびくっと震えた。


天すら彼の嘘を聞き入れたくなかったのだ。

この何年もの間、彼が裏切りながらも、愛情深いふりをして彼女を騙してきたことを思うと、神谷初の美しい眼(に冷たい光が走った。


「天罰なんて必要ないわ」

天の神の手を汚させないで。


「もしあなたが私を裏切ったら、私はあなたの元を去る」

「初、そんなことしないよ」神谷悠真は彼女の手を唇に押し当ててキスをし、声は低く響いた。

「俺は一生、君を行かせたりしない」

この何年もの間、彼女は彼のその愛情深いふりに完全に騙されてきた。


神谷初は心の中で冷笑したが、口調は柔らかくなった。

「でも…私はあなたを信じてる」

突然、神谷悠真の元から離れることが彼女が思っていたほど簡単ではないと気づいた。

東京を離れてからまだ二時間も経っていないのに、彼は彼女を見つけた。

東京中の空港、港、旅客交通機関の裏には、すべて神谷家の産業が絡んでいる。

彼が手を離さなければ、彼女は逃げられない。

彼女はただ様子を見るしかなく、警戒を呼び起こさないように注意し、隊長が迎えに来るのを待たなければならなかった。


神谷悠真はそっと彼女を抱きしめた。

「信じてくれてありがとう。そうだ、さっきお母さんを連れて行くって言ってたけど、どこへ行くんだ?」


神谷初はうつむいて、目に宿る冷たさを悟られないようにした。

「お母さんの墓が老朽化してるの。一度遺骨を霊安所に移したいの」

神谷悠真はほっと一息つき、上着を脱いで彼女の肩にかけ、傘も渡して、しゃがみ込んで墓前の雑草を引き抜いた。

「確かに土が少し緩んでる。改修が必要だな。後で管理人にまずお母さんの遺骨を取り出してもらうよ」


「前に君の名義で土地を落札して、そこに改めて移そう」

「あそこは彼女の好きなチューリップもたくさん植えてある。普段は専門の人が掃除や供養をして、警備もしてくれる。きっと気に入るはずだ」

神谷悠真は立ち上がり、彼女の手を取った。

雷光が走り、雨脚は衰えない。

「ここは危ない。まずは離れよう」

彼は傘をさして彼女を守りながら、山を下りた。


神谷初は、彼の目に映る本物らしい情熱を見つめながら、脳裏には十年前に母親と苦難に遭った時のこと、彼が助けてくれたことが浮かんだ。

母親が最期を迎える時、安らかに旅立てたのも、すべて彼のおかげだった。


彼は明らかに彼女のために多くのことをしてくれたのに、なぜ最後には裏切るのか?

神谷初の唇はかすかに震え、口を開こうとしたその時、神谷悠真が助手席のドアを開けた瞬間、言葉が喉に詰まった。

助手席に、明るい顔をした人物が映った。


望月美香が白いストラップドレスを着て、ショールを羽織り、肌に残る艶めかしい痕を見せていた。

彼女の首にはネックレスがかかり、ネックレスに下がっているのは、たった一つの指輪――それは紛れもなく、初がつい最近無くした婚約指輪だった。


あの時、悲しみのあまり指輪を無くしたが、神谷悠真も自分の指輪を外し、二人でより良いものを作り直すと約束してくれた。


神谷初はゆっくりと神谷悠真を見た。

彼が差し出した左手には、あの婚約指輪が依然としてあり、冷たい光が刃のように彼女の心を切り裂き、息もできないほどの痛みを感じた。


彼はなんと望月美香を彼女の母親の墓に連れてきたのか?

彼女の婚約指輪をあの女に渡したのか?

ついさっきまで、彼の深い情にほんの少し信じそうになったことを思い出すと――初は自分が滑稽に思えた。

神谷悠真は、彼女が未練を抱く価値すらない。

神谷初の心は失望に満ち、背を向けて去ろうとした。

すると神谷悠真は突然手を伸ばし、望月美香を車から引きずり出した――



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