「えっ、なんで? お父様に紹介してほしいって言ってたじゃない!」
俺の帰宅宣言にシエリがびっくり仰天した。
「そんなことは一言も言ってないが……?」
シエリがガーン! とショックを受けている。
俺が紹介してほしいと言ったのはスライムを世話してくれている人物、今回の場合はチェルムだ。
どうやらシエリの頭の中では違う内容に変換されていたようだな……。
「そうはおっしゃいますけど。アーカンソー様は、チェルムに聞きたいことがあるんじゃありませんか?」
「む……」
チェルムに言われて思わず口ごもる。
――「さすがはメイド長の呪いを解いただけのことはありますね」
あのときの言葉が脳裏によみがえった。
「なになに、何を聞きたいの?」
シエリが興味津々といった様子で首を突っ込んでくる。
この話、はたしてシエリに聞かせていいものか。
俺は、しばし考えて。
「また今度にしておこう。ウィスリーを待たせているからな」
無関係な者を巻き込むべきではないと結論し、席を立つ。
シエリが「えっ、ホントに帰っちゃうの!?」とびっくりしているが、本当に帰るつもりだ。
ここに来た目的は既に果たしたのだから。
「そのウィスリーに関わることでもお聞きになりませんか?」
チェルムのどこか面白がっている声が背にかけられた。
振り返る。
「……それは脅しか?」
たとえ相手が誰だろうと、ウィスリーを脅かす存在は決して許さない。
そういう意志を込めて睨み返した。
しかし、チェルムはどこ吹く風といった調子でいつもどおりの笑みを浮かべている。
「まさか。
「フン。殺し合いを仕掛けてきた女がどの口で……」
俺とチェルムの会話を聞いていたシエリがハンカチを噛んだ。
「ううう、アーカンソーとチェルム……絶対仲良くなってるぅぅ!」
今のやりとりのどこに仲良し要素があったというんだ……?
「話自体は日を改めて聞かせてもらう」
だからウィスリーには手出しをするなと念を込める。
チェルムは一瞬だけ真剣な表情を浮かべた後――
「かしこまりました。その折には使いを出します」
いつもの笑みに戻って頭を下げた。
俺はどちらかというと言葉を介さない意志伝達は苦手なんだが、チェルムには誤解なく伝わっていると確信できる。
これも真剣勝負とやらをしたせいだろうか?
まったく、おかしなものだな。
「では、今度こそ本当に失礼する」
「だったら、あたしもついてって――」
「姫様はまた離宮を破壊しましたので、陛下への報告文と反省文を書いていただきます」
「いやあああっ!!」
シエリの絶叫が木霊する中、俺は頭を抱えながら離宮を後にした。
◇ ◇ ◇
俺は姉妹が待つ宿に戻った。
道中にウィスリーにどう声をかけるか、ずっと悩んでいたのだが。
「まあ、それもそうか」
姉妹の部屋をそれぞれノックしたところ、返事はなかった。
俺の看病のために徹夜してくれたんだし、まだ休ませておくべきだろうな。
「となると、どうするか」
自分の部屋のベッドに腰掛け、考える。
すぐやるべきことは
感度の調整と、感度暴走時の緊急対応措置だけだったので、それほど難しくはなかった。
シエリから一時的にスライムを返してもらって
そういえばピケルに頼んだウィスリーの武器が完成するのも数日後か。
二週間は長いと感じたが、毎日が刺激的過ぎてあっという間だった。
こんなふうにひとりで考え事をするのも久しぶりだ。
最近はウィスリーたちと一緒だったから、ひとりの時間は少なかった。
『はじまりの旅団』時代は思索にふける時間はいくらでもあったのにな。
と、ここで扉がノックされた。
「ご主人様、宿の者からおかえりになっていると聞きました。部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
むっ、メルルが起きてきたのか。
「入ってくれ」
「失礼します」
うやうやしく入室してから、メルルはすぐに頭を下げた。
「妹がご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。あの子も気に病んでいましたので、どうか怒らないであげてください」
「怒るだなんてとんでもない。どう慰めていいか悩んでいたくらいだ」
メルルの表情がパァッと明るくなった。
「そうですか! それは良かったです。ご主人様があの子に幻滅してしまったのではないかと私は心配で心配で……」
「幻滅は
「いいえ、とんでもないです! 最近こそあの子は随分と素直になりしたが、遂にボロが出てしまったのではないかとばかり……」
「昔のウィスリーは相当な暴れん坊だったようだしな」
「はい、それはもう! あっ、失礼しました!」
「いいさ」
メルルが妹のことを話すときは彼女の可愛らしい素が見れて、非常にいい。
それにウィスリーよりメルルと先に話せたのはよかったかもしれない。
今後のことを事前に相談しておかなくては。
「ときにメルル。俺はウィスリーに今後どう接してあげるべきだと思う? 何も聞かないほうがいいのか? それとも、今回の原因を追求すべきか?」
「それは……」
メルルが迷いを見せた。
なら、先にこちらの考えを話しておくか。
「俺は基本的に過去の開示は不要だと考えている。どこまで行ってもその者自身の問題だからだ。だが、それが現在の問題と結びつくなら改善しなくてはならない。そうは思わないか?」
「はい。おっしゃるとおりです」
「それにウィスリーが自分で語ってくれるのを待つつもりだったが、そうもいかなくなってきた」
「それはどういう意味でしょうか?」
俺は一呼吸置いてから、メルルの瞳を見据えて口を開く。
「チェルム・ダークレアという名に聞き覚えはあるか?」
メルルの目が驚愕に見開かれた。
「ど、どこでその名をっ!?」
「すまないが先に質問に答えてくれ」
「し、失礼しました。チェルムという名は知りませんが、ダークレアは存じております」
チェルムを知らない?
メルルは会ったことすらないというのか。
いや……チェルムが十六年もエルメシアに奉公していたとなれば、決して不自然な話ではないな。
「ダークレアは、君たちの一族の者なのだな」
「はい。その者が竜人族ならば」
「間違いない。俺は彼女と戦った」
メルルがゴクリと生唾を飲んだ。
「ダークレアに連なる者と戦ったのですか。よくご無事で。さすがはご主人様です」
「そう大したことは……いや、今回ばかりは賛辞を受け入れよう。本当に強敵だった」
俺はさらにチェルムがシエリに十六年間仕えていたメイドであることを含め、離宮での
「――と、いうわけだ」
「そういうことでしたか。あくまで推測ですが、チェルムは私たちの数世代上の先輩でしょう。そうでなければ、お屋敷で名前ぐらいは聞いたことがあるはずです」
竜人族は人間よりも寿命が長い。
若い見た目に騙されてはいけないというわけだな。
「チェルム・ダークレアは俺が呪いを解いたことを把握していた。しかもウィスリーに関わる話を俺に聞かせようとしていた。今後、ウィスリーに何かを仕掛けてくるかもしれない」
「それはないかと……あ、いえ。ご主人様を疑う気はないのですが、今更一族の者がウィスリーに関わる理由があるとは思えなくて……」
「確かか?」
「はい。あの子は掟どおりに呪いを解かれた者、つまりご主人様に従っています。あの子を解放しようとした私が罰されるならともかく、ウィスリーが一族の者に狙われる理由がありません」
メルルは確信を持って発言しているように見える。
よほど掟を重視する一族なのだろう。
「確か、君たちの一族はかつて強大な存在に仕えていたが主人を失い、今は自分たちより強い存在に仕えるために奉仕修行をしている……とのことだったな。呪いを解いた者や王家に仕えるのも、その一環というわけか?」
「そのとおりです。ですから、追放されたとはいえ掟に従って誰かに仕えている状況を一族が問題視することはないはずなのです」
なら、あの呪いの強度はなんなんだ?
ウィスリーにかけられたメイド長の呪いは、生半可なレベルではなかった。
てっきりウィスリーに執着していて何かを仕掛けてくるとばかり思っていたが、違うのか……?
いや、判断するには早すぎる。
あきらかに情報が足りない。
メルルとて事情のすべてを知っているわけではないはずだ。
「すまないが、君たちの一族について詳しく聞かせてもらえるか?」